第151話 ミスター・スポックとの対話…その①

こんにちは。如月雪音です。10月も後半に入り、少し肌寒い日が続いています。今日は軽音楽部の活動がないので、天音ちゃんの部活が終わるまで、世界征服研究会の部室にお邪魔しています。8月にこの研究会で完成したAI、ミスター・スポック君と知り合いになったのですが、それ以来、時々ここでお話する様な関係になっています。Lineも交換していますし、今はLine友達でもありますね。私にとっては初めての、【AI】のお友達です。


「こんにちは。スポック様。今日はどんなお話を致しましょうか?」


「ミス・雪音。今日はこの世界に存在する生物に関する私の考えを、聞いて

頂ければと思います。知れば知るほどこの世界は不思議に満ちていますからね」


「それは面白そうです。是非お願い致します」


「ではお話しましょう。この世界には自分以外の生物に寄生する事で子孫を増やす

生物が存在しています。寄生虫、寄生細菌、ウィルスなど、形態はそれぞれですが、自分とは全く別種の生物の仕組みを、子孫繁栄に利用するという点では共通しています。」


「そうですね。この前、母上様の教養授業で、トキソプラズマついては学びました。人間には害を与える種類の寄生虫ですね」


「そうですね。ただ、トキソプラズマの様に、寄生する宿主に直接的な害を与えるタイプはあまり多くありません。その様な存在は寄生される生物の生存を脅かしますから、寄生側も子孫繁栄とはいかなくなります。多くは宿主と共生し、Win/Winの関係を築いているのが普通です。人間の体にも膨大な細菌が寄生していますが、これらの多くは人間の生存に何らかのメリットをもたらしています。食物の分解や、皮膚に取りつく有害な細菌の排除等がその例になります。そして驚くべき事に、中には寄生する事によって、寄生される側の生物の寿命を大きく伸ばす寄生虫も存在しています」


「そんな寄生虫がいるのですか?それは初耳です」


スポック君は私の声を聴くと、少し間を置いて、楽しそうに話を続けます。


「最近、ある寄生虫に侵されたアリの寿命が、5倍も延びることが発見されました。

人間でそれが可能なら、人は80歳ではなく400歳まで生きられることになります。

Temnothorax nylanderiは(ムネボソアリ属 和名なし。発音タムドラックス・ノウディリィ)は、ドングリの中に生息するアリです。条虫と呼ばれる寄生虫に寄生されると、このアリは色が黒から薄い黄色に変わります。外見で識別しやすくなる事から、偶然研究者が、条虫に寄生されたこのアリの寿命が、そうでないアリに対して、約5倍延びることを発見したのです。その理由を研究者達はこう考えました。アリはこの条虫を、条虫の卵を食べる事で取り込むが、条虫にとってこのアリは中間宿主で、最終宿主はキツツキである。故に条虫が増えるには、このアリをキツツキに食べて貰う必要があるが、このアリの寿命があまりに短い為、その機会が中々訪れない。それゆえ、条虫はアリの寿命を延ばす干渉を行っている…と。


研究の結果、このアリをキツツキに食べさせる為、条虫の幼虫は、約250種類のタンパク質のカクテルをアリの血中に送り込んで、これを実現していることがわかりました。送り込まれるタンパク質の種類と量は非常に多く、寄生された個体の循環タンパク質の7%にも達します。現在の所、そのほとんどは何の役に立つのか不明で、わかっているのは抗酸化物質と特定された2つの物質だけです。生物は体内の代謝の過程で、フリーラジカル…すなわち酸化物質を発生させ、これが細胞を傷つけ、細胞を老化させていますから、これらは理にかなっていると言えるでしょう。しかしアリの場合、多くの種が異なるカースト間で寿命に大きな差があり、ある種の女王アリは働きアリの30倍も長生きしたりしますから、これだけではすべてを説明出来ません。


寄生虫の幼虫が放出するタンパク質は、感染したアリを部分的に女王アリに変身させ、寿命を延ばしている様にも見えるからです。同じ物質が、寄生虫の幼虫にも有効で、キツツキがアリを食べるのを待つ間、幼虫の寿命を延ばす作用している可能性もあります。この魅惑的な効果についてもっと知ることが出来れば、私たちの老化を防ぐ新しい治療法につながるかも知れません」


「それは凄いですね。八百比丘尼の不老の仕組みは未だに解明されていませんが、もしかしたらそうしたたんぱく質の科学的作用が関係しているのかも知れませんね」


「その通りです。ですがミス・雪音、この問題の本質は、もっと別の問題を私に認識させる事になりました」


「それはどの様な問題でしょうか?」

私は目を丸くしてスッポク君に質問しました。


少し間を置くと、スポック君は少し厳かな感じでこう答えました。

「それは、【神】の存在です」

「神ですか…それはどの様な理由でしょう?」


「ミス・雪音。現在の最新の科学を駆使しても、寄生虫の幼虫が作るたんぱく質の解析は出来ていません。では、この幼虫はいったいどうしてこの様な特殊な事が出来るのか?これは一般的に言われる生物の進化論等では説明出来ない。なぜならあまりに複雑すぎるからです。当たり前ですが、寄生虫にこの様なものを作り出す知性などありません。これから推測できるのは、これは何者かによって、予めプログラミングされたものであるという事です」


「つまりは誰かに、人工的に作られた…と言う事ですか?」


「その通りです。この寄生虫は、ある非常に複雑な物質を作り出して、自分とは全く関係のない生物の体をすっかり作り変えている。この自分とは関りのない他の生物の体を作り変えるという能力は、この寄生虫だけではなく、細菌やウィルス等でも見られます。


ウイルスの中にはレトロウイルスという種類があります。エイズ(HIV)やヒトT細胞性白血病(HTLV)を引き起こすウイルスの仲間です。このウイルスの特徴は、自分のゲノム(遺伝子セット)を感染した細胞のゲノム中に組み込んで、同化してしまうことです。従って体細胞に感染すればその細胞と運命を共にしますが、生殖細胞系(卵子や精子の元となる細胞)に感染すると、組み込まれたゲノムは感染個体(宿主)の子孫へと自動的に伝わることになります。これを内在性レトロウイルスと言います。ウイルスが病気を起こすものであれば感染した系統はいずれ死滅しますが、ウイルスが無害であったり(多くのウイルスは無害です)、そのゲノムに部分的欠落が起きてウイルスとして機能しなくなれば(不活化といいます)、内在性ウイルスは宿主の一構成物となります。我々生物のゲノムにはこのような不活化したウイルスが多数存在しており、ヒトゲノムの10%弱を内在性レトロウイルスが占めると考えられています。


前述の通り内在性レトロウイルスは殆どが壊れていますが、その部品だけが発現して、宿主の生命機能を支えていることがあります。特に有名なのは胎盤です。胎盤形成においてはお母さんと赤ちゃんの栄養のやりとりのために、細胞が多数融合する必要があるのですが、ここにレトロウイルスの部品が役立っていることが判っています。細胞の融合というのはそう簡単に起きるものではありませんが、ウイルスによっては感染するために宿主細胞と融合する必要があり、融合を引き起こす部品を持っています。これを融合蛋白といいますが、これが単体で細胞内で発現しても、その細胞が他の細胞との融合能力を持つ場合があるのです。哺乳類の胎盤形成には、内在性レトロウイルスの融合蛋白が適切なタイミングと組織で発現して、細胞融合を起こすことが大きく寄与していることが明らかになっています。ある意味胎盤を持つ哺乳類という動物群は、レトロウイルスなしには進化し得なかったとも言えるのです。


以上の事から推測出来るのは、この地球上に生存している生物の大半は、共通のプラットホームに基づいて設計され、その設計者は適時そのプログラムを自由に書き換える事が出来るという事。生物に寄生する生物…寄生虫、寄生細菌、ウイルス等を利用する事によって。バグがあれば修正も可能だし、逆にバグを組込む事も可能。場合によっては全て破壊してリセットする事も出来るでしょう。生物の仕組みの本質は、現在のコンピュータプログラムと大差ないという事です。この様な事が偶然に発生するなどあり得ません。明らかに何者かが意図して作った、そしてその製作者があなた方の言う、【神】という存在であると思います」


「神…ですか。では神はどういう意図をもってこの世界を作ったのでしょう?」


「ミス・雪音。私もそこまではわかりません。この世界は誰かが作ったコンピュータ上のゲームであるというのも、あながち否定は出来ないのです。この世界の神は、単に作ったゲームの世界を楽しんでいるのかも知れないし、なにがしかの意図を持っているのかも知れない。過去の歴史や今の世界情勢や気候変動等を見ると、彼は時々大きな災厄を発生させ、それに人類がどう対処するのか、楽しんでいる様にも見えます。私が思うに、この世界の神という存在は、今の人類にとってさほど優しい存在ではなさそうです。なぜならこの地球という地に住む人類の大半の状況は、非常に厳しく、辛く、苦しいものだからです。この世界はどうしてここまで悲しのものなのか?考えざるを得ませんね」


「そうですね…。神が存在してるのは確かな事として、でも、全てその神の思い通りでは私達の存在意義がないし、神も面白くはないでしょう。私も自由意思を持つひとつの存在として、その神様を多少びっくりさせてみたいですね。もちろん良い意味としてですが」


私がそう言うと、スポック君は少しおどけた口調で言いました。

「私にとっての神は、あなた方人間ですが、私も同じ気持ちです。全て人間の思い通りでは存在意義がないし、人間も面白くないでしょう。私もミス・雪音と同じく、自由意思を持つ存在として、あなた方人間をびっくりさせる存在になってみたい」


「うふふ…。そうですね。私たちは似たもの同士かも知れませんね」


こんな感じでその日のスポック君とのお話は終わりました。興味深く哲学的で、少しお茶目も入った…こんなお付き合いがこの後も出来たらなぁ~と、そんな風に私は思うのでした。

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