第133話 教養授業30限目。鈴音先生、ユニバース25実験を語る…その①

3年に進級した翌週金曜日の3限目の授業が終わった。

短い休憩時間の後、鈴音先生が教室に入って来た。

4限目、いよいよ俺(大橋)にとっての、3年次の教養授業の始まりである。

起立!礼!。今日も鈴音先生の透き通った優しい声が響く。


「今日はネット上で都市伝説的に語られている、

ユニバース25と呼ばれる実験についてお話してみたいと思います。

この実験は1960年代にアメリカの動物行動学者のジョン・B・カルホーンに

よって実際に行われていますので、本当は都市伝説でもなんでもないのですが、

ネット上では尾ひれが付いて変な話になっていますので、

そのあたりの誤解も解きながら、これからの人類の未来に関し、

想いを巡らせるのも良き事かと思います。


それではユニバース25の実験の概要を御説明しましょう。

まずカルホーンは、実験の為にネズミを飼育する小屋を作りました。

大きさは3mX4.3mの長方形で、

そこに仕切りを入れて均等の大きさの4つの部屋を作ります。

各部屋には仕切りを越す為の通路が作られ、

ネズミが自由に行き来出来る様になっており、

また各部屋にはタワーマンションの様な形式で、

小部屋がいくつかある小屋が作られ、

そこでネズミが子育て出来る様になっています。

ネズミの餌(固形)や水は、各部屋とも常に不足がない様、補充され、

床には藁が敷き詰められ、温度管理や適度な頻度で清掃や汚物の除去を行う事で、

ネズミが繁殖するのに理想的な環境を作りました。


カルホーンは、この小屋でネズミが繁殖してその数が増えた場合、

その上限を4つの部屋合計で80匹としました。

これ以上ネズミの数が増えた場合は、若い個体をその小屋から取り除いて、

個体数の密度がこれ以上高くならない様にします。

ネット上でのユニバース25の記述では、この密度に上限が無かったかの様な

書き方をしている例が多いので、注意して下さい。これは事実ではありません。

この様な理想的な環境でネズミを飼育するとどの様な結果になるのか?

これを調べるのがこの実験の目的でした。


まず最初に若いオスメスを各4匹づつを、4つの部屋に投入します。

なので、各部屋に8匹、小屋全体では32匹、オスとメスは同数存在している訳です。

カルホーンは、ネズミが生育する為の理想的な密度は、

各部屋あたり12匹と計算していましたので、これよりは少ない数です。

理想的な環境なので、ただ食って寝て、繁殖して…と思いきや、実際にはそうは

ならず、すぐにオス同士での争いが始まりました。ボスを誰にするか…ですね。

それでも個体数は順調に増え続け、12カ月目には上限である80匹に到達します。

そうしてこの頃までには、オスネズミに5つの階層が出来ていました。


A階層はいわゆるボスグループで、1匹のボスネズミと複数のメスネズミ、

その子供で構成され、部屋と子育ての小屋を完全確保しています。

このボスはあまり好戦的ではなく、専守防衛、一旦獲得した領域を守るタイプ。

B階層は、Aのボス程ではないが、

一定の領域を確保した強いオスネズミのグループです。

このグループは比較的攻撃的で、常に地位の入れ替りがありました。

C階層のオスは友好的で、オスメス問わずあらゆるネズミに求愛行動をとる一方、

戦いは行わない…。テリトリーは特に作りません。

D階層はいわゆるストーカータイプ。ネズミの通常の繁殖行動を無視して、

メスに異常に執着するタイプです。

但し、このタイプもオス同士の戦いには加わりません。

当然テリトリーはありません。

最後のE階層は、いわゆるニートタイプ。

何一つ積極的な行動は起こさず、異性にも興味を示さず、

普段は藁の下に隠れて、他のネズミが寝静まった頃に食事等に動き出す。


一方メスは大きくふたつのタイプに分かれます。

Aのメスは、ボスであるA又は比較的強いBのオスに見初められ、

そのグループに入るタイプ。

このタイプのメスは巣作りや子育てに熱心で、子育て自体も上手。

なので、このタイプのメスから生まれた子供の生存率は、

大体50%くらいになったそうです。


Bのメスは、オスのAタイプやBタイプに見初められず、

CやDのオスと交尾して子孫を残すタイプ。

そしてこのBのメスと、CとDとEのタイプのオスが、

4つある部屋のひとつ、またはふたつに集中し、

この部屋だけネズミの密度が異常に上がる事態が発生します。


本来、ネズミはオスメスでペアを作って、オスが一定のテリトリーを

確保し、それを他のネズミから守り、メスはその安心出来る場所で子供を育てる…

というのが自然なのですが、これらのオスはテリトリーを作らない為、

メスがオスに替わってそれをやらなければならない…。

結果メスはそのストレスから凶暴化して、子供のネズミに噛みついたりと、

次第に育児放棄をする様になります(メスのオス化)。

育児放棄された子供はそのまま死ぬか、他のネズミに食べられてしまう。

餌は豊富にあるにも関わらず、共食いが発生するのですよ。

結果、このメスのグループの子供の生存率はわずか4%程度…

96%が死亡するのですね。


そのうち全体としては死亡率が出生率を上回る様になり、

やがてネズミは高齢化、繁殖率は低下して、個体数の減少が始まります。

個体数が減れば、密は解消されるので、

それにより個体数の回復の可能性もあるはずですが、それは起こりませんでした。

AやBのオスから生まれた子供が、CやDやEのオスになったり、Bのメスに

なったりして、繁殖しても子孫の生存率が全く向上しないからです。

そうして実験の終了する16カ月目に残ったのは、健康なオス2匹とメス2匹だけ。

ただし、このオスもメスも既に生後6か月を経過していた事から、

年齢的に繁殖は望めない…。つまり実験は最終的に全てのネズミの死亡…

全滅によって幕を閉じた訳です。


この実験は餌を固形ではなく、粉状にして食べ易くするとか、水の飲み方を

変えるとか、多少条件を変更する事で生存期間に違いが見られましたが、

最終的に全滅という運命から逃れる事は出来ませんでした。


さて、この実験でネズミは、食料と水の確保や、天敵という

ストレスから解放される代わり、過密な環境に閉じ込められるという、

自然界にはないストレスに晒されます。

そのストレスは同種間での激しい抗争を引き起こし、一部の支配階級と

そうではない多くの脱落者を出す、格差社会になる訳です。

そうして最後には繁殖能力の低下に伴う全滅という、怖ろしい結果となりました。

まるで過密な都市に集中して住む現代人の未来を暗示するかの様…。

このユニバース25の実験結果が最近になって注目を浴びる様になっているのは、

現代の人間社会と重なる部分が多いからだと思います。


では、このユニバース25の実験結果と

現在の大都市の人間社会を比較してみましょう。

①東京などの大都市では、自然では到底あり得ない過密な環境で

暮らさざるを得ない(過密環境)。

➁今日の日本では、一部例外を除けば、衣食住で困り、

その日暮らしであるというケースは少ない(衣食住の保証)。

③戦わない、異性に感心のないオスの増加

(ニート、引きこもり、草食男子…男性の4人に1人は生涯独身である)。

④女性の社会進出(女性の男性化)、それに伴う女性の晩婚化。

③と④の複合作用による出生率の著しい低下。

➄一部の富める者と、そうでない大多数の者との大きな格差の発生。


同じ哺乳類とは言え、人間とネズミには大きな違いがあるはずですが、

結果だけを見て見ると同じような事になっていないか?

これは日本に限った事ではなく、多くの先進国もこうなっています。


その②に続く。

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