第128話 雪音と天音の誕生日…その①

2024年の3月に入って間もなくの事。

俺(大橋)は、学校の教室で天音にとあることを聞いた。

「そう言えば、雪音と天音って、たしか3月生まれだったよな?

誕生日はいつなの?」


「3月15日じゃ。誕生日を聞いて来るという事は、

なんぞプレゼントでもくれるのかえ?」

天音はニコニコしながら答えた。

「そうだな。まあ、大したものは買えないけど、考えてみるよ。

で、それを渡す機会も兼ねて、誕生日会でもやるかい?」


「大橋殿、それは名案じゃ。雪音姉様も喜ぶであろう」


そんな訳で、俺は雪音と天音の誕生日会を企画する事になった。

あまり大人数になっても困るので、参加メンバーは限定する事にした。

鈴音先生におがちん、俺、アレックス岡本、織田信長、

それからリーリャ、千葉さな子先輩、日本卑弥呼に浅井江だ。

場所は如月邸の広いダイニングルームである。


まずは参加する全員で事前にお金を出し合って、

ささやかながら、誕生日ケーキを用意した。

ケーキ屋でひとつのケーキの上に、チョコレートで

お誕生日おめでとうの文字と雪音と天音の名前を入れて貰い、

その周りに立てる17本のおしゃれなろうそくも用意した。


当日はちょうどお昼頃に集まり、参加する男ども全員で、

用意した飾りつけを行い、料理には鈴音先生と参加する女性陣が腕を振るう。

普通のパーティーなら、料理上手の雪音に腕を奮って貰う所だが、

今日は休んで貰い、代わりに鈴音先生が腕を奮い、

参加する女性陣がそれを手伝う形だ。


準備が整った所でみんなでテーブルを囲んで席に付き、

部屋を暗くした後、ケーキに立てた17本のろうそくに火を付け、

全員にノンアルコールのシャンパンを注ぐ。

「雪音ちゃん、天音ちゃん、17歳の誕生日おめでとう!」

鈴音先生の音頭で、全員で乾杯だ!

乾杯が済むと、早速雪音、天音の順番でろうそくの火を吹き消す。

そこ光景がなんとも可愛らしくて、本当に心が温かくなった。


「17歳かぁ~。女の子の人生にとって、一番楽しい時期ですね」

鈴音先生がしみじみと言った。

「それを言ったら、先生なんて永遠の17歳じゃないですか!

ずるいです!」

卑弥呼が間髪入れずに割って入る。

まあ、鈴音先生が八百比丘尼だというのは、既に公然の秘密と

化しているしな…。


「卑弥呼さん、最初に17歳になる時のウキウキした…溌剌とした

新鮮な心もちというのは、きっととても大事なものですよ。

私などは唐の昔に忘れてしまいました。

今となってはどんな心もちだったのか、思い出してみたいものです」


「でもやっぱり羨ましいです。先生くらい長く生きていらっしゃれば、

他では聞けない凄い恋バナとかも沢山ありそうだし…」


「そうですねぇ…」


卑弥呼のツッコミに、鈴音先生は少し遠い眼をしている。


「そう言えば、亡くなった父上と母上の馴れ初めはどんなものだったのかの?

母上は父上と結婚されるまで、かなり長い間独り身であられたのであろう?

どうして父上と結婚する気になったのか、それは知りたいところじゃな」


天音の質問を聞いた鈴音先生は、少しの間思案すると答えた。


「長い間独り身というか、結婚していないだけで、八百比丘尼の村では、

小宰相や知り合いの比丘尼達と一緒に暮らしていたので、

別にひとり天蓋孤独に過ごしていた訳ではありません。

でも、雪音と天音の父親、加藤徹也さんとの馴れ初めは、

いつかは話しておかなくてはならない事なので、

今日は良い機会かも知れませんね。話しておきましょうか…」


鈴音先生はそう言うと、ゆっくりと語り始めた。


「私が初めて徹也さんと出会ったのは、徹也さんのお爺さんのお墓です。

私は加藤徹也さんのお爺さんにあたる、加藤一郎海軍少尉…

戦死に伴い2階級特進されたので、加藤一郎大尉…のお墓に

毎年お参りしていました。加藤家のお墓には、今も毎年行っていますから、

雪音も天音も知っていますね。


ある年のお彼岸に、私が加藤大尉のお墓をお参りに訪れた所、

そこに徹也さんがいたのです。彼はお爺さんの墓前で泣いていました。

心配になった私は彼に声を掛けた…これが私達の最初の出会いです。


徹也さんは大学を卒業してから暫く会社務めをしたあと、

IT系の会社を友人と起こして、それなりの成功を収めました。

しかしその友人は徹也さんを裏切り、会社の重要な特許を

ライバル企業に売り渡した挙句、売却代金を持ち逃げしたのです。

その当時30歳だった徹也さんには1億近い多額の借金だけが残り、

他には何もない…恋人にも去られ、周りからも見放され、

絶望的な状況で、自死すら考えていたのです。


彼からその話を聞いた時、私は思いました。

【今こそ、加藤大尉から受けた御恩をお返しする時】だと。


昭和20年、太平洋戦争が終わりとなる年、

私は九州鹿児島の知覧の飛行基地で、ここから出撃する特攻隊の

お世話をしていました。当時25歳の加藤大尉は神風(しんぷう)特別攻撃隊、

第7御盾隊の隊長で、3月の終わりに山口県の徳山にある海軍の航空基地から

やって来られました。そうして4月初旬の出撃に備えていたある日、

米軍による空襲があったのです。


この日の空襲は苛烈なもので、私はつい逃げ遅れ、後ろに付いた

米軍戦闘機に狙い撃ちされました。この時ばかりはもう終わりかと

私も観念したのですが、寸での所で加藤大尉が私に覆いかぶさり、

同時に体を素早く回転させる事で、かろうじて難を逃れました。

この時私は無事で、かすり傷も追わなかったのですが、加藤大尉は

銃弾の破片にやられて負傷しました。私の身代わりになったのです。


その②に続く。

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