第124話 きさらぎ駅へGo!…その⑤

翌朝、目覚めた卑弥呼が時雨と朝食を取っていると、

家の玄関の障子をトントンと叩く音がした。

それを聞いた時雨が玄関前に立ち、「誰かぇ?」

と、声を掛けると、玄関の外から卑弥呼が聞き慣れた声がした。

「鈴音です。開けて頂けますか?」


「これは鈴音様でございますか。早速に」


時雨は畏まった様子で声を上げると、障子の玄関を開けた。


そこには、いつもの明るい笑顔で、鈴音先生が立っていた。

鈴音先生が玄関から入ると、続いて、雪音、天音の如月姉妹、

それと江も入って来た。

鈴音先生は卑弥呼の姿を見つけると、

「卑弥呼さん、ここにいましたか。探しましたよ」

と、ホッとした表情で話した。


「時雨の家に居たのであれば、

昨夜は大過なく過ごしたとは思いますが、大丈夫でしたか?」


それを聞いた卑弥呼は赤い顔をして言った。

「大丈夫かどうかと言われるとその、大丈夫じゃなかったと言うか、

大丈夫だったというか…。あ、あの、体は心配いりません。

怪我とかもしていませんし、とても良く寝ましたから…」


「そうですか。なら大丈夫ですね。

女同士で一緒に寝ただけなら、

少しくらい大人の経験をしても問題ないでしょう」


どうやら鈴音先生は、時雨の性癖を良く知っている様な口ぶりである。

卑弥呼が昨夜時雨と一緒に寝た結果…どうなったかくらいは

想像出来ている様だ。


「昨日は卑弥呼さんと江さんを探して色々大変でしたが、

今朝になってふたりとも無事見つかり、祝着です。

ふたりには言いましたが、このきさらぎ駅の村は、

浮世とは世の理が異なっています。

この駅を訪れようとした場合、慣れていないと睡魔に襲われ、

それに抗えないとひとりになってしまう事がある。

私や雪音、天音は何度もここを訪れているので、

抗う事はそう難しくはありません。

でも卑弥呼さんと江さんは初めてですから、しかたがないですね。

最も、危害を加える様な人間は、この村にはいませんから、

大丈夫ではあるのですが、多少怖い思いをさせてしまったと思います」


これを聞いて卑弥呼は言った。

「いえ、多少怖い思いをしても行きたいと言ったのは私ですし…。

鈴音先生には色々とご迷惑をお掛けしました…。

でも、一時はどうなる事かと…」


それを聞いた鈴音先生はにっこり笑うと、

「お詫びと言ってはなんですが、これから買い出しに行きましょう。

お昼からみんなでお鍋でもどうですか?

時雨さん、私は卑弥呼さんと江さんと買い出しに行って来ますから、

雪音と天音とお鍋の支度をお願いします。

ここには電気やガス、水道とかのインフラがないので、

準備に時間が掛かりますからね…雪音、天音、頼みましたよ」


「承知致しました」


時雨が笑顔で答えると、

「時雨様も雪音姉様も料理にかけては凄腕じゃからな!

今日の昼餉は楽しみじゃ!」

と、天音が楽しそうに言った。


こうして卑弥呼と江は、鈴音先生と一緒に買い出しに出かけた。

その途中で卑弥呼は江に昨日の事を聞いた。

江の話によると、江も卑弥呼と同じく睡魔に襲われ、気が付くとひとりで、

きさらぎ駅で降り、ひとり彷徨う内に、小さなうどん屋を見つけ、

そこの女主人である【初月】という、とても美しい女性にもてなされたそうだ。

「それで、昨日の夜はその初月さんと一緒に寝たのですけれど、

その、初月さんと、女同士なのにちょっとエッチな事になってしまって…」

江は真っ赤な顔をして言った。

どうやら江も卑弥呼と同じ様な体験をしたらしい。

【この村って、女の子が好きな女性が沢山住んでいるのかしら】

卑弥呼もなんだか体が熱くなってしまった。


「ところで鈴音先生、時雨さんは自分が死んだかどうかもわからない、

自分は咎人で、その咎を償うまでここに閉じ込められていると

おっしゃられていました。時雨さんはもうこの世の方ではないのですか?

それと、時雨さんにそれを告げた女性って、もしかして鈴音先生?」


それを聞いた鈴音先生は優しい口調で言った。

「時雨さんは亡くなっている訳ではありません。

体の方は八百比丘尼の村で眠りについています。

ここは深く傷ついた八百比丘尼の魂が、それを癒す場所。

魂が癒え、解放されれば、自然と元の体に戻ります。

時雨さんの魂も、間もなく癒えて元の体に戻るでしょう。

それをサポートするのも私達、八百比丘尼の村の者の役目なのです。

それと時雨さんに咎の事を伝えたのは確かに私です。

ですが、ここに留まる時間は、時雨さんの魂が自ら決めるものです。

誰かが監視しているとかではないのですよ。

時雨さんの魂が自らを許した時、時雨さんは再び目覚めるのです」


「そうなのですね…。時雨さんは亡くなってはいない…。安心しました。

だって、とっても綺麗でお優しくて博学で、素敵な方ですもの」


「時雨も初月も、普段はこの村で寂しくしています。

なので、今日は皆で楽しく鍋を囲みましょう。

きさらぎ駅から電車に乗り、最寄りの駅で買い出しをしてから、

再びきさらぎ駅に戻ります。その時には準備も整い、

初月も時雨の店に来ている事でしょう。

咎人同士は普段相まみえる事が出来ないのですが、

私がいれば話は別ですから」


こうして卑弥呼と江は、鈴音先生とあれこれ楽しく鍋の材料を買い込み、

再び電車に乗り込んだ。今度は卑弥呼も江も無言で気合を入れたので、

睡魔に打ち勝つ事が出来、無事、鈴音先生ときさらぎ駅に降り立った。

それから時雨の店に戻ると、既に部屋の囲炉裏に火が入れられており、

掛けられた鍋の煮立った出し汁の良い香りが、すぐに鼻をくすぐった。

雪音に天音、それに時雨さん、それから初月さんも到着しており、

準備万端という感じだ。


「すっかり用意が整っているみたいですね。では材料を切って入れましょう。

高級なお肉にお魚、お酒も飲み物もたんとありますから、

今日はお昼から宴です!」


鈴音先生の音頭で、みんなで乾杯し、ワイワイ楽しい宴が始まった。

妖艶な雰囲気のある時雨さんも、まるで少女の様にはしゃいでいる。


それでも卑弥呼はふと思った。

【鈴音先生は、何故一番最初から、睡魔に襲われたら、

それに耐える様に言わなかったのかしら…

もしかして、私と時雨さんをああいう関係にする為に???】


「でも、まあいいか…。時雨さんとの夜も素敵だったし…」


卑弥呼は小声でそう言うと、美味しい鍋料理を口に運びながら、

よこしまな邪推をやめた。

そうして次は、心霊世界研究会の他のメンバーとここに来れないかな?

なんて思うのだった。

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