第122話 きさらぎ駅へGo!…その③
卑弥呼の返事を聞くと、その艶やかな美女は答えた。
「そうかぇ。では暫く待って貰えるかの。支度する故」
彼女はそう言うと草履を履いて調理場へと降りて行き、
手慣れた手つきで火を起こすと、湯を沸かし始めた。
「蕎麦は今朝打ったものの残りがある故、すぐに出来る。
わらわの打った蕎麦は旨いぞ」
少し嬉しそうな表情で、ネギを刻む彼女の姿を見て、
卑弥呼は安心した。少なくとも当面の危険は去った様に思えたし、
彼女に聞けば、今の状況を打破する手段も見つかるかもしれない。
やがで美味しそうな蕎麦つゆの匂いが立ち込めてきて、
卑弥呼のお腹がキューっと鳴った。
「おやおや、思った以上に腹が空いていた様じゃの」
艶やかな美女はそう言って嬉しそうに笑うと、
お盆に2杯のかけ蕎麦を置いてテーブルに運んだ。
「さあ、たんと召し上がれ。七味もここにある」
彼女に即されて、卑弥呼もテーブルに座った。
暖かい蕎麦つゆとネギのとても良い匂いがあたりに立ち込めている。
卑弥呼は蕎麦に軽く七味を掛けると、両手を合わせ、
「頂きます!」と言ってから、箸をつけた。
箸に麺を軽く絡め、フーフーしてからズズッとゆっくり啜る。
暖かな蕎麦つゆの濃厚な香りと、腰の有る蕎麦の
歯ごたえ…。これが卑弥呼の胃袋にこれでもか!というくらいの
幸せな感じを流し込む。
「お…美味しい…です!」
卑弥呼は思わず声を上げた。
「そうじゃろう。そうじゃろう」
美女もにこやかに笑いながら、ゆっくり蕎麦を口に運んでいる。
空腹だった卑弥呼は、この一杯の美味なかけ蕎麦を、
あっという間に平らげてしまった。
「御馳走様でした!ああ、とっても幸せな気分です。
いきなりお邪魔してこんな施しを受けるなんて、
本当に感謝します。申し遅れましたが、
私は早苗実業学校高等部2年生の日本卑弥呼と申します」
卑弥呼の言葉に、
「ほう、そなたは礼儀というものをきちんとわきまえている様じゃな。
我が名は時雨(しぐれ)、時雨と呼んでおくれ」
美女はニコニコしながら答える。
「唐突で申し訳ないのですが、私は今日、私の学校の先生に連れられて、
学校の友達と一緒に電車に乗り、ここにやって来ました。
ここが時空の狭間にあるという、
きさらぎ駅の傍というのは、本当の事なのでしょうか?」
卑弥呼の質問に、時雨は少し間を置いて答えた。
「その通り…と答えたら、そなたはどうする?」
「だとすれば、ここから元の世界に帰る方法を教えて頂けませんか?
私は電車の中で眠ってしまい、気付いたらひとりになっていました。
一緒に来たはずの先生や友達の姿も見えず、ひとりで途方に暮れていたのです。
どうすれば元の世界に帰れるのか、教えて頂けないでしょうか?」
卑弥呼の言葉に時雨は頷くと、少し真剣な眼付になった。
「帰り方云々の前に、何故わらわがこの様な所にひとりでおるのか、
聞いてはくれぬのか?」
時雨の答えに卑弥呼はハッとした。
「あ、そうですね。確かにそのお話も聞いてみたいです。
ただ、遅くなると両親が心配すると思うので、
何か連絡を取る方法はないでしょうか?
スマホもずっと電波が受信出来なくて…」
「その事なら心配はない。ここは時間の流れが浮世とは違う。
おぬしの居た世界から見れば、時間は止まっている様なもの。
故に誰もおぬしの心配などしてはおらん」
時雨はそう言うと、話を続けた。
「わらわが何故ここに居るかであったな。まずはそれを話そう。
わらわもかつてはおぬしと同じ浮世で暮らしておった。時はそうじゃなぁ、
生まれたのは、源氏と平氏が争いをしておった頃じゃ。
わらわは平氏側に属するとある貴族の娘として育てられた。
10代の中頃までは、それこそ花よ、蝶よと言われて可愛がられ、
両親に愛され、何一つ不自由なく、幸せであった。
許嫁も出来、幸せな将来が見えておったのじゃ。
しかし、幸せな日々は突如終わりを告げた。
平氏が源氏に敗れ、都落ちしたからじゃ。
その混乱の最中、私の家は焼かれ、私は両親や家人達と離れ離れになり、
とうとう源氏側の者に捕らえられ、そうして奴隷としてとある
御家人に売られてしまった。
それからはのう、その御家人の妾として、良い様に弄ばれる日々を過ごした。
男の醜い欲望のはけ口として、何年も何年も…。
それでも普通に歳をとり、子供も出来れば適当な所で暇をだされ、
解放れるとわらわは思うておった。年老いた子持ち女をいつまでも
囲っている訳もあるまいとな。
ところがわらわは歳というものをとらなんだ。何年経っても
10代の若さを保っておったのじゃ。子も出来なんだ。
最初はそれを面白がっておったその御家人も、
その内、わらわを変な眼で見る様になった。
物の怪の類かと疑っておった様じゃ。
しかし、わらわの体には異常に執着しておったから、
わらわを開放したりはせなんだ。
屋敷の一角の部屋にわらわを閉じ込め、
相も変わらず弄び続けた。
やがてその御家人も歳を取った。
男女のまぐわいなど出来ぬ歳になり、わらわの部屋にも
来ぬ様になった。しかし、それで終わりにはならなかった。
ちょうどその頃、その御家人が正室に産ませた男子が
元服しておってな…。10代の一番性欲の高まる時期のその男子に、
わらわは再び弄ばれる様になってしまった。
その後はそれが何代にも渡って延々と繰り返された。
わらわはその一族の男共の性のはけ口として弄ばれ続けた。
来る日も来る日も入れ替り立ち代わり…。
わらわが悲鳴を上げ、嘆き悲しんでも、誰も助けてくれようとはしなかった。
精神的に限界に達したわらわが、自死を考え始めた頃、
ある夜、ひとりの娘がわらわの部屋に忍んで来た。
その娘はわらわに言った。
「あなたは八百比丘尼…年老いぬ不老女性種族のひとり。
あなたをお救いに参りました」
それから暫くその娘と密談し、わらわはその屋敷から抜けだす手立てを整えた。
忍んで来た娘は、わらわにその手段を与えた。
それから数日たったある夜、わらわは屋敷抜けを決行した。
しかしのぉ。物事は中々思い通りにはいかぬもの。
途中で門番に見つかってしまい、わらわは再び捕らえられ、閉じ込められた。
今度は以前より一層厳しい監視におかれ、もはや娘も忍んでこれなくなった。
絶望に打ちひしがれたわらわは、ある夜、着物の帯を使って
首を括った。もう耐えきれなかったのじゃ…。
意識を失って、それでのう、暫くして…気が付いたらここにおった」
…その④に続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます