第121話 きさらぎ駅へGo!…その②

どのくらい眠ってしまったのだろう。ふと卑弥呼は目を覚ました。

一緒に乗っていたはずの、鈴音先生や如月姉妹、浅井江の姿が見えない。

あたりを見回しても、この車両には誰も乗っていない様だ。

電車はそのまま走り続けている。

不安に襲われた卑弥呼は、他の車両に誰か乗っていないか、

通路を歩いて確認する事にした。

秩父鉄道の電車は4両編成なので、さして時間はかからない。


【どの車両にも…だ、誰も乗っていないわ…】


恐怖にかられた卑弥呼は、先頭車両…運転席に行って

運転手がいるか、確認してみる。見ると、運転手はいた。

無論運転席の入り口は鍵が掛かっていて、中に入る事は出来ない。

とりあえず、人がいる事を知って、卑弥呼は少し落ち着き、

次にスマホを取り出して、浅井江に連絡を取ろうとした。

ところがスマホは圏外になっている。電話を掛けてみても不通だ。

スマホ画面の時刻表示を見ると、16時30分を表示している。

この季節だともう夕暮れ時だ。

電車に乗ったのはお昼過ぎのはずなのに、

4時間以上も電車に乗り続けている事になる。

こうなったからには、とりあえずは次の駅で降りて、

状況を確認するしかない。


【とにかく、江に連絡を取らないと…】

卑弥呼の焦りは深まるが、電車は中々止まらず、ようやく減速し始めた

かと思うと、やがてしわがれた老人の声で、アナウンスが聴こえて来た。

「次はきさらぎ、きさらぎ…終点です。この電車は回送電車となり、

車庫に入ります。御乗車にはなれません。お忘れ物の無い様、

ご注意をお願い致します…」


「き、きさらぎ駅…うそでしょ?ほんとに来ちゃったの…」

卑弥呼は絶句する。

当り前だが、秩父線にきさらぎ駅という駅は存在しない。

終点は三峯口…三峯神社へ行く為の窓口の駅のはずだ。

やがて電車は寂れた小さな駅のホームに、

ゆっくりと滑り込み、そして止まった。

プッシューと音がして、車両のドアが開く。


終点である以上、とりあえずここで降りるしかない。

卑弥呼は持って来たリュックを背負うと、恐る恐るホームへと降りた。

卑弥呼が降りるとすぐにプッシューと電車のドアが閉まり、

やがて駅の奥の方へ走り去って行った。


駅のホームに降り立った卑弥呼は、あたりを見回したが、やはり誰もいない。

ホームは4両編成の電車が止まるにしてはやや長めな程度で、線路も単線、

本当に小さく、寂れた感じである。建てられてから随分経っている様で、

屋根や柱の塗装は剥がれ、錆びが目立っている。

コンクリート製のホームもでこぼこで、手入れがされていない感じだ。

田舎によくある無人駅…。まさにそんなたたずまいである。

一応時刻表を探したが、それらしいものは何処にもなく、

駅名を表記している様な看板も見当たらなかった。


仕方なく、卑弥呼は駅の無人の改札を出た。

改札を出た外は寂れた感じの小さな農園になっており、野菜が栽培れている様だ。

遠くには枯れ木に覆われた寒々しい山々に段々畑、所々に人家がポツポツ見える。

道は横方向に伸びた、舗装されていない一本の土の道が延々と続いているだけだ。

スマホは相変わらず圏外のまま。

【暫く歩けばもしかしたらスマホが通じるかもしれないし、

民家もありそう。いずれにせよもうすぐ夜だから、

明るい内に出来るだけ探索する必要があるわ】


卑弥呼は自らを奮い立たせると、道を右の方向に向かって歩き始めた。

畑の横のあぜ道の様な細い道を暫く歩く。

すっかり日は傾き、もう夜のとばりが降り始めている。

逢魔が時…卑弥呼はそんな想いを抱きながら、とぼとぼと歩いた。

幸い半月程度の月明かりで、ある程度の明るさはあるものの、

なんという心細さ…江や鈴音先生達はいったいどこにいったのかしら…。

いくら何でもこんな所にひとり置き去りにするなんて酷すぎる。

卑弥呼は安直にきさらぎ駅に行きたいなどと言ってしまった自分の

浅はかさを、呪いたい気分になった。


それから15分も歩いただろうか、すっかり暗くなった道の先に、

小さな灯りが見えた。近づいてみると、どうやら民家の軒先に

提灯の様なものがぶら下がっているらしい。

【誰かいるかも知れない】

卑弥呼は藁をも掴む気持ちで、歩みを早めた。


提灯のある民家はポツンとした二階建ての小さな一軒家で、

入り口に赤い文字で、【蕎麦】

と書かれた提灯がひとつだけ灯っている

江戸時代の様な障子張りの玄関からは、かすかに灯りが見え、

中に人がいる様子が伺えた。

【これ、もしかしてお蕎麦屋さん?】

卑弥呼はそう思うと、

「ごめん下さい」

と声を掛けながら、ゆっくりと障子張りの扉を開いてみた。


中を見渡すとやはり蕎麦屋の様だ。

店の中には粗末な感じの木製テーブルと、丸椅子が3脚だけあり、

調理場らしい所には火の気がない。

壁には【かけ蕎麦】【ざる蕎麦】【天ぷら蕎麦】の

3つのメニューだけが貼られている。


「ごめん下さい」


卑弥呼は今度は少し大きな声で呼んでみた。

しかし返事がない。


「ごめん下さい」

卑弥呼は更に大きな声を上げてみた。

すると暫くして2階の方から、

「誰かぇ?」

と、若い女性の声がして、ギシギシと階段を下ってくる音がした。

やがて声の主は1階まで降りてくると、障子を開けて

顔を出した。卑弥呼はその顔を見てまた驚いた。


うりざね顔に大きな黒い瞳、長く、つややかな黒髪、

怖ろしい程白い肌、遊女の様に着流した艶(あで)やかな

赤と白の合わせの着物…。

妖艶な雰囲気の絶世の美女の姿がそこにはあった。


「あ、あの…私…」

卑弥呼が言葉に詰まっていると、

「皆まで言わずとも好い。おぬしが言わずとも大体の事情はわかる。

この店にやって来たというだけでな…。

まあ良い、この刻限じゃ、腹が減っているじゃろう、蕎麦でも食うか?」

その女性は、妖艶な…すこし同情を秘めた様な表情をして

卑弥呼に答えた。


彼女の言葉に卑弥呼は急に空腹感を覚えた。

「あ、はい…お願いします」


卑弥呼は思わずそう答えていた。


その③に続く。

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