第116話 秋の修学旅行…その⑤

今治で一泊した俺達は、翌朝早く高速バスに分乗して、

しまなみ海道をもう一度渡り、その後電車を乗り継いで、

宮島口に向かい、朝の11時頃に到着、そこから10分程フェリーに乗って、

最終目的地である安芸の宮島に向かった。

快晴の元、フェリーで気持ちの良い風に吹かれていると、

すぐに宮島側の玄関口にあたる宮島桟橋が見えて来る。

桟橋という名前ではあるが、ただの船着き場ではなく、

観光案内所や売店、トイレに休憩室などを備えた大きなフェリーターミナルだ。

建物の前は大きな広場になっており、宮島では神の使いと言われている鹿が、

のんびりと散歩をしている様子が見えた。

実は宮島には500頭もの野生の鹿が暮らしており、

奈良公園には及ばないものの、多くの鹿を見る事が出来る。

奈良と違って餌やりは厳禁との事で、それがちょっと残念だった。


さて、宮島と言えば何と言っても厳島神社。

西暦593年創建、その後1168年に平清盛によって寝殿造り様式を取り入れた、

海上に建つ美しい朱色の社殿が構えられた。世界的にも珍しい、

海上に建つ建造物群と背後の自然が一体となった景観は、

人類の創造的才能を表す傑作として、1996年(平成8年)には

世界文化遺産に登録され、歴史的にも文化的にも非常に価値が高く、

世界中から観光客が絶えない日本が誇る国宝建造物である。

祭神は【市杵島姫命】(いちきしまひめのみこと)、

【田心姫命】(たごりひめのみこと)、【湍津姫命】(たぎつひめのみこと)。

宗像三女神…御皇室の安泰や国家鎮護、また海上の守護神として、

古くから崇拝されている女神様達だ。

一般に日本では、【市杵島姫命】を弁財天として合祀している神社が多いが、

これは市杵島姫命が財運と芸能にも御利益のある神様であり、

弁財天の御利益と重なる点が多い事から、

自然にそうなっていったものらしい。


ただ、弁財天は元々インドから来た外来の神様であり、

古来からの日本の神様は【市杵島姫命】だ。

日本の数多くの女神様の中でもとりわけ絶世の美女とされており、

天照大神の側近として神格も非常に高い。

それと天音の話によると、鈴音先生の母君なのだそうだ。

昨日大三島で木花開耶姫命様に会ったばかりだが、

俺は会えるものなら、是非宗像三女神様にも会いたいものだと思った。


俺達は厳島神社の正式の順路…昇殿受付/客神社/朝座屋/東廻廊/

御本社/大国神社/天神社/西廻廊/反橋/能舞台…と進んで出口まで、

ゆっくりと、美しい建物や景色、巫女様等を目に焼き付けながら進んだ。

もちろん、御本社の前ではクラス毎に真剣にお参りをした。

その後、改修工事の済んだ美しく、立派な、高さ16メートルもある大鳥居を

ゆっくり眺めた。快晴の空の元、美しい紅葉に、安芸(秋)の宮島。

この世の絶景とはまさにこれだという感じだ。

生きてて良かったと心から思える瞬間である。

俺は朱色の大鳥居を眺めながら、傍らにいた雪音と天音に言った。

「市杵島姫命様にはさすがに会えなかったなぁ~。

そりゃそうか。神格の高い神様が、いちいち一般人の目の前に

現れていたら、とんでもない事になりそうだもんな」

「それはそうじゃ、大橋殿。これは内緒じゃが、今日の夜、

母上様と一緒に市杵島姫命様に会いに行く事になっておる。

我らは家族故な。ロードレース仲間の大橋殿、

信長殿も一緒に行って良いかどうか、わしからお願いしてみよう。

お許しが出れば、会えるであろう。あまり大勢では無理じゃろうし」

「おお!それは願ってもない事だよ。是非頼みたい!」

俺は両手を合わせて天音にお願いした。


その日の夜、真夜中の午前0時前にこっそり部屋を抜け出した俺と信長は、

天音と約束したホテルの広間にやって来た。

そこには鈴音先生と雪音、天音が、巫女姿の正装で待っていた。

「大橋君も信長君も時間前にきちんと正装してやって来るとは感心です。

では参ると致しましょう」

鈴音先生がそう言うと、急にあたりが明るくなり、

周りの景色が不思議な色に歪む。気が付くと、

俺達は朱色の美しい御殿の中に立っていた。

そしてその御殿中央にある上座には、美しく着飾り、

神々しいオーラを纏う、ひとりの絶世の美少女の姿があった。


鈴音先生が深々とお辞儀をする。

「母上様。御尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。

御健勝の由、心よりお慶び申し上げます」

雪音、天音、そして俺も信長も、ほぼ同時に深くお辞儀をした。

「鈴音、雪音、天音。お前達も元気そうで何よりです。

それからあとのふたりは、連絡にあった雪音と天音の学友ですね。」

市杵島姫命様は、良く通る、それでいて美しく、綺麗な声で話しかけてきた。

「久方ぶり故、堅苦しい挨拶は抜きで構いません。座布団にお座りなさい。

用意した神饌でも摘まみながら、積る話でも致すとしましょう」


市杵島姫命様がそう話すと、数名のこれまた美しい巫女様が現れて、

俺達の前に神饌の御膳を運んできた。

俺達は席に座ると、感謝の祈りを捧げ、「頂きます!」と

手を合わせてから箸を付ける。


盛った白飯に、焼き魚、お刺身、様々なお漬物、お味噌汁…。

それと市杵島姫命様と鈴音先生には日本酒、俺達にはお茶が運ばれて来る。

典型的な和食だが、食べてみると、どれもこれも信じられないくらいに旨い。

真摯に丁重に調理された和食が如何に素晴らしいものなのか、

改めて実感させられてしまう。


市杵島姫命様と鈴音先生が色々話込んでいる間、俺と信長は、

神の間の中に目をこらし、その作りの見事さ、古式ゆかしい

日本の神殿の美しさに、あっけに取られていた。

この世界が如何に素晴らしく、豊かで、奥の深いものなのか…。

都会の日々の喧騒から離れ、こうした神々しい世界に踏み入れる

素晴らしさ…この場所が何処なのかは全くわからないが、

ここに来れるのは、間違いなく、選ばれた極少数だけに違いない。


「大橋様、信長様。一緒に来れて良かったですね。

古来、この市杵島姫命様の御殿に入る事が許されるだけで、

大きな神助が得られると言われています。

私達姉妹も、ここに来る事は滅多にないのですよ」

雪音の言葉に、俺も信長も無言で頷いた。


2時間も経っただろうか、いよいよここを去るという時に、

市杵島姫命様は俺と信長、雪音と天音の前に立つと、

俺達の頭上に両手をかざした。瞬間、何かが黄金色に光る。

「あなた達4人に私の加護を与えました。

日々励みなさい。また再び会える日を楽しみにしています」

市杵島姫命様は、俺達に優しく声を掛けてくれた。


俺達はそれからまた瞬間移動し、元の場所へと還った。

時計を見ると、時間は午前0時を15分程しか過ぎていない。

あの神殿はきっと現実の空間とは時間の流れが違うのだろう。

信長の奴がいつになく神妙な表情をしている。

さもありなんと、俺も思うのだった…。


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