第90話 教養授業21限目。鈴音先生、パラレルワールドを語る。
こんにちは。如月雪音です。
今週も水曜日の3限目の授業が終わりました。
短い休憩時間の後、
4限目開始のチャイムが鳴ると、
母上が教室にやって来ます。
「起立!」「礼!」
今週の教養授業の始まりですね!
いつもの様に母上様の優しい声が教室に響きます。
「さて、今日はちょっとスケールの大きなお話をしてみたいと思います。
みなさんは、パラレルワールドという言葉を御存知でしょうか?
簡単に言うと、今、私達が住んでいる世界と似た世界が、
別の空間に存在していると言う話です。
そこには例えば私…すなわち如月鈴音と一寸違わぬ人物が実在し、
全く別の人生を歩んでいたりする…。
普通に考えるとあり得ない夢物語の様に思うかも知れませんが、
現在の物理学会では、実はこれは本当にあり得る話として議論されています。
では何故その様な話になるのでしょうか?
話は約138億年前の宇宙創成、ビッグバンに遡ります。
最新の物理学では、このビッグバンの前に、インフレーションと呼ばれる
超高速の膨張…すなわち一粒の砂粒くらいの大きさの宇宙が、
一秒も経たない内に銀河系と同じくらいの大きさまでに膨張する…
が起きたとする考えが主流になりつつあります。
このインフレーションの理論から考えると、
同じような小さな砂粒状の宇宙が実は無数に存在しており、
それが次々膨張する…
すなわち無数のビッグバンが発生し、
実際に存在する宇宙は今まで私達が考えていた宇宙よりも遥かに大きく、
その大きさは限りなく無限であるという事になるのですね。
これを多元宇宙理論と言います。
この理論の証明の為に、2001年にWMAP、
2009年Planck(プランク)という衛星が打ち上げられ、
宇宙マイクロ波背景放射が実際に観測されました。
宇宙は誕生してから38万年の間、濃い電子の霧に覆われ、
この電子に妨害されて、光は進む事が出来なかったと、
この理論では考えられています。
しかし宇宙誕生38万年後、宇宙の膨張により電子が拡散した為、
光は直進出来る様になりました。
この光が現在私達の観測できる最古の光と言う事になりますが、
これを宇宙マイクロ波背景放射と呼びます。
この宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙空間の温度のゆらぎによって
まだらに広がると考えられ、衛星を打ち上げて観測する事で、
理論上で計算されたまだらと、実際の観測で得られたまだらの
比較が行われました。
すると驚くべきことに、まだらの理論的計算値と、
実際の観測値は、ほぼピタリと一致したのですよ。
この事から、多元宇宙論…宇宙は私達の住んでいるこの宇宙以外にも
無数に存在する…という事が現実味を帯びる様になって来ているのですね。
では次に私達の体について考えてみましょう。
私達の体を構成している一番小さな単位は、原子を作る物質…素粒子です。
この宇宙に存在している物質の違いは、端的に言うと、
この素粒子の並び方の違いであると言えます。
次にトランプのカードを想像しましょう。
トランプのカードの束をシャフルして、4枚のカードを配るとします。
最初に配られたカード4枚の札の内容を記録して、そのカードを束に戻し、
再びトランプカードをシャッフルします。
そうして同じく4枚のカードを配って、その内容を見る。
これを延々繰り返すと、いつかは必ず一番最初に配った4枚の札と
同じ並びが再現される…トランプのカードの数と種類は有限なので、
確率上では必ずこれが起こりますね。
これが素粒子の配列でも起こりうるという事です。
すなわち宇宙の大きさが無限であると仮定するなら、
如月鈴音と全く同じ素粒子の配列が必ず確率的に再現されます。
トランプと同じく、素粒子の数と種類は有限だからです。
これで計算すると、この地球と全く同じ素粒子配列を持つ
パラレルワールドの地球への最短距離は、
10の10乗の118乗メートル先になるそうです。
つまり、この地球とまったく同じ地球は理論上いくつも存在するし、
如月鈴音のコピーさんも何人も存在しているという事ですね…。
私とまったく同じ私が、今、違う宇宙で何を考え、何をしているのか?
それを想像するだけで愉快になってきませんか?
この宇宙は、今まで私達が考えていたよりもはるかに豊かで、
素晴らしいものなのかも知れませんね…」
ここまで話すと鈴音先生は、いたずらっ子の様にほほ笑んだ。
「それでは、これからは質疑応答の時間にしたいと思います。
いつもの通り手を挙げ、名前と出席番号を言って下さい。
それと授業に関係しない質問はしないこと。
それでは宜しくお願いします」
「女子出席番号12番、樋口一葉です。
多元宇宙論は本当に完全に立証されているのでしょうか?
もしそうなら、私達の世界観がまったく変わると思うのですが…。
それとこの地球から、パラレルワールドの地球に行く事は、
いつかは実現出来るのでしょうか?」
それを聞いた鈴音先生は優しく答えた。
「多元宇宙論はまだ完全に立証されたとは言えません。
立証する為には、先程述べた宇宙マイクロ波背景放射の
まだらの観測ともうひとつ、理論的に発生するとみられる
Bモードと呼ばれる光の渦巻き模様が観測できなくてはなりません。
この観測の為に現在南極に望遠鏡が設置されており、
観測用の衛星も打ち上げられる予定です。
実際に観測されれば、今までの宇宙観は根底から覆される事になります。
多元宇宙論が理論的に証明されるからです。
それと、パラレルワールドの地球に行くのは、現在の科学技術では
無理かと思われます。ワムホールを使うとか、色々理論検証はされて
いる様ですが…。でも地球では時折パラレルワールドに行ったと
いう人の証言もある様です。もしかしたら、意外と身近な場所に、
パラレルワールドへの入り口はあるのかも知れませんね!」
ここで授業終了を告げるチャイムがなりました。
と同時に前の席のビル・G君が私の方に振り返ると言いました。
「オゥ~ミス雪音~。今日のミス鈴音の話もとても参考にナリマシタ!
私が開発中のミスター・スポックなら、きっとパラレルワールドの
扉の開け方も導いてくれる事デショウ!期待していてクダサイ!!」
う~ん、ミスター・スポックって、
益々どんなソフトなのでしょう?
今度一度ビル君から詳しい話を聞いてみたいですね…。
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