第78話 教養授業18限目。鈴音先生、バブル経済を語る。
水曜日の3限目の授業が終わった。
短い休憩時間の後、4限目開始のチャイムが鳴ってまもなく、
教室に鈴音先生が入って来た。
「起立!」「礼!」
今週の教養授業の始まりである。
「今日は経済の基本知識についてお話したいと思います。
景気が極端に過熱する事を良く【バブル経済】、
つまり泡の様な経済と言いますが、何故それが泡と呼ばれるのか?
言葉を知っていても、その詳しい意味まで理解している人は少ないと思います。
なのでその泡の正体、信用創造についてお話しましょう。
まず最初に、信用創造の仕組みに関して、簡単な例で説明します。
とあるAさんが詐欺銀行に100万円預金したとします。
すると詐欺銀行はAさんから預かった100万円の内、
10万円だけを残して、残り90万円を別のBさんに貸し出します。
この時残す10万円を預金準備金と言います。
説明では分かり易い様に、預金準備率は10%と考えます。
さて、Bさんは貸し出された90万円を詐欺銀行の口座に入れます。
すると詐欺銀行は、Bさんの預金の内、9万円だけ残して、
残り81万円を別のCさんに貸し出します。
これを延々と繰り返すと、元々は100万円の預金しかないのに、
その何倍ものお金を貸し出す事が出来ます。
ちなみに今の日本の銀行の実際の預金準備率は0.8%なので、
預金準備金が100憶円あれば、最大その125倍…
およそ1兆2,500億円まで貸し出しが出来る事になります。
でも銀行にある実際のお金は100憶円です。
差額のお金は言ってみればないも同然、
空気を貸してそれから利息を取っている様なものなので、
共産主義の思想家は、これこそ資本主義の詐欺だろう…という言う訳です。
銀行が儲ける為に作られた、基本システムなのですね。
無論これはみんなが預金を一斉に引き出す事は絶対にない…
という前提で成立っています。当たり前ですが、
みんなが一斉に預金の引き出しに走れば、銀行は倒産してしまいます。
企業経営者ならわかると思いますが、
例えば銀行口座に5,000万円の預金があったとして、
ある日突然その内の1,000万円を現金で引き出そうとすると、銀行に断られます。
引き出しの理由とか色々聞かれた挙句、良くて翌日、悪いと
更に何日かかかってようやく現金を引き出せるのが普通です。
つまり、銀行自体には皆さんが思っている程の現金はないし、
多額の現金を引き出されるのは、銀行に取って極めて都合の悪い事なのです。
さてこの信用創造は、その言葉通り信用で成り立っています。
それは端的に言えば、貸し出したお金が必ず返って来るという信用です。
この信用創造の一番怖ろしい所は、どこかで貸金の返済が滞ると、
この信用の連鎖が一斉に破綻するという事です。
何しろ大元の銀行には実際にはわずかなお金しかないので、
大口の貸出先の返済が滞れば、たちまち危機に陥ってしまうのです。
もしこうなると倒産を防ぐ為に、銀行は一斉に貸し出しの回収に走ります。
ですが無理な回収をすると、資金繰りに窮した貸し出し先が
次から次へと連鎖破綻し、これが全体に波及していく事になります。
アメリカのある統計機関によると、
2020年末における全世界の借金総額は約6景円…。
日本円で60,000兆円という途方もない金額ですが、
今までの説明でわかる通り、これらは信用創造によって作られたものです。
6景円のお金が貸し出されてはいますが、
それらのお金は例えば預金通帳に印刷された文字とか、
ネットバンクのデジタルデータに過ぎない…。
大半のお金は実際には存在していないのですね。
この状態がまるで泡の様…表面は薄く脆く、
中身はすっからかんで、ちょっとのショックで
簡単に消し飛んでしまう…。だからバブル経済と呼ばれる訳です。
この幻想から覚めた人々が一斉に預金の引き出しに走ったら、
世界経済は瞬時に崩壊します。
世界は存在しないものに価値を見い出して回っている…。
これが今日の資本主義の姿なのです。
実際の銀行は、貸出額に対して一定の担保を設定し、もし返済が滞れば
それを換金したり出来ますし、預金準備金とは別に貸倒引当金を積んだりして、
問題発生に備える事はしています。ですが、現実の担保がジャンク債と呼ばれる
換金性に問題ある債権や、あまり価値のない不動産だったりすると
どうなるでしょう?経済危機が起きた時には、皆がにこうした担保を一斉に
売りに走りますから、売物ばかりで値段が付かず、担保価値が暴落する…。
特に株式などは極めて簡単に価値を失います。
90年代の日本のバブル崩壊もこの様な経過を辿ったのですね。
さらに欧米の多くの金融機関は、CDS等と呼ばれる一種の金融保険商品を
大量に販売しています。これは危険度の高い貸出先に融資する際、
万が一それが滞ると、債務者に替わってそれを立替え払いする保険で、
代わりに一定額の保険料を徴収するというものですが、
多くの銀行が身の丈に合わない金額を販売したり、購入しているのは、
もはや公然の秘密となっています。
2008年のリーマンブラザーズの倒産は、リーマンが身の丈に合わない
多額のCDSを購入していたからなのですよ。
ちなみに6景円は世界の年間GDPの8倍に相当するそうです。
この莫大な借入金がきちんと返済され続けるのか?
ここまで膨らむと一時期倒産するのではないかと噂されていたドイツ銀行等、
大手が1社潰れた瞬間、悲劇が起こる事可能性が大きくなります。
ドイツ銀行の借入総額がいくらなのか、実態は不明ですが、
一説には数百兆円と言われています。
加えてこの銀行は多額のCDSを販売しています。
殆どの国家が何としても銀行の倒産を防ごうとするのは、
今まで説明した信用創造が収縮した時の怖ろしさを
良く知っているからなのですが、ここまで巨額になると、
もはや国家でも問題解決は難しい…。いや、無理でしょう。
6景円まで膨らんだ、巨大な信用創造の風船がいつまでもつのか?
それは神のみぞ知る事なのでしょうが、
この借金風船は、お金を刷れば刷る程膨らんでいくのです。
アメリカを含めた各国は、景気浮揚の為に中央銀行に自国の国債を買い取らせ、
更に一般の株や債権まで買わせて大量の資金を市場に供給し、
様々な金融市場の価格のつり上げに走っていますが、
これは脆いバブル経済の泡を巨大化させるだけ…本来禁じ手なのです。
これが炸裂した瞬間、地下に眠るマルクスは大笑いするのではないでしょうか?
【資本主義の強欲、まさにここに極まれり】…と。
さて、ここから先は質疑応答の時間にしたいと思います。
まだ新しいクラスになったばかりですので、手を挙げ、出席番号と
名前を言って下さい。それから授業に関係ない質問はしない事。
では宜しくお願いします」
「出席番号2番、岩崎弥太郎です。
世界各国でバブル経済が膨らんでいる事は理解しましたが、
先生はどこの国が一番危ないとお考えですか?」
「それは間違いなく中国でしょう。
この国が発表している色々な統計データの多くは、
他国の通商データと整合性が取れません。また発表する政府機関によって、
数字がまったく違ったりします。本当の実態を把握している人は、
誰もいないのではないか…?これは健康診断の結果が気に入らないからと言って、
大勢で適当な数字に改ざんしているのと同じです。
こうなるときちんとした問題点の把握すら困難になる…。
そうこうしている内に手に負えない重病になって、
もはや手遅れになる…。私にはそう見えます。
統計的に信用に足る数字を見る限り、今の中国は世界最大の借金国家…
実態の数字がいくらなのか、おそらく把握出来ている人間はこの世に
いないと思いますが、官民合わせて日本円でおおよそ2景円(2万兆円)は
あると言われています。岩崎さんと同姓同名の明治の偉人、
三菱グループの創業者、岩崎弥太郎さんは、会社の専務が
私用のボールペンを会社の経費で買った事を知った時、
その専務を降格にしたそうです。
その処分に対して、その専務はひと言も恨み言は言わず、
その後大きく業績を上げて更に出世したとか…。
儲かる儲からないの前に、あらゆる仕事には最低限の倫理が必要です。
それが完全に崩れ去ってしまったら、この世界は崩壊する。
国民が必死で稼いだお金を運用する国や銀行こそ、
この倫理を最も肝に銘ずべき存在であると言えます。
現在の世界は、この倫理が根本的に崩れかかっているのかも知れません。
私は日本政府と日本の銀行がそうではない事を祈りたいですね…」
ここで授業終了を告げるチャイムがなった。
「起立!礼!」
鈴音先生が春風の様に教室を後にする。
【あらゆる仕事には最低限の倫理が必要か…】
岩崎弥太郎がそう言いながら考え込む姿を見て、
俺(大橋)も改めてその言葉を噛みしめるのだった…。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます