第66話 1年A組…最後のHR。

3月の学年末最終日は春を感じさせる穏やかな小春日和。

チャイムと同時に教室に入って来た鈴音先生は、

教壇に立つと暫く間を置いて、クラス全員を優しく見つめ…

そしてゆっくりと話し始めた。


「いよいよ学年末になりました。

私が1年A組の担任として教壇に立つのは今日が最後になります。

2年次からは文系と理系に分かれますが、私の教養授業は選択科目として

残りますので、興味のある生徒は引続き履修を検討してみて下さい。


それでは1年A組最後のHRを行います。

クラス委員長の島津君、号令をかけて下さい」


【起立!】島津の号令で全員が一斉に立ち上がった。

【礼!】全員が一糸乱れず、深々と礼をする。

【着席!】みんな静かに席に着いた。


「振り返れば去年の4月に皆さんと初めて出会ってから、

瞬く間に1年近くが過ぎました。

歴史の授業や、教養の授業、クラブに文化祭、忘年会、サバゲーなど、

様々な事で皆さんと関わって来ましたが、皆さん本当に若々しい元気良さと

個性に溢れ、クラスとしての結束力も強く、素晴らしかったですよ。


今日と言う日を迎え、私が皆さんに最後に言っておきたいのは、

創造的破壊と再構築が出来る者たれ…という事です。


長くこの国の歴史を見て来た者として、私が想う事があります。

この日本という国のひとつの特徴…この国は律令の時代に

大宝律令という法律を作ってからのち、現在の日本国憲法に至るまで、

憲法の様な基本法を一度制定すると、それを変えた事がありません。


律令の時代も時が過ぎて、その内容が実態に合わなくなると、

令外の官とかを色々作り、ツギハギをして何とか持たせたのです。

今日の日本国憲法も同様で、自衛隊の解釈などがその例にあたるでしょう。

この…自分で何かを大きく変革する事が不得意…

これが日本の大きな欠点の様に私は思うのです。

明治維新も結局外圧に頼った変革でしたし、一度基本の形を作ってしまうと、

環境が変化しても中々それが変えられない…。

日本という国は、これが極端過ぎる傾向にあるのですね。


今の私達の身の回りにもそれがあります。

国家1種の試験に合格した霞が関の役人の残業が、

非常に多いのはとみに有名ですが、この大きな原因は、

例えば国会での質疑応答の質問書/答弁書を作ったりする事にあります。

そもそも国会議員がその質問と答弁を役人に作らせること自体、

本来おかしな話なのですが、その質問書の内容が、

それが行われる前日の夕方頃にならないと提出されない…。

だから役人が泊まり込みで徹夜して答弁書を作る…

みたいな事をしているのですよ。

本来は1週間前までに…というふうな取り決めがある様なのですが、

それが守られていないのですね。

立法府の人間が締切を守らないとは何事か?

何故誰も声を上げないのでしょうか?

これでは残業が減る訳がありません。


医学の世界でも、そういうものが存在します。

まず、日本の医者は圧倒的に男性が多いのですが、

実は世界的に見ると女性の方が多いのですね…。

男性がこれ程多いのは日本特有の現象です。


医者の仕事は厳しいから女性には向かないとして、

一部の医学大学では合格者の割合を男女で調整し、

女性枠を減らすという事まで行われ、

これが最近公になって批判を浴びていましたね…。


何故女性が医者に向かないのか…?

要するに家庭を顧みれないくらいの超過勤務が多いから…

という事なのでしょうが、

なら、そうならない様な勤務環境にすれば良いではありませんか?


日本では医者が処方する薬は原則1カ月分しか処方されず、

その為患者は毎月、ただ薬を貰う為だけに受診をしなくてはなりません。

病の内容や状況にもよりますが、数カ月とか半年に1回の受診で、

あとは薬局で薬を購入できる様にすれば良いケースも沢山あるはずです。

そうすれば外来患者が減り、仕事が効率化しますよね。


救急救命士に医療行為を認めないとかもそうですね。

会社や学校が行う集団健康診断にわざわざ医者が出向く必要があるのでしょうか?

そもそも超過勤務で厳しいというのなら、もっと医者を多くすれば良い…。

外国では外科医に関し、まず小学校高学年で手先の器用さを試すテストを行い、

器用と認められた者を優先的に外科医にしたりする等、

日本の様に極端な学力偏重型の育成はしない例もあります。

いくら頭が良くても、手先が不器用では外科医には向きませんからね…。

これはこれで合理的な判断だと思います。


それから、人間は自分の属する集団と他の集団を区分けし、

他の集団に対して排他的になり易いという性質があります。

ゆるやかなものだと同じ県の出身とかですが、

強いものだと同じ大学とか高校の出身者による学閥などですね。

こういう色眼鏡でもって人を判断する…。

これを恣意的に行う必要もないと私は思います。


もっと開かれた心を持っていないと、

これからの時代を生き抜くのは難しいのではないかと思うのですよ。


今まで挙げたものはほんの1例ですが、

世の中には、何故そんな制度があるのか疑問に思える様なものが、

多々存在しています。かつては有効だったものも、

時代の流れについて行けず、存在意義がなくなる事は多いのです…。

AI等の技術革新が進んで行くこれからの時代、

これら既存の物事に疑いの眼を向け、それを創造的に破壊し、

再構築出来るかどうか…。

これが日本という国の将来を大きく左右すると私は思います。


優秀な皆さんの中からは、将来この国や社会、

企業の要職に就く人も出て来るでしょう。

そうなった時、今私が述べた事をもう一度思い出して欲しいと思います。

人間としての想いやりを忘れないと同時に、偏見を偏見として見抜き、

創造的破壊と再構築を推進出来る…。

私の教えた生徒なら、きっとそれが出来る…私はそう信じていますよ…」


鈴音先生はそう言うと、少しの間涙ぐんだ。

そして涙をぬぐうと、明るい声で言った。


「1年A組 大江戸交換日記は、私の大事な宝物として大切に預からせて頂きます。

閲覧したい時はいつでも言って下さいね!」


ここで授業終了を告げるチャイムが鳴った。


「それでは、最後は元気に挨拶をしましょう。

クラス副委員長、細川玉子さん、お願いします」


【起立!】細川玉子の号令で全員が一斉に立ち上がった。

【礼!】 声と共に全員が一糸乱れず、深々と礼をする。

礼が終わると細川玉子が大声で言った。

「鈴音先生、ありがとうございました!」

【鈴音先生、ありがとうございました!】

細川の声を聞いた俺たちが、全員で同じ言葉を唱和したのは言うまでもない。

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