第60話 教養授業12限目。…カブト虫…どうしてお前は飛べるんだ!

月曜日の3限目の授業が終わった。

短い休憩時間の後、鈴音先生が教室に入って来た。

4限目、今週の教養授業の始まりである。起立!礼!

いつもの鈴音先生の透き通った優しい声が響く。


「今までは主に心理学や歴史、文化史のお話を中心に行ってきましたが、

今日はちょっと趣向を変えて、科学系のお話をしてみたいと思います。


みなさんはカブト虫という昆虫を御存知だと思います。

力強いその立派な姿から、特に男の子に人気があり、

小学校の頃に飼ったりした経験のある人もいるかもですね…。


では、今日はそのカブト虫…

これの属する昆虫の謎について語ってみたいと思います。


実はこのカブト虫、未だ人類がまったく解明出来ない、

謎のパワーの持ち主です。


みなさんは、航空力学という学問の名前を聞いた事があるでしょうか?

力学の派生分野のひとつで、主に飛行機やヘリコプターなどを

飛行させるのに必要な理論を研究する学問です。


飛行機はプロペラを使ったレシプロエンジンか、

ジェットエンジンを使い、そのパワーで強力な空気の流れを起こし、

それを翼に当てる事で、揚力を発生させて空中を飛行します。


この揚力というのはエンジンパワーと翼の係数によって

計算出来るので、大体どのくらいのエンジンパワーと翼があれば、

これくらいの重量のものまで浮かび上がらせる事が出来る…

という計算が出来るのですね…。

まあ、そうでなければ飛行機などと言うものは設計出来ません。


ところがこの航空力学の理論を根底から否定する存在が

自然界に存在します。それが…あのカブト虫なのです。

カブト虫のあの膜の様に薄い翅(はね)の形状、それとはばたく回数、

それからカブト虫の個体重量を航空力学的に計算すると、

【飛翔に必要な揚力は発生しない】という計算結果になるそうです。

カブト虫に限らず、体の大きさの割に小さな翅しかない

マルハナバチなども同様なのですが、今日の航空力学の最大の謎のひとつは、

【カブト虫!どうしてお前は飛べるんだ!】なのだとか。


カブト虫はあの翅の羽ばたきで飛ぶことは絶対出来ないはず…

だけど私達の目の前のカブト虫は、

力学上の法則を無視して軽やかに飛んでいきます。

もしかして昆虫は重力を制御する能力を持っているのでは?

という説まで出てきているそうですが、本当の所は今日でも謎です。


このカブト虫…本当に謎多き不思議な生物なのですが、

カブト虫の属する昆虫という種自体も実は大変不思議な生き物です。

昆虫の存在が化石から初めて確認出来るのは、

約3.7億年前に登場したトビムシです。で、その次はというと、

約3億年前に突然多種多様の昆虫がいきなり登場します。

トビムシが現れてから多種多様の昆虫が現れる3億年前までを繋ぐ存在は、

今日まだ発見されておらず、ミッシングリンク状態だとか…。


昆虫は外殻生物…すなわち体表が固い殻、外骨格を形成しているので、

化石が非常に残り易い存在にも関わらずです。

ではトビムシが進化して多種多様な昆虫になったかと言うと、

トビムシは現在でも3.7億年前とほぼ同じ形状で存在していますので、

それは否定されています。


なので、3億年前に突然多種多様な昆虫が現れた理由はわかっていません。


地球に存在する多細胞生物を大きくふたつに分類すると、

昆虫とそれ以外…という区分けになります。

この地球上には約170万種の生物が存在しますが、

その内昆虫が100万種、全体の約60%を占めます。

ある意味地球は昆虫の惑星と言えるのですね。


昆虫の多くは大きさを除き、誕生してから今日まで、

その形状を殆ど変えていないところに特徴があります。

他の動物/植物種が多様な進化を遂げて来た事はみなさんも

御存知だと思いますが、昆虫はまるで初めから

最終形であるかの様に殆ど進化していない…のですね。

進化する必要がなかった…のかも知れません。


それでいて、その生命力は驚異的です。

蚊やハエ、ゴキブリなど、身近なものからもそれはわかりますが、

最も驚異的な存在としてはクマムシがあげられます。

クマムシは151度の高温に耐えられ、乾燥状態においては

絶対0度(-273.15℃)の超低温にも耐えられます。

完全な真空空間である宇宙空間でも10日生存出来ますし、

75,000気圧まで耐えられるので、深海でもへっちゃらです。

紫外線やエックス線など、人間の致死量は500レントゲンですが、

クマムシの場合は57万レントゲンまで耐えることができます。

最もクマムシは最近は分類が改められ、

緩歩動物門と、昆虫とは違う分類になっていますね…。


昆虫は前述した通り、外骨格という特殊な骨格を持ち、

成長するまでに卵→幼虫→さなぎ→成虫という変体を行う

種があったり、口が横に開くなど、

他の生物種にはまったくない特徴を持ちます。

特に不思議なのは単眼と複眼を持つ眼の構造で、

実際にどのような見え方をしているかは、

現在でも良くわかっていません。


2013年8月、ペルセウス流星群が発生した時、

イギリスのシェフィールド大学が、

降り注ぐ隕石に生命の痕跡が存在するのか調査する為、

高度27,000メートルの成層圏の大気を採取し、それを調査しました。


驚いた事にその大気の中から、微細な生命体が発見されたのです。

この実験を行ったシェフィールド大のチームは、

【地表の微細な生命体が成層圏まで到達する為には、

大規模な火山の噴火など、強大な自然のパワーを使う必要がありますが、

調べた限り、過去3年間にそのような火山噴火は起きていません。

結論として、この微細な生物は宇宙空間からもたらされたという事になります。

この結果は、今まで信じられてきた進化の過程に、抜本的な見直しが

必要になった事を示唆しています。】と述べています。


昆虫は宇宙人が地球の生物発展の為に送り込んだものだ!という

説があるそうですが、もしかしたら、それは本当の事なのかも知れません。

あのメカニカルな構造を見ると、何となくそんな感じもしてきますよね。


学問というものは、自ら興味を持って調べたり、

文献を読んだりする事が何より大事です。

この世界にはまだまだ未解明…不思議な事が沢山ありますので、

皆さんは常に不思議だと感じる知的好奇心を大事にし、

それを育てていって欲しいと先生は願ってやみません…。


それではいつもの通り、質疑応答の時間としたいと思います。

挙手し、出席番号と名前を言ってから質問をお願いします…」


「出席番号8番、島津義弘でごわす。昆虫が人類に与えている

具体的影響にどげんもんがあるか、具体例を知りたかでごわす」


それを聞いた鈴音先生は、にっこりとほほ笑んで言った。


「昆虫は人類に極めて大きな影響を与えています。まず悪影響からですが、

現在この地上で人類を最も殺しているのは、人類を除けば昆虫です。

蚊やダニを媒介とする伝染病の中には根治出来ないものがまだあります。

代表的なものはマラリアですが、これら昆虫を媒介とする伝染病で、

今日でも1年間で約72.5万人が命を落としています。


一方で、この世界にミツバチがいないと、人類は4年以上生存出来ないとも

言われています。ミツバチは地表の植物の約1/3の受粉を助けており、

居なくなってしまうと、現在人類が口にしている作物の多くが育たなくなります。


数年前、蜂群崩壊症候群(ほうぐんほうかいしょうこうぐん)という、

奇妙な現象が世界各地で起きました。これはミツバチの働きバチが、

女王バチをほったらかしにして、突如失踪してしまうという、

原因不明の奇怪な現象です。色々な原因がささやかれていますが、

本来ミツバチは2種類以上の花から複数の花粉を集める事を好むのに、

人間が自分の作物の受粉を優先させる為に

1種の作物しかない地域にミツバチを強制的に閉じ込めた為、

栄養が偏り、そのストレスによってミツバチが集団失踪したのではないか?

などと言われたりしています。


人間がそのエゴだけで自然をコントロールしようとすると、

自然から強烈なしっぺ返しを受ける…その好例なのかも知れませんね…」


ここで授業終了のチャイムが鳴った。

「では今回の授業はここまでと致しましょう。起立!礼!」

挨拶が済むと鈴音先生はにっこり微笑んで、ゆっくりと教室を出て行った。


「ミツバチは大事なものでごわっどな…」

島津義弘が腕組みをしながらうなずく傍らで、

山本権兵衛が「ごわす…ごわす…」と同意している姿が可笑しかった…。

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