第59話 教養授業11限目。鈴音先生、ひらがなについて語る…その②

金融…投資…経済…抽象…

現在中国で使われている社会科学の語彙の60%~70%は、

日本由来のものである…この研究結果は中国人の学者によるものなのですよ。

この中で例えば経済を例に取ると、これは経世済民の4文字熟語が語源で、

【世の中を良く治め、民を救う】という意味です。

素晴らしい表現だとは思いませんか?

今日この本来の意味を忘れて祭事を行う者が多いのは、悲しい事です。


日本人の凄い所は、漢字というものに対してただ単純に受動的に

受入れるわけでもなく、愚かにも高慢にそれを否定もしなかった所でしょう。

自発的に漢字を入手し、徹底的にそれを消化したのち、

自分の必要に応じて大胆な変革を行い、完全に自分のものにした。

そののち漢字の発祥の地である中国にもそれを伝え、

両国の漢字文化をより一層発展させた。

日本は漢字を教えてくれた中国に、漢字で恩返ししたのです。


そうしてそれに加えてさらにひらがなを発明した。

四角い漢字は柔らかくて滑らかな日本語の感覚や、

長さに拘らない語彙とは隔たりがあり、曲線が美しく、簡潔なひらがな…

これこそ日本人の発想や言語感覚により合致するものだったのだと思います。

このひらがなと漢字の組合せにより、真の日本語…大和民族の言葉が

完成したと言えるでしょう。


今日、世界の言語の大半は表音文字です。

表意文字…すなわち文字の形そのものに意味がある…。

これを使っているのは日本と中国…その系列に連なる台湾だけです。

表意文字の素晴らしさ…これがわかる人々は世界では少数派なのですね。


毎年清水寺で発表される今年の漢字…

このひと文字の漢字に想いを馳せる事が出来るのは、

非常に幸せな事なのですよ。


西洋の軍隊の旗は大抵何らかのデザイン…鷲やライオン、虎などですが、

こうなるのは表意文字を持っていないからなのですね…。

抽象的な表現を文字で行う事が出来ない…。

昔の上杉謙信の旗文字、「毘」や「龍」はたったひと文字で敵を畏怖させました。

武田信玄の「風林火山」もそうですね。

この文字が持つ力、感覚は、漢字文化圏の人にしかわかりません。

言霊と言われる言葉の持つ力…これが強く現れています。

漢詩の持つ独特な韻や雰囲気も漢字ならではのものです。

詩吟…この独特な世界は一度味わってみる価値があります。


それに加えてひらがなを使う日本語には、世界に類をみない

柔らかさがあります。語尾の変化で可愛らしさや柔らかさ、個性的な表現をする…

「ですぅ~」とか「かしら…」とか「だっちゃ」とか、アニメでおなじみです。

まったく同じ文章の印象が、これだけで随分変わりますよね。


うた…という漢字も、歌/唄/詩/唱など色々種類がありますが、

ひらがなも含めたこの5種類の表現だけでも印象は変わります。

こういう豊かな表現は日本語独特のものです。

中国は漢字には原則ひとつの読み方しかありませんから…。


私は趣味と実益を兼ねて色々な外国語を勉強しましたが、

皆さんが勉強している英語…この言語は凄く直球というか、

意味を伝えるという面ではドストレート、極めて強い言葉です。

中国語も同じですが、日本語に比べるととにかく激しく固く重い…。

日本語で直訳すると大ゲンカになりそうなきつい表現が

ポンポン飛び交うのですよ…。日本語に比べると、英語は

その文法が一貫性に欠け、アルファベットの単語の綴りは

発音の互換性がなく、ただ暗記するしかない…。

そういう所は日本語に劣ります。


中国語に至っては、4声とか9声とか、声調(発音)による意味の変化があり、

同じ中国の中でも北と南では発音の変化で言葉が通じません。

声調の変化で意味が変わる…これは中国語が表音文字を

持たない為の悪弊によるものですが、中国語が中華文化圏以外では

全く広まらない原因にもになっています。だって、ほんの僅かに

発音が違うだけで意味が通じないのでは、汎用性がまったくありません。


これが改まらない限り、これからどんなに時間が経過しても、

中国語は絶対に国際語にはならないでしょう。

反面、日本語は発音に関して世界的にみても極めて鷹揚…

多少の発音の変化には全く問題なく対応出来きます。

その意味では中国語よりずっと学び易い言語なのですよ。

同じ漢字文化圏の日本人にすら理解が困難な中国語は、

世界的に見るとあらゆる意味で最も難しい…

特に発音は極めて難しいと言えるでしょう。


もっと言うと、日本は中国の漢字を取り入れ上手く生かしたけれど、

中国は日本のひらがなを取り入れる様な度量を持たなかったという事です。

中華思想…世界の中心は中華である…この様な高慢且つ愚かな思想の為に、

中国は結果として全世界のリーダーにはなれなかったし、

これからもそれは無理でしょう。中国文明の最大の欠陥…

謙虚という言葉や行為に価値を認め、知りながら、それを実践できない…

悲しい事です。


アングロサクソン系の民族や中国人の歴史が戦乱にまみれ、

離婚率が非常に高いというのも、言葉の問題がある様に思います。

翻訳していて、もっと穏やかに言えば良いのに…といつも思いますから…。


これからの時代は日本語よりも英語など、外国語を勉強すべきだという

論調が多いのは悲しむべき事です。世界で最も洗練された自国言語を

ないがしろにする民族に、良い未来が来るとは思えません。


それにだいたいあと10年以内にAIを応用した高精度翻訳が、

当たり前の様にスマホやパソコンに搭載されるでしょうから、

単に外国語が出来るというだけでは、

あまり価値を持たない時代になっていくと思います。


それでは、これからは質疑応答の時間としたいと思います。

いつもの通り手を挙げ、名前と出席番号を言って下さい。

それと授業に関係しない質問はしないこと。

それでは宜しくお願いします」


「女子出席番号14番、紫式部 裕子です。

漢字とひらがな、カタカナを持つ日本と、漢字のみの中国、台湾、

この両国の言葉と日本語を比較した時、両方が出来る先生は

どちらが便利だと思いますか…?」


それを聞いた鈴音先生はにっこりとほほ笑んで答えた。


「それはもう、圧倒的に日本語ですね。

中国語は漢字しかないので、速記に向かず、表現が凄く固いのは

先に述べましたが、外来語を表す言葉がないので、海外から

入って来た言葉は全て漢字の当て字になります。


外来語の当て字漢字が入ってある程度こなれるまで、

これが外来語なのか、漢字熟語なのか、区別を付けるのが難しいですよね。

それと文章を書くスピード、読むスピードも日本語の方が遥かに

早いのですよ。漢字は画数が多く、書くのに時間が掛かるし、

日本語は接続語にひらがなを使う事で、文章のつながりを

瞬時に判断できるのです。


表音文字がない中国では、漢字の発音を学ぶ為に、

英語のアルファベットを応用したピンインというものを使います。

これは漢字の発音を日本語のローマ字を使って学ぶ様なものですが、

表音文字がない為に、わざわざ外国の文字を苦肉の策で使っている訳です。


ひらがな、カタカナという表音文字、漢字という表意文字、この三つを

使って言語を使いこなすのは、今日、世界の中で日本しかありません。

この三つを使いこなす事によって得られる表現の多様性、

その素晴らしさを、改めて皆さんが再認識してくれれば私は幸せです…」


ここで授業終了のチャイムが鳴った。

「では今回の授業はここまでとしましょう。起立!礼!」

挨拶が済むと鈴音先生は春風の様に教室を出て行った。


「やはり日本語は最高なのかしらん…!」

アレックス岡本の野郎が俺の方に振り返って言った。

「しかり…しかり…」

そこで俺は、奴のいつもの決め台詞で決めてやったのだった…。

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