第51話 2023年元旦…如月邸にて…②

そういう意味で、西郷さん大久保さんは、

非常に有能な上司に恵まれていたと思います。

一方、小松さんは何かというと暴走しがちな西郷さんを

止める重しでもあったのです。

ところが肝心の小松さんは、大政奉還が決まった直後に病気が悪化し、

薩摩で療養はしたのですが、左下腹部を悪性の腫瘍に侵され、

明治3年(1870年)8月16日、僅か満34歳でこの世を去られました。


私は小松帯刀さんこそ、明治維新を成す為に生まれ、

それが終わるとすぐ天に召し返された人物だと思います。

当時私は通訳として小松さんに何度も呼び出され、

それに協力していました。

私は英語やオランダ語、フランス語、ロシア語に堪能でしたから…。

龍馬さんとの関係からもわかる通り、

小松さんには誰とでも打ち解けられる気さくさがあり、

頭の回転が速く、また心から国を愛した人でした。

良く飲みにも連れて行って貰いましたよ…。

薩摩示現流の使い手で、美男子で、私の好みでした…♡。


西郷さんはあれで人の好き嫌いが結構激しいし、激情家だし、

大久保さんは余計な事は殆どしゃべらない、寡黙な人でしたから、

対外折衝なんかに向くタイプではありません。

この両者は藩主の島津久光さんとあまり上手くいっておらず、

その仲介も小松さんがしておられました。

小松さんにしてみれば、両者はそれなりに有能だけれど、

手間のかかる部下だった事でしょう…。

龍馬が我が藩におればどれだけ楽かと良くぼやいておられましたね。


小松さんが病気療養の為に薩摩に帰ってから戊辰戦争が起こります。

本来ならあの戦争はもっと小規模に終わらせる事が出来たはずです。

なぜなら幕府のトップである徳川慶喜が新政府側に

恭順の意を示し、新政府側もそれを許し、

反対する旧幕府勢力は上野で壊滅して、

北へと落ち延びたからです…。


この時会津、桑名両藩も恭順の意を示したのに、

何故か新政府側はこれを許さず、戦闘を仕掛けます。

ボスである徳川慶喜を許しておいて、その指示で戦っていた

部下である会津、桑名藩は許さない…

これは論理的に矛盾していますよね?


奥羽列藩同盟と新政府側の戦いは、本来無用なはずだったのに、

これをやってしまう…戦争好きの西郷さんの良くない面が出たのです。

明治3年の8月、大阪で死の床についていた小松さんを私が見舞った時、

小松さんはこの事を本当に無念に思っておられました。

「おいがまともであれば、あげん戦(ゆっさ)はせんでもよかった。

西郷の馬鹿めが…」

か細い声で涙を浮かべておられたのを今でも思い出します。


その後の明治の歴史は皆さん知っての通りです。

西郷さんは明治6年の政変で敗れて鹿児島に戻り、

明治10年の西南戦争で敗れて自害されます。

あの時の政変は、大久保さんが必死になって西郷さんの

暴走を止めたのですよ。


征韓論なんて…当時の明治政府はとんでもない貧乏政府であり、

各種法律や制度も整っていないし、税収の確保も思うに任せない上に、

特権を奪われた士族の反乱がいつ起きてもおかしくない状況…。

外国に打って出る余裕などまったくない。

大久保さんにはその事が良くわかっていました。


西郷さんは国家経済を緻密に考える様なタイプではありません。

それより特権を奪われた士族…特に薩摩士族の処遇をどうするか…

それで頭が一杯だったのです。


私は常々小松さんがあんなに早く死んでしまわれたのを残念に思います。

明治政府の最大の失敗は、薩長藩閥制度…特に軍部でもこれを行った

事から軍部が肥大化し、のちの時代に政府が軍部を

統制出来なくなった所にあります。英邁な小松さんだったら、

こんな馬鹿な事はしなかったのではないか?

私はそう思ってしまうのですね…。

小松さんが言えば、西郷さんも大久保さんも言う事を

聞かざるを得なかったはずなのです。


まったくもって本当に良い漢というものは、薄命なのかもしれません」


鈴音先生はそこまで話すと、何処か遠くを見つめる眼になっていた。


「事実は小説よりも奇なりかしらん」


アレックス岡本がうんうんと頷いている。


「鈴音先生は小松帯刀の事好きだったの?」


俺が聞くと、鈴音先生は急に真っ赤な顔をして、俺の背中を叩いた。

「大人をからかうものではありません。私はこれでも純情派です。

既に結婚している殿方に手を出したりはしませんよ!」


鈴音先生…これは酔ってるな…俺は思った。


「へぇ~、これが小松帯刀か…中々の美男子ではないか!

母上はかなりの面食いなのじゃな…!」

いつの間にか天音がスマホで小松帯刀の写真を検索し、

それを雪音と一緒に興味深そうに見ている。


「これ!真面目に見るでない!恥ずかしいではないですか!」

鈴音先生は益々赤くなっている。


「お~~!盛上ってきたな!じゃあ、これからおがちん音頭でお祭りだぁ~!」

すっかり酔っ払ったおがちん先生が、傍らで踊り始めた。


「よし、では次は私の南京玉すだれでも御覧じろ~~!」

天音もノリノリだ。


2023年…今年もスタートがこれなら、楽しい1年になりそうだ…。

俺はおせちを頬張りながら、面白おかしくおがちん音頭を鑑賞しつつ、

想いをはせるのだった…。

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