第52話 平家の落人村にて…その①

2023年1月のとある日、地獄の後期試験が終わり、

俺(大橋)は返って来たテストの結果を確認していた。

どうやら赤点はなく、2月の休み(前期は中等部、後期は

高等部の入学試験の為、その前後各1週間程度休みになる)は、

ハルゼーの野郎の補習を受けなくて済む事になりそうだ…

くたばれYes Sir!…と俺が安堵していると、

右横の席の雪音が俺とアレックス岡本に声を掛けて来た。


「大橋様と岡本様、2月前半のお休みの時、

お時間は空いてらいっしゃいますか?」


「空いてるよ。」「空いてるかしらん。」

俺と岡本がほぼ同時に答えると、

雪音は嬉しそうにほほ笑みながら話を続けた。

「実は私と天音ちゃんは毎年冬になると、

母上様と日光の湯西川温泉に行くのですが、

去年の夏に真田の里の温泉に連れて行って貰ったお礼に、

今年は緒賀先生と大橋様と岡本様も招待しようという話になりまして…。

2月前半は中等部の入試時期なので、高等部の先生なら時間がありますから…」


「おお!それは是非行こう!」「行くかしらん!」

当り前田のクラッカー、俺とアレックスは間髪入れずに答えていた。

こうして俺たちは、再び如月姉妹と鈴音先生、

緒賀ちんと旅行する事になったのである。


1月31日出発当日の朝10時、前回同様、

俺たち全員は大衆食堂おがちんに集合した。

日光湯西川は平家の落人村として知られる歴史ある

温泉の村で、当然の事ながら奥深い山の中にある。

この時期だとかなり雪深いはずなので、緒賀ちんの改造ハイエースは、

スパイクタイヤ装備&念の為のタイヤチェーンも準備済みだ。

空が晴れた場合に備え、一応天体望遠鏡も積んでいくそうだ。

前回は夏から秋にかけての星がメインだったが、

この時期なら冬~春の星々を観望出来るらしい。

まあ、今回は星よりも温泉と歴史探訪がメインだが…。

日程は前回より少し伸びて、3泊4日である。


全員が車に乗り込むと、鈴音先生が嬉しそうに笑顔で言った。

「それでは出発と致しましょう!雪と歴史の美しき世界へ!」

「レッツゴー!」残り全員で唱和していよいよ出発だ。

そろそろ付き合いも長いので、まるでちょっとした家族の様な気分だ。

いつもの様に車内では、緒賀ちん好みの軽快なロックが流れる…。


途中何度か休憩を挟みながら高速を走り、2時間程して

山の中の道に入った。この後は山中の道幅の狭い道路を延々と

走る事になる。暫くするとあたりが雪景色になって来た。

山の中の雪景色…中々いと趣き深し…。

出発時の東京は快晴だったが、山に入ってからは多少雲があるものの、

天気は概ね良好と言った所だろうか?


「大橋殿は湯西川温泉は初めてであろう?」

天音が俺に聞いてきた。

「ああ、初めてだ。良い温泉だといいな…」

「詳しくは行ってのお楽しみじゃが、綺麗な所じゃし、

イベントもあるし、料理も温泉も最高じゃぞ…」

天音は今までになくニコニコしている。


「それは楽しみかしらん…」

アレックス岡本も嬉しそうだ。


こうして東京を出発してから、休憩も含め5時間あまり、

その日の3時半過ぎに俺たち一行は奥日光の奥深い山の谷間…

湯西川温泉…本家伴久旅館へと到着した。

周りはすっかり雪化粧で、雪の中の古めかしい、

優美で大きな旅館…とても立派で風流な一軒家の木造建築である。

旅館のすぐ横に川が流れており、

その清流の調べが早速心を癒してくれる。


到着して中に入いると、受付の女性が玄関にある大きな太鼓を

大きなバチでドン!と鳴らす。本家伴久名物「迎え太鼓」だ。

それから受付を済ませ、男部屋に案内された俺たちは、

早速気分を出す為に浴衣に着替え、案内の女中さんが

出してくれたお茶をすすりつつ、窓から外の景色を見た。

流れる清流と一面の雪化粧が何とも美しい。

歴史ある伝統の旅館、その和室の雰囲気と古い木の香りが

相まって、心が自然と落ち着いて来る。

「絶景かな、絶景かな…!」

緒賀ちんが早くも歓声を上げた。

俺とアレックスも暫しの間、まったりと雪景色を眺める。


暫くそうしていると、コンコンと誰かが部屋をノックした。

ドアを開けると如月姉妹と鈴音先生だ。

「準備が出来たので、早速お風呂へと参りましょうか」

鈴音先生のその言葉に、男どもは全員タオルを持って集合し、

皆で一緒に温泉へと向かった。


いつもの通り、浴衣姿で手を繋ぎ、お尻を振りながら歩く

如月姉妹の後ろ姿が美しい…可愛らしい…なまめかしい…。

この光景を見るだけでも、ここに来た甲斐があったと言うものだ。


ここの温泉の売りは川のすぐ傍に設置された露天風呂…。

俺たち3人は体を洗い終わると、すぐに藤鞍の湯と呼ばれる、

川沿いの露天風呂に入った。

ここの温泉は弱アルカリ性の単純泉で、お湯は綺麗に澄んでいる。

それでも強烈な温泉臭と肌にピリピリ来る感覚が、

源泉かけ流しのこの温泉の効果の高さを物語っている。

古くから美肌の湯として知られ、また子宝の湯としても知られた名泉だ…。


流れる川のしぶきが飛んできそうなくらい、川の近くにある

露天風呂で、雪景色を眺めながらしばし俺たちは悦に浸る…。

毎度ながら、この世の事なんてどうでも良くなるよなぁ~~。

「うむむ!これはまさに絶景!…食事が終わったら雪見酒としゃれこむかぁ~」

緒賀ちんが早くもおっさん臭い話をしている。

「お前らが成人なら一緒に飲むんだがな。残念だ!」

「しかり…しかり…。」

アレックスの野郎も相変わらずだ…。

まあ、その気分もわからなくはない。


その②に続く…。

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