第45話 倶楽部…白拍子にて…その②

ともあれ池内3尉と近藤陸曹は、亀菊にいざなわれて、

倶楽部 白拍子のソファーへと座った。

ソファーは落ち着いた茶色で、非常に座りごこちの良い、

良い品である。店の中は普通のクラブとは少しばかり趣きが違い、

和洋折衷な感じだが、調度品はどれも良く整っており、

手入れも行き届いている。和的な高級クラブ…そんな感じだろうか?


店の娘は皆巫女か白拍子の恰好をしている。

清楚ながらなまめかしい独特の雰囲気、

そしていずれ劣らぬ超絶美少女ばかり…。

近藤がしばし絶句していると、亀菊が近藤に話しかけた。


「近藤様はどの様な娘を好まれますか?

まだ宵の口でお客様も少ないので、

今であればお好きな女の子をお付けできます。

娘は8人いますので、お好みの娘を選ばれては如何でしょうか?」


亀菊の言葉と同時に8人の娘が近藤の前に立った。

誰でも好きな娘を指名しろという事らしい。

しかし皆超絶美少女ばかりで甲乙つけがたい…

近藤は迷った挙句、【こういう時は直感だな!】

そう思って、左から3番目にいる、一番小柄な娘を指名した。

氏名された娘はにっこり微笑むと近藤の傍に来て腰をおろす。

「お初にお目にかかります。仏と申します。よしなにお願い致します」


近くで見るその娘は…肌の白い比丘尼の中でも一段と色白で、

白拍子の衣装をまとったその衣からは、優しい香の香りがする。

小さな瓜実顔に大きく優しそうな黒い瞳、

赤い紅を塗った小さな唇と薄い白粉(おしろい)のコントラストが

美しさをより一層際立てている。亀菊の持つ優美な妖しさとは違った、

清楚でみやびな雰囲気だ…。可愛らしさと愛らしさ…。

近くで見るとこの娘も見た事がない程の絶世の美少女である。


池内はというと、既に馴染みの娘がいる様で、

近藤が指名する前にその娘が横に来て座っている。

池内はニヤニヤしながら近藤に言った。

「近藤陸曹、比丘尼の娘は嫉妬深い。一度決めたら浮気せぬが良いぞ…」


近藤の横に来た仏という娘は、近藤のグラスにお酒を注ぎながら話し始めた…。

「初めてこの村に来られて、感想は如何ですか?」

「いえ、本当に美しい女性ばかりでびっくりしました。

ここが世に言われる桃源郷かと…」

それを聞いた仏は優しく微笑んで話した。

「桃源郷は元は中国のお話ですが、昔中国にも八百比丘尼の村と

同じような存在があったのです。それが桃源郷と呼ばれた様ですね…。

ただ、歴史の動乱の中でその村は失われ、

住んでいた比丘尼達もいなくなりました。

この八百比丘尼の村には、中国から難を逃れて

渡ってきた比丘尼もいるのですよ」


「へぇ~、そうなんですか?俺は詳しい事は何も知らないので…」


そう言う近藤を仏は暫くの間、無言でじっと見つめる。

近藤の眼を真剣なまなざしで見つめた仏は言った。

「涼やかなお顔立ち、優しい嘘をつかない眼をしておいでですね♡」

近藤は頭をかき、顔を赤くしながら答える。

「そんな風に見えますかね?」


それを聞いた仏は、自分のグラスにも酒を注ぎながら話し始める…。

酒は比丘尼の村に代々伝わる特産の濁り酒である。


「私は最初の殿方に裏切られ、それからは殿方嫌いになって、

長く男を断って来ました」

「そうなんですか?」

「そう…でもそんな生活ばかり長く続ける訳にもいきません。

ですので、今はリハビリのつもりでこのお店で働いているのです」

そう言うと、仏は明るい人懐こい表情をして言った。


「ですので近藤様、殿方の良さを、仏にもう一度教えて下さりませ!乾杯♡!」


それからはもう…まさに桃源郷の宴の時間そのものである。

八百比丘尼の村特産の濁り酒は、芳醇で旨味が強く、

呑めば呑む程に酒が進む…。

絶世の美少女達、美しく愛らしく優しい比丘尼達は舞い、謡い、踊る。

その見事さ、みやびさは言葉ではとても言い尽くせない。

【自分は夢でも見ているのか?】

近藤は自分の頬をつねってみたが、夢ではなさそうである。

お酒が入った仏御前は顔をうっすらと赤く染め、

近藤の腕に自分の腕を絡めて、近藤に頬と体を密着させてきた。

やわらかな美少女の感触と温もりが近藤に伝わってくる…。

美しい娘の、独特な優しい香りが近藤の鼻をくすぐる…。


「殿方の逞しい体は素敵ですね…。

八百比丘尼は、増えなくてはなりません。

ですが、実は比丘尼は、長い間に百合になってしまう娘が多く、

この所問題になっています。女同士では増える事がありませんので…

この私もずっと百合だったのですが、近藤様となら、

一緒に暮らすのも素晴らしき事かと思います…」


近藤は思わず仏御前を抱きしめそうになるのを必死でこらえた。


その日の別れ際、仏御前はソファーに座る近藤の前で

立上ると、暫くの間近藤の唇に自分の唇を押し当てて言った。

「旨口です。近藤様が決して仏の事を忘れない様に…!」


こうしてその夜、近藤と池内は…

比丘尼達にメロメロにされて店を出る事になったのである…。

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