第43話 八百比丘尼の村にて。

2022年12月12日早朝、朝8時。内閣情報管理局長、

吉田寅次郎は、陸上自衛隊の送迎車の助手席乗り込んだ。

広い後部座席には如月鈴音とリーリャ、

それに護衛の陸上自衛隊員、3等陸曹、黒川恵美が座っている。

運転手の陸上自衛隊、1等陸曹近藤長次郎を合わせた5人は、

これから八百比丘尼の村へと向かうのだ。


プーチン帝との会談の後、鈴音はリーリャと暫くの間会話し、

その後ふたりで吉田の元を訪れた。


「吉田局長、リーリャはまだ日本語が話せませんし、

異国での不安も強い様です。一度八百比丘尼の村へと連れて行き、

そこでゆっくり静養させるのが一番かと思います。

比丘尼の村にはロシア語に堪能な者もいますし、皆優しく歓迎するでしょう。

そこで静養しながら日本の事や日本語を学び、ある程度目途が立ったら、

早苗実業学校の生徒として迎えるのが最善だと思います。

そうすれば普通の日本人にも馴染めますし、

私の眼の届く所にいれば色々なケアもしてあげられますので」


鈴音の話を聞いた吉田は、暫く沈思考すると言った。

「鈴音様のおっしゃる通りだと思います。

我々も出来る限りの協力をしましょう」

こうして、鈴音、リーリャ、吉田の3人は、

陸上自衛隊の護衛の元、八百比丘尼の村に向かう事になったのである。


移動中の車の中で、鈴音はロシア語で終始リーリャに優しく話しかけていた。

落ち込んでいるリーリャも、鈴音には少しずつだが

心を開き始めている様子である。

【さすがは鈴音様だ。これなら思ったより回復は早いかもしれない】

車中の吉田はそう思った。本件、何しろあのロシアのプーチン帝

直々の頼みである。しくじりでもしたら国際問題になりかねない。

吉田の首ひとつでは済まないだろう。


途中休憩をいくつか挟みながら、東京から車で5時間余り。

お昼を少し過ぎた時間に、一行は八百比丘尼の村へと到着した。

警備の自衛隊員に近藤が敬礼する。

そうして村の門に入ると、鈴音は比丘尼の正装…緋袴に白の襦袢…

巫女姿で出迎えた比丘尼の娘に言った。

「小宰相(こざいしょう)を呼んで下さい。既に私から連絡してあります」


暫くすると、正装したひとりの美しい比丘尼が鈴音の前にやって来た。

小宰相…吉田は久しぶりに彼女の姿を見たのだが、驚いた。

以前に会った時よりも、より一層美しくなった様に見えたからだ。

八百比丘尼というのは、不老なだけではなく、齢を経る毎に美しくなるのか…


歴史上、平通盛の妻として、また絶世の美女として名高い小宰相…

彼女はその本人である。平家物語では夫、平通盛の死を悲しんで

海に身を投げた事になっているが、これは事実ではなく、

彼女は戦の危険を避けて八百比丘尼の村に身を隠したのだ…。

その後彼女は八百比丘尼の村で悲しみを癒し、

平通盛の娘である比丘尼を生み育てたのである。

鈴音とは長く一緒に暮らした事もあり、

親しい友人、姉妹の様な関係であった。


「これは鈴音様。おひさしゅうございます」

小宰相は鈴音の前に来ると、丁寧なお辞儀と挨拶をした。

「おひさしぶりです、小宰相。かねて連絡した通りで、

ロシアの八百比丘尼…リーリャを連れて来ました」

小宰相はリーリャをひと目見ると、

「これはこれは!とても綺麗なお嬢さんですね…。

立ち話もなんですので、皆様私の家へお越しください」

そういって、一行を自宅へと案内した。


小宰相の家は比丘尼の村の門からほど近い場所にあった。

広い4DKの和風な平屋建て…やや古い建物だが、

それが独特の落ち着いた日本的風情を醸し出している。

小宰相はここで娘の徳子と優美のふたり…

3人で暮らしていた。徳子は平通盛の娘でもある。


家に入ると美味しそうな匂いがする…。

小宰相の娘の徳子と優美が既に食事の準備を終えており、

テーブルには美味しそうな料理が所狭しと並んでいた。

小宰相とその娘は八百比丘尼の村では料理上手として知られ、

吉田も過去に何度か御相伴に預かった事があったが、

その味は一流の料亭ですら及ばない素晴らしいものであった。


「皆様、ようこそおいで下さいました。

今日は新しい比丘尼の仲間、リーリャを迎える歓迎会として

この場を用意させて頂きました。料理もお酒もふんだんに準備して

ありますので、存分に楽しんで頂ければと思います」


小宰相はまずロシア語で、続いて日本語で挨拶した。

「リーリャ、これからは私を姉と思って下さい。

私とその娘、この村に住む皆は、あなたと同じく、

永遠に老いる事がありません。

そうして、いついつまでもあなたと共にいます。

ここで存分に心を癒してくださいね」


「それでは、ようこそリーリャ!我らが八百比丘尼の村へ!乾杯!」


鈴音が明るい声で音頭を取ると、そこにいる全員で乾杯、食事となった。

リーリャは生まれてまだ50年程であり、比丘尼としては極めて若い。

鈴音は既に1500歳、小宰相は858歳、娘の徳子は小宰相より

20歳下の838歳。優美はそれよりはずっと年下だが、

それでも200歳は超えているはずだ。しかし見た目は全員16歳くらい…

吉田は比丘尼達と飲む度に何とも不思議な気分になった。


「旨い!マジで旨い!」

運転手を務めた近藤長次郎が歓声を上げる。

護衛任務で来た黒川恵美も夢中で食べている。

リーリャの箸も進んでいる様だ。


鈴音は小宰相のお猪口に日本酒を注ぐと言った。

「小宰相、宜しくお願いしますね。あなたなら、

きっとリーリャを元気に出来る…」

それを聞いた小宰相は、お猪口を一気に煽ると言った。

「お任せあれ!鈴音様!」


暖かな雰囲気の楽しい宴は、こうしてその日遅くまで続いた。

リーリャは鈴音に勧められたウォッカを飲むと、少し赤い顔

となり、それまでの自分の身の上話をし、涙を流したかと思うと、

陽気な笑顔になったりして、表情がころころと変わった。

まだ感情が不安定だが、大分前向きになって来ている様だ。

そうしてその日の夕刻、存分に食事とウォッカを堪能したリーリャは、

すやすやと眠りについた。


彼女を別室の布団に寝かし就かせた小宰相は、鈴音に言った。

「落ち着いてよく眠っています。とても可愛い寝顔です…」

「そうですか…。では久しぶりの小宰相との再会を祝して呑み直しですね!」

そう言うと鈴音は、にっこり笑って小宰相と再び乾杯するのだった…。

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