第42話 ロシアより愛を込めて…②

2022年…12月10日。

ロシア連邦共和国大統領ウラジミール・プーチンは、

大統領専用機で来日した。

公にされている目的は日本の菅首相との会談、

経済協力に関して日本の経済団体との会合等である。

無論、これらも重要な打合せに違いないのだが、

プーチン帝にはもうひとつ、公には出来ない目的があった。

それは如月鈴音…八百比丘尼と呼ばれる日本の

不老一族の存在を確かめる事である。

もし実在しているのであれば、自分が大統領在任中に

解決しておかなければならない問題…。

その解決に繋がるものだと思っていた。


来日の翌日の午後遅く、プーチン帝は日本の内閣情報管理局、

吉田の手配した某ホテルの一室に居た。

如月鈴音…八百比丘尼と面談する為である。

指定された17:00時丁度に部屋のドアが開き、

ひとりのうら若い、小柄で美しい女性が入室して来た。

緋袴に白の襦袢…日本の巫女の正装姿である。


入室して来たその女性は、流ちょうなロシア語で

こう口を開いた。

『初めまして、如月鈴音と申します。

ロシア連邦共和国、ウラジミール・プーチン大統領閣下、

お会いできて光栄に存じます』


その姿を見たプーチンは、思わず眼を見張った。

雪を思わせる白い肌に美しい艶のある黒髪。

優しそうな大きな黒い瞳と赤く紅を塗った口元。

巫女の正装と合わせ、その強烈なコントラストの美しさと

優しい雰囲気に、その場に居た全員が心を奪われていた。


プーチンは暫く鈴音を見つめるとおもむろに口を開いた。

『これは美しいロシア語での丁重なご挨拶、感じ入った。

私がロシア連邦共和国大統領、ウラジミール・プーチンだ』


ふたりの挨拶を聞きながら、内閣情報管理局長の吉田は

当惑していた。何しろ会談のセットアップはしたものの、

プーチン帝の具体的な目的が不明だからである。

目的に関しては当然事前に問合せをしたのだが、

『会談当日に話す』以外の返答が得られなかったのである。

もっとも状況からして、ロシア側には何らかの強硬手段を

取るつもりはないらしい。少なくとも今の段階においては…。


しばらくたわいもないロシアの世間話や柔道の話をした

プーチンは、やがてそれを切り上げると本題に入った。

『八百比丘尼と呼ばれる不老の女性の一族が日本に存在すると

いう情報を我々は掴んでいる。あなたがその一族の長に近い

存在である事もだ。その事に間違いはないかな?』


その言葉を聞いた鈴音は穏やかな表情で答えた。

『プーチン大統領閣下、世界的に有名なロシアの情報機関の能力に関して、

私は疑う余地はないと思います。ですので、嘘は申しません。

おっしゃる通り、私は八百比丘尼と呼ばれる不老種族のひとりです』


それを聞いたプーチン帝は暫く間を置くと答えた。

『そうか、では是非協力して欲しい事がある』

吉田は気が気でない。

【その不老のメカニズムの研究の為にロシアに来て欲しい…】

とか言い出すと思ったからである。

しかし吉田の心配は杞憂に終わる。プーチンが話し出したのは、

その様な内容ではなかったからだ。


『実はロシアにも君と同じ様な不老種族の生き残りがいる。

その者は姉妹であったが、姉の方がここ最近はやっている

例のウイルスに侵されてな、半年ほど前に亡くなった。

残された妹は絶望のあまり気を病み、

すっかり元気をなくしてしまった。

医師の診断でも酷い欝になっている…

このままではその命も危なくなる程にだ…』


プーチン帝は顔をしかめながら話を続けた。


『わがロシアの不老種族のたったひとりの生き残り…

この命の種を私の時代で消えさせるわけにはいかん。

彼女の元気を取り戻させる為には、何よりもまず同族が

尚この世界に存在する事、そうして永遠の友として

共にある事を知らしめる事だと思う。


残念ながらロシアにはその様な環境は存在しない。

纏まった同族が存在する唯一の環境…

それがあるのは日本だけだという事も既に調査済みだ。

故に彼女を…如月鈴音さんとその八百比丘尼の

一族の保護下に入れて回復させたい。

今日はそのお願いに来た次第だ』


プーチンはそう言うと、じっと鈴音を見つめた。

暫く沈黙していた鈴音は、

やがていつもの穏やかな口調でゆっくりと答えた。

『プーチン大統領閣下、承知致しました。

出来る限りの力を尽くさせて頂きましょう』


『そう言って貰えるとありがたい。』

プーチンはそう言うと、別室に向かって声をかけた。

『リーリャ、入って来なさい』


『はい…』

か細い返事と共に、暫くしてひとりのロシアの少女が部屋に入って来た。

悲しげな表情から、彼女の心の状態を推し量る事が出来る。

それと同時に…ロシアの美しいアイススケーターを連想させる、

白い妖精の様な…ロシア人少女の持つ独特な…可憐な美しさも。


『彼女の名前はリーディア・ヴィトヤク。愛称はリーリャだ。

どうか彼女が元気になる様、力になって欲しい』


プーチンはそう言うと立ち上がり、

笑顔で鈴音と固い握手を交わした。


内閣情報管理局長吉田は、その様子を見て

ホッとしながら胸を撫でおろしていた。

もっとも後程ロシア側から、

【八百比丘尼の情報を公開しない代わり、

不老の研究成果に関する情報提供をして欲しい…】

旨の要請があったのは言うまでもなかったのだが…。

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