第41話 ロシアより愛を込めて…①

日本国政府内閣情報管理局。

日本国及び諸外国の機密情報を管理する特殊な部局である。

八百比丘尼の情報に関しては、ここで一元的な管理を行い、

その情報流出には徹底的な注意が払われていた。


理由は極めてシンプルである。

人類の見果てぬ夢…不老不死の技術的可能性を探る上で、

八百比丘尼程有益なサンプルも他にない。

情報が洩れれば、そのサンプルを入手すべく、

世界中のその手の組織が魔の手を伸ばしてくる。

故にCIAやMI6等、同盟国の情報機関の問い合わせに対しても、

【その様なものは存在しない】

と、知らぬ、存ぜぬで通していた。


日本国政府も八百比丘尼の村に住む比丘尼達の協力を

得ながら、その不老のメカニズムを研究はしてはいたが、

未だそれを普通の人間に応用する技術の開発には至っていない。


八百比丘尼の村の長老比丘尼の話によれば、

この八百比丘尼の様な不老の種族は、元々世界各地に存在していたらしい。

ヨーロッパの魔女、ヴァンパイア、妖精、中国における仙人や妖怪等、

その伝説の一部は、かつて彼女達が存在した名残りであったのだ。


しかし普通の人間に比べて著しく繁殖力に劣り、

腕力にも劣る彼女達は、その不老故に魔的なものとして迫害され、

科学技術の発展以前に殆ど滅びてしまった。

纏まった数が残る唯一の例外…それが日本の八百比丘尼なのである。

日本においても歴史の混乱期に八百比丘尼はその数を減らしたが、

歴代天皇家の誠実な尽力、徳川幕府の手厚い保護、

そしてそれを明治以降の政府も継続した事から、

2022年の現在、その数がようやく400人近くにまでなっていた。


八百比丘尼達は定期的に比丘尼の村を出ると街に住み、

その中で男と恋に落ちると、普通はその男の寿命が尽きるまで寄り添う。

非常に愛情深い性格なのだ。但しその裏返しとして嫉妬深いので、

男が浮気でもしようものなら、すぐに出て行ってしまうという。

八百比丘尼が子をなすには深い愛情が不可欠で、

それを深く感じないと比丘尼が子をなす事はないという。

一方で愛情があっても滅多に子をなす事がなく、不老な為、

色々問題を抱える事も事実であった。

男の一生に寄り添う間、比丘尼は最初は妻、のちには娘、

そして最後には孫を演じたりする必要があるからである。


さて、そんな2022年の晩秋、内閣情報管理局長である

吉田寅次郎の元に、あるやっかいな話が持ち込まれていた。

それはロシア連邦共和国大統領…ウラジミール・プーチン…

皇帝プーチン閣下からの直々の私信である。


【親愛なる日本国政府に要請したい。

年末の来日に合わせ、是非八百比丘尼なる存在と面談したい。

その様なものは存在しないなどという回答は無用だ。

あまり私を舐めない方が良い。吉報を待つ】

 

これには吉田も困った。

どうやらどこからかロシアに情報が漏れたらしい。

確証がなければここまではっきりした言い方はしないだろう。

ロシアがどこまで情報を握っているかは不明だが、

何らかの手を打たなくてはならない。


吉田は時の菅首相とも相談した結果、

面談であれば応じるという旨の回答をした。

面談は別に本物の比丘尼でなくとも良い。

小柄で色白の女性であれば、見分けがつかないはずである。


ところが、それに対するプーチン帝からの回答は

驚くべきものだった。

回答には、面談する比丘尼の名前の指定と、

その写真が同封されていたからである。

【面談を希望する八百比丘尼の氏名 如月鈴音】


『あまり私を舐めない方が良い…』

どうやらロシアは確かな情報を握っている…。

吉田は観念せざるを得なかった…。

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