第14話 教養授業5限目。 鈴音先生、良き友について語る。

今週も月曜日の3限目の授業が終わった。

短い休憩時間の後、鈴音先生が教室に入って来た。

4限目、今週の教養授業の始まりである。

起立!礼!。今日も鈴音先生の透き通った優しい声が響く。


「みなさんも大分学校に慣れて来たと思いますが、良い友達は出来たでしょうか?

今日の教養授業では、良き友達とは何か?について考察してみたいと思います。


人間の脳にはミラーニューロンと呼ばれる神経組織があります。

このミラーニューロンは、人間の共感性を高める働きをしています。

人間は非常に高い社会性を持つ動物であり、その社会性を

維持する為にこのミラーニューロンを発達させて来ました。

相手の気持ちを鏡の様に映して、それに同調する事から

名付けられた名前だそうです。


他人の感情に共感する事…悲しんでいる人を慰めたり、

人の迷いや悩みに同情したりするのは、社会生活を営む上で、

確かに非常に重要な事です。友情は悲しみを半分に、

喜びを2倍にすると言いますが、人間の本当の意味での満足は、

人との関わり合いによって初めて生じるという意見には私も賛成です。


但し、何事にも限度という物があります。

精神科医はうつ病になる確率が非常に高いのを、皆さんは御存知でしょうか?

仕事柄、毎日毎日ネガティブな話を聞いてばかりいると、

ミラーニューロンの働きで、相手の感情に知らず知らず共感してしまい、

自分自身もネガティブな思考に陥ってしまうのだそうです。


意識するしないに関わらず、人間という物は身近な人や友人によって、

何らかの影響を常に受けている…。

そう、ミラーニューロンの働きによって。

ハーバード大学の研究によると、身近な家族や友人に肥満な人がいると、

その人が肥満になる確率は1.71倍になるそうです。

食生活や行動パターンが影響を受けているという訳ですが、

であるとするならば、友人や参加する組織の選択は、実は非常に

重要な事であると言えます。そう、ネガティブな思考や行動をしている集団の

一員になってしまうと、知らず知らずの内に自分も共感/同調してしまうからです。


ホリエモンの著作に、【馬鹿とは付き合うな!】という本がありますが、

その本の中身を一言で言えば、馬鹿と付き合うと自分も馬鹿になるぞという

非常に単純な内容です。しかしハーバード大学の研究結果からもわかる

通り、これは一面の真理をついていると言えるでしょう。


逆に言えば、アクティブで前向きな人の多い組織の一員となる事が

出来れば、自分もそれに共感/同調して、前向きな生き方をする様になる。

その良き態度や行動パターンに影響を受ける。

ではそうするにはどうしたら良いのか?


知性や道徳性が高く、アクティブな人々をまずは探してみましょう。

そして友人になりましょう。ただ、その為には事前準備が必要です。


人間が仲良くなる為には、お互いの会話がはずむ事が重要です。

その為には必要最低限の知識が必要です。好奇心を育て、様々な分野に

関して読書をする事は、こういう人達の仲間になる上で非常に重要な要素です。

学校では表面的な知識教育しかなされない事が多いので、

学ぶという事の面白さに気づかない人が多いのは残念な事ですが、

一度図書館に入り浸ってみるのも良いかも知れません。

図書館で良く本を読んでいる人が居たら、声を掛けるのも良いかもです。

少なくとも知的好奇心旺盛な人物である事は間違いありません。


何かを極めようとして努力している人も良いかもしれません。

数学や音楽、楽器でもそう、スポーツや武道などもそう。

絵や彫刻、詩や文学、起業して会社経営している人など…。

どんな事でもそうですが、極める為には合理的な思考や知性、

情熱の継続が必要です。


私に数学を教えてくれた先生は大変面白い人で、

良く、【数学は詰将棋や複雑なパズルを解く様なものだ】とおっしゃって

いました。社会では役に立たない理屈と思うか、一種の高等パズルだと思うか、

このあたりの想いひとつで数学への取組み方が変わってきます。

数学は楽器の演奏や、詰将棋を解くのと同じで、練習しないと伸びないの

ですが、正しい結果が出た時の快感は、他の学問では味わえない類のものです。

この先生のおかげで私は数学が大変得意になりました。

こういうその道を究めた人達と共感/同調する事は、

いずれにせよ、人生に大きくプラスとして働きます。


これがネガティブな集団、例えば暴走族だとか暴力団だとか、

ブラック企業とかになると、逆の要素が働くという事になります。

知性や知識というものに乏しく、無意味な同調圧力だけが高く、

それに共感/同調してしまうと、そうでない人達との接点が失われてしまいます。

何より、この世界を動かし、成功している人達は知性や道徳性が高く、

アクティブな人達なのです。


日本には【朱に交われば赤くなる】ということわざがあります。

これは良い意味にも悪い意味にもなります。

良き友人達や仲間、組織に染まり、その一員になる事、

そうした人達を見分ける眼を持つことが、人生においてはとても

大事な事の様に思うのです。


そして学ぶ事、読書する事、こうして文章を書いたりする事は、

そうした良き友人達や仲間を作る重要な鍵であり、要素であると思うのです…」


教室は今日もシーンとしている。

鈴音先生の授業はいつも本当に静かだ。

みんな集中して聴いているのだなぁ~と改めて関心する。


「それでは、今日も質疑応答の時間とします。

いつもの通り、出席番号と名前を言ってから質問して下さい。

授業に関りのない様な質問はしないこと。ではお願いします」


「女子出席番号14番  細川玉子です。

人間が周囲の人間からこの様に大きな影響を受けるのは、何故なのでしょうか?」


鈴音先生はいつもの様に微笑むとやさしい口調で答えた。

「人類の長い進化の中では、他人と同調、協調するタイプの方が

生き残る確率が高かったのだと思います。

人間は身体的能力を高める事よりも、頭脳を発達させる事を優先する進化を

遂げてきました。人間以外の動物の大半は、人間よりも迅速に移動し、

強力な爪や牙を持ち、筋力でも人間を上回っています。

人間がこれら外部の敵に対応しながら生き残る為には、

集団を作り、協調して行動するしかなかったのでしょう。

人間はその集団の行動をより高度化する事で、他の動物との

生存競争に打ち勝ってきた訳です。

それが故に周囲の人間の影響を強く受ける様になったのだと思います。

この早苗実業学校には、そういう意味で非常に個性的且つ優秀な生徒が

多いと私は思います。人間ですので、個々で好き嫌いもあるでしょうけれど、

短所ではなく長所を認め、お互いに良い刺激をし合いながら、

学んで頂ければ、皆さんは素晴らしい人生を

歩めるのではないかと思うのですよ」


ここで授業の終了を知らせるチャイムがなった。

「では今日はここまでとしましょう。起立、礼!」

挨拶が終わると鈴音先生がゆっくりと教室を出て行った。


「なんと、アレックスのおっさんは個性的かつ優秀だったのか?」

俺は後ろを振り返ると岡本にに言った。

「当たり前かしらん。拙者はいつでも個性的かつ優秀かしらん」

【まあ、確かに退屈せん奴だ】

俺がそう思って苦笑していると、あの如月天音が俺の傍にやって来た。

【なんだろう?】と思っていると、如月天音が少し真剣な表情で俺に言った。

「大橋殿。食事が終わったら少し時間を頂きたい。

お主を見込んで頼みたい事がある」

「ああ、わかったよ。じゃ、食事が終わったらまた呼んでくれ。

多分、飯を食うのは俺たちの方が早いだろうからな」

「承知した」

如月天音はそう答えると、自分の席の方に戻っていった。

はて、頼みとはなんだろう?と思う俺なのであった。

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