第13話 教養授業4限目。鈴音先生、自信と自惚れについて語る。

さて、今週も月曜日の3限目の授業が終わった。

短い休憩時間の後、鈴音先生が教室に入って来た。

4限目、今週の教養授業の始まりである。起立!礼!

今日も鈴音先生の透き通った優しい声が響く。


「それでは皆さん、今日は初歩的心理学の講義になります。

人間の持つ自信と自惚れについて考察してみましょう。

まず定義を考えましょう。


自信というのは、客観的な数字、あるいは権威のある機関や

人物から得られた評価など、自分以外の第三者から評価を受けた

結果を元に、自分自身に持つ自負だと言えます。


営業で数字を上げるとか、偏差値の高い大学に入るとか、

回りのみんなに美人だと言われたり、

有名なプロのギタリストに認められるとか、

例を挙げると、こんな感じですね。


自惚れというのは、客観的な評価ではなく、

あくまで自分の主観によって、自分自身に持つ自負の事です。

客観的に見て、どう見ても高いレベルのギタリストではないのに、

俺は世界一才能のあるギタリストだと思い込んだり、

売れないけれど、自分の絵は日本一だと思ったりする。

例を上げるとこんな感じでしょう。


さて、第三者から客観的に評価されるのは、

どんな分野でもとても難しいものです。

相応の努力が必要な事は言うまでもありません。

中々思う様にいかず、自信をなくす事が世の中には如何に多い事でしょう。


自信はとても高価で得る事が難しい一方、うぬぼれは只です。

これには元手がかかりません。人間は何時でも何処でもうぬぼれる事が

出来ます。そして、うぬぼれることは、実はとても大切な事なのです。


どんな人間も、新しい分野に挑戦した時は初心者です。

客観的に評価出来るものはなくても、『俺には才能がある。必ず出来る!』と

そう思い込まなくては、物事前には進みません。

うぬぼれることは夢見る事でもあるのです。

うぬぼれのない人生程つまらないものはありません。

偉大な作家やミュージシャンは全てうぬぼれの名人だったはずです。


もっともうぬぼれだけで上手く進む程、世の中甘くありません。

うぬぼれつつも努力を継続し、前に進む。これが大事です。

努力によって技量が上がると、更にうぬぼれる事が出来ます。

そしてうぬぼれる事によって更に努力が促進される。

この循環が大事です。

そして知らず知らずの内に客観的な評価もされるようになる。

そしてそれは自信に繋がり、更なる努力とうぬぼれへと発展する。


世の中の成功とは、大抵そうしたものです。

だから私達は大いにうぬぼれつつ、人生を楽しまなくてはなりません。


最後に。

まったく同一の容姿を持つ二人の人物が居たとします。

一人は自分はとっても美しいと思い、もう一人は自分の容姿は最低最悪だと思って

いるとします。要するに片方は徹底的にうぬぼれ、片方は徹底的に冷めている。

皆さんはどちらがもてると思いますか?


私は徹底的にうぬぼれている人の方がもてると思います。

必要以上に冷めると人間は暗くなります。

それに比べてうぬぼれは明るい。

明るく夢を持つ人は、きっと慕われる事も多いでしょう。

世知辛い世の中であっても、うぬぼれを忘れず、

こんな時代でも前向きに生きて行かなくてはなりません」

教室は今日もシーンとしている。他の授業に比べて、

鈴音先生の授業は本当に静かだ。

みんな集中して聴いている様子が伺える。


「それでは、これからは質疑応答の時間とします。

いつもの通り、出席番号と名前を言ってから質問して下さい。

授業に関りのない様な質問はしないこと。ではお願いします」


「出席番号11番 高杉晋作。

俺は剣道部に所属しているが、同じ1年のC組の

土方歳三とかいう奴が鼻持ちならんナルシストでな。

自慢ばかりしよる。

確かに奴は1年にしては強いが、まだまだじゃ。

しかし、ああいう輩を鈴音先生は肯定なさるのかの」


それを聞いた鈴音先生は、いつもの穏やかや優しい口調で答えた。

「アメリカ オハイオ州のリザード大学の研究結果によると、

強烈なナルシストのCEOが率いている企業は総じて業績が良いそうです。

またイリノイ大学の研究でも面白い結果が出ています。

大学が学生221名をランダムに選び、まず最初の自分の容姿の評価と、

人生の満足度を数値化して提出して貰います。

その後、別に選ばれた評価員が客観的に221名の容姿を評価して数値化し、

最初に提出された学生の自己評価/満足度のデータと比較すると、

非常に面白い事が分かったそうです。


まず、容姿に対する自己評価が高く、評価員の評価も高い学生は、

人生の満足度に高い結果が出る傾向にある…。

まあ、これは当たり前だと思いますが、

容姿に対する自己評価が高く、評価員の評価が低いケースの場合は、

なんと人生の満足度がより高かったそうです。

他人の評価はともかく、自己肯定感が高い人は、人生を幸福だと

考える傾向にある訳ですね。


またイタリアのナポリ大の研究で、

1980年に100人の被験者に自己肯定感の高低を測るテストを行い、

同様の試験を7年後の1987年にもう一度行い、

その翌年の1988年に100名の被験者の年収を比較した所、

自己肯定感の高かった上位50名の方が、下位50名に比べて、

収入が1.12倍高かったそうです。自己肯定感が高いと収入も増える訳です。


自己肯定感が高い…これをナルシストというのかも知れませんが、

こういう人達は総じて自分の事を大切に思っており、色々な物事に

手を抜かない、難しい事でもあきらめずに向かっていくという

傾向があるのだと思います。

自分とは死ぬまで向き合っていかなくてはならないのですから、

自分は愛してしかるべき。嫌った所で意味はないという事なのでしょう。


あまり極端なのは問題かもしれませんが、高杉君も自己肯定感を…

つまり相応にうぬぼれをもって剣道の道を進んで貰えればと思います。

先生は高杉君と土方君の剣道の実力がどう伸びていくのか、

とても楽しみにしていますよ…」


ここで授業の終了を知らせるチャイムがなった。

「では今日はここまでとしましょう。起立、礼!」

挨拶が終わると鈴音先生がゆっくりと教室を出て行った。


「うむ。あの土方の野郎には、長州男児の肝っ玉をお目にかけてやるとするか!」

後ろで高杉の野郎が怪気炎をあげている。

鈴音先生の授業による自己肯定感アップ力、パネェと思う俺なのであった。

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