第15話 如月天音の頼み事。

俺が食事を終えてのんびりしていると、

如月天音も食事を終えたらしい。俺の所にやって来た。

「大橋殿。皆に聞かれては少々都合が悪い。

別な場所に移って貰っても良いか?」天音は俺に近づくと言った。

「ああ、いいよ。了解。それで何処に行くんだ」

「ついて来て欲しい」

天音はそういうと歩いて教室を出ていく。

俺もそれに歩いてついていく。アレックス岡本の視線が少々痛いがな…。


1年生の教室は校舎C棟の2階にあるのだが、天音はその一番端にある

非常階段の傍まで来て立ち止まった。

「ここまで来れば良いか…」

天音はそう言うと振り返り、俺に話始めた。

「大橋殿は軽音学部に入部しておるな」

「ああ、そうだよ」俺は答える。


【しかし、近くで見ると本当の美少女だなぁ~】

透き通る白い肌、ポニーテールに纏めた綺麗な黒髪、

女の子らしい、甘い良いにおいもする。

【いかん、いかん、これは邪念が高まるわ…】


そう思う俺をよそに天音は頷いて話を続けた。

「軽音学部には雪音姉様も入部された」

「ああ、そうだな。知ってるよ」

「私は反対したのだ…」

「なんでだよ?」

「汚らわしい男が多いクラブだと聞いたからじゃ」

【なんじゃそりゃ?】

これにはさすがの俺も少しムッと来た。

「それは誤解だと思うぞ。誰が言ったのかしらんが、

言動やら行動に多少誤解を招く要素はあったにしても、

みんな良い連中だと思うぞ。自由だし、伸び伸びしてるし…」

「そうなのか?」

「そうなのじゃ」


【いかん、どうもこの娘としゃべると変な言葉使いになる…】

俺がそう言うと天音は少し間をおいて考えるそぶりをした。

「実は私も最初は雪音姉様の護衛として、軽音学部に入るつもりだったのじゃ。

所がたまたま見学に行った女子剣道部でな、

剣道をした事があるかと問われて、あると答えたら、

じゃあ、試しで立ち会いをやってみてはと言われてな…」

【まあ、この娘は武芸得意だと言ってたから、剣道も出来たんだろ~な】

「それで立ち会ったのか?」 そう思いながら俺が聞くと、

「そうじゃ。所が出て来る奴、出て来る奴、弱すぎる」

【あれ?確か早苗実業学校女子剣道部って、名門だった様な…】


「最後には女子剣道部主将の千葉さな子という3年生が出て来てな」

「で、どうだった?」

「これがまた弱すぎる。一撃で瞬殺じゃ」

【それはお前がお化けなだけだろう?】

「ふ~ん、それで?」

「それから毎日その千葉さな子に付きまとわれてな。

是非にも剣道部に入って欲しいと…」

「そりゃそうだろう。それほどの逸材を逃す手はないだろうし」

「涙を浮かべて絡みつかれて、土下座までされて、

頼みこまれては、断り切れんでな…」

「ふ~ん。それで女子剣道部に入ったと…」

「そうなのじゃ!」

「で、俺に頼みっていったいなんだ?」

何となく見当はついたが、俺は少し面倒そうに言った。


「軽音部のクラブ活動の間、雪音お姉様に悪い虫が付かぬ様、

見張って欲しいのじゃ!」

俺は少し沈黙してから言った。

「なんで俺なんだよ?」

「同じクラスメイトじゃし、お主は毒にも薬にもならぬ様な

顔をしておるでな…」

【なんじゃそれ?けなしてるのか?】


そうは思ったものの、天音は全く邪心のない、

とても真剣そうなまなざしで俺を見つめている。

恐らく悪気はまったくないのだろう。

そんな絶世の美少女に見つめられれば、

まあ、しょうがないと思うのが男のサガだ。

「わかったよ。変な事が起きない様に見てればいいんだな?」

「頼まれてくれるか!」

天音は心から嬉しそうに俺に言った。


「しかし、お前の姉様って、そんなに見てなきゃならない程問題あるのか?」

「雪音姉様に問題などない!雪音姉様こそ完璧な女子であられる!」

天音は語気を強めて言った。

「雪音姉様はとても可愛い。優しい。雪の様に白く華憐で美しい。

そしてやわらかい。その上料理上手、裁縫上手、日本舞踊も上手じゃ…。

ピアノもバイオリンも上手いしの…」

「そ、そうか…」

「そしてとても弱い」

「それって体が弱いって事?」

「いや、病気がちなわけではない。腕力がないのじゃ。

ごく普通の女子にすら簡単に手籠めにされかねぬ程にな…

典型的な八百比丘尼なのじゃ…いかん、これは口が滑った。忘れてくれ!」

「お前、本当に八百比丘尼なのか?」

「だからその事は忘れろ。本来言ってはならぬのじゃ」

【ああ、やっぱりそうなんだ】俺は思った。


「大橋殿。雪音姉様とこの天音は、母上様のお腹にいる時からずっと一緒。

じゃからこの天音は誰よりも長く雪音姉様と一緒に過ごしておる。

じゃがな、この天音は生まれて物心ついてからこの方、雪音姉様の

怒った顔を見た事がない。泣いたり、悲しまれた顔を見た事はあるがの…。

まるで怒りという感情を持つ事を忘れて生まれて来られたかのようじゃ。

それに頼まれれば、嫌と言われぬ性格じゃし…。

雪音姉様は私の半身。私にとってなくてはならぬもの。

雪音姉様なしに私は生きてはゆけぬ。故に絶対守らねばならぬ。

片時も眼を放さず」


【これは究極のシスコンだな】

俺は少々あきれた。ここまで過保護だと逆にやばいのではないか?

まあ、まだこいつとの付き合いも浅い。ここは黙っておくべきか。

小さくて弱いのが事実なら、守ってやるのは男の勤めでもあるしな。

少し考えた俺は、間を置いて答えた。


「わかった。お前は姉想いの良い妹だな」

「おお!大橋殿、わかってくれるか!」

天音は眼を輝かせる。

「わかったよ。俺が出来る限り見る様にして、

悪い虫が付かない様にしてやろう」「頼んだぞ!恩に着る!」

天音はそう言うと、「では大橋殿、のち程!出来れば毎週レポートが欲しいの!」

と、そう言って元の教室の方に帰って行った。

【俺が悪い虫になったら知らんぞ。お前の姉は究極の美少女だからな!】

俺は内心可笑しく思いながら天音の後を追って教室に向かう。

しかしまあこのご時世、仲の悪い姉妹もあまたいるだろうに、

これだけ仲の良い姉妹がいるという事実を知っただけで、

俺の心は多少ほっこりした。

世の中まだまだ捨てたものじゃないなぁ~と思ったりするのであった…。

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