第2話

「ピザうめえ~~~~~~~~!」


 敏樹はサラミとチーズのたっぷり乗ったピザを頬張り、機嫌良く笑う。

 出会いから三ヶ月。敏樹はとっても大事にされていた。


「美味しいねえ」


 いつもと変わらないボロボロの部屋にピカピカのテレビが置いてあった。

 ニュースはいつもと変わらず遠い国の選挙について報じている。


「すっげえよなあ~! また上手く行ったよ! マモンさんすげえよ! あんたの言うとおりにすると全然バレねえや!」

「マモンで良いよぉ。助かってるのはお互い様だろう? 私も拳銃がめっぽう下手くそでねえ」

「じゃあ、あれだ。あんたの言う、ってやつだな!」

「そうだねぇ」


 マモンは楽しそうに笑いながらピザをつまむ。

 ――へへっ、マモンさんも機嫌が良い。

 ――この人に会えて本当に良かったなあ。


「姉ちゃんも無事に病気治して仕事に戻れたしよ! 万々歳だぜ! 本当にありがとな」

「お礼には及ばないよ。私のお仕事なんだ」

「仕事? そういや聞いたことなかったけど、マモンさんの仕事ってなんなんだ?」

「悪魔だよ」


 ――アクマ?

 冗談だろうと思っていた敏樹は半笑いになる。


「天使と悪魔の?」

「そう。別にヤクザとは一言も言ってなかっただろう?」

「嘘だろ!?」

「嘘を言ったら悪魔は死んじゃうからね」

「じゃあ俺地獄に落ちちゃうじゃん!」


 我慢できずに敏樹はケラケラと笑ってしまっていた。


「地獄に落ちるねえ」

「それはやだよ俺~! ってか、それなら生まれた時から地獄決定だって俺! だってどうすりゃ良いんだよ!」


 マモンは彼と同じようにニッと笑った。

 普段のどこか作り物めいた表情とは違う。


「君の言う通りだ」

「えっ?」


 マモンは悲しそうな顔をした後に缶ビールを一気に飲み干す。


「生まれた時から地獄に落ちるのが決まってるなら、神様を信じる意味が無いだろう」

「ま、まあ助けてくれねえし、これ以上悪くなるなんて想像もできないし、ってか、真面目に神様のこととか考えねえよ。仕事で疲れ切ってるし、今日の晩飯でさえカツカツなんだぜ」

「駄目なんだよそれじゃあ! 神だよ!? 神様だよ!? なんで皆もっと神様のことを大事にしないのか……私は悲しい、悲しいから、君たちに神様を思い出してもらおうと思ったんだ」


 ――やべえ、もしかしてマモンさん、ヤバい宗教の人なのか……?

 ――悪い人じゃないし適当に話を合わせて穏便に帰ってもらおうかな。

 あるいは、酔った勢いで美味しい思いができるのではないか。

 そんなことを敏樹が考えている間にも、マモンはビールを飲みながら早口で話し続けていた。


「君たちは不安にならないだろう。自分たち人間の手に届かないものってやつを意識しない。だから人間に思い出してもらおうと思ったんだよ。どうしようもない恐怖とか言いしれぬ不安感とか手に届かない存在みたいなの。昔の人間は良かった。餓死一つでも天の御心にしてくれた。ところがなんだ。今は給料が低いで済まされる。病気もそうだ。それは医療ミスとか言うな! 人間にできることなんてたかが知れているんだ! お医者さんだっていつも働いてたら疲れて倒れちゃうのに医療ミスとか言うな! そんな状況にまで追い込まれている社会構造がミスだろうが! 修正しろ愚かなる人類ども!」

「へ~、医者でも疲れて倒れるんだな~!」

「ピザも食うしビールだって飲むし眠たくなるんだぞ!

「知らなかったぜ」

「それだよ! 知らないというのも問題だ。昔は良かった。人類の知的水準もたいしたことがなかった。何が起きても神の仕業だと信じてくれる。私の悪戯も仕掛けが小さく済んで実に助かった。なんか幻とかピャーッて出せばなんか良い感じになったからな。ところが今はどうだ。賢しら顔で不思議なことなど何も無いなどと言われてしまう! なんでもかんでも自分でやりましたし自分のせいですよって面をする。ゆるせねえ~! 悪魔だよ私は。悪いことは私のせいなのに存在意義の否定だよ! この世界じゃあいまどき悪魔の仕業って言っても信じる人間なんてごくわずか! この世の終わりだよ! 虚無だよ!」


 空になったビール缶を壁に投げつけ、静かにすすり泣くマモン。

 ――どうしたらいいんだろう。

 と、心配ではあるものの、上手い言葉も思いつかないし、身体に触れたら殺されそうなので、敏樹は動けなかった。

 しばらく放置しておくとマモンは跳ね起きた。


「そこで私は考えた……素直に神を恐れる人間を増やそうって……だって神を推しているからね……私は。同担どもに生んで増やして地に満ちてもらおうってさ……」

「つ、つまりどういうことだよ?」

「君はこの三ヶ月ほど、金持ちを殺してきたね」

「だ、だ、だって、あんたが、やれって」

「追い詰めやすくて実に助かった。何も知らない人間を騙すのは、最低限の力でできるし、何も知らない人間が殺して回るだけならば私としても資源を使わなくて良い。最低限の労力で最大の成果を出せる。確かに私は君に嘘はつかなかったが、誠実だったとも言えなかった。結果して残るのは金持ちが殺されて金品を奪われたという事実。この現代日本で、そんな短絡的な犯罪が連続して成功してしまう状況。それが必要だったんだ分かるかなあ分からないか。それはそれとして君は私の言葉を疑わずによく殺しまくってくれた。君は偉い。感謝してる。世界が滅ぶとしても、君だけは助けてあげよう」


 何を言っているか、敏樹にはさっぱり分からなかった。


「ね、姉ちゃんたちも良いか?」

「良いよ良いよ。君はきっと神様を信じるようになっただろうからね」

「神様は知らねえけど、マモンさんの言うことなら信じるよ」

「そっか」


 ――よ、よかった~。

 ――悪魔って言う割には良いところあるじゃん!

 敏樹は安堵のため息を吐く。

 

「で、話の続きなんだけどね」


 マモンはピザを齧る。


「貧富の差を固定するには教育格差を作り出すのが一番ラクなんだ。教えられなければ人間は何も理解できない。君が医師が疲れることを知らなかったのと同じだ。富裕層はこの事実を耳元で囁くと、自分の子供だけが優れた教育を受けられるようにするし、その話を外に漏らさないように手を尽くす訳だ。その結果、お互いのことがわからなくなる。バベルの塔だよ、トシ君。お互いの言葉が分からなくなって、神にすがるしかなくなる。君たちはバベルの塔を積み上げた。そんな時に短絡的な強盗殺人が大量に成功するとどうなると思う? 皆真似し出すんだ。発達したインターネットが情報の秘匿と制限を不可能にして、一個人に不可能な情報の取捨選択という負荷を与えれば、必然として人間はわかりやすい物事にしがみつくようになる。負荷に耐えきれないんだから、簡単にしないと頭が爆発して死んじゃうもんねえ。で、そこに連続で成功した強盗殺人のニュース。もう少しだけ拳銃を買って、金に困った人たちに拾わせる。彼らともビジネスをしてまた金に困った人たちに拳銃を拾わせる。最低限の奇跡で最大限の地獄を作り上げればほら不思議、いつの間にか恐怖と混乱と即物的な暴力が支配する世界の誕生だ。こういう世界ではねえ。神でも信じるしかなくなるんだよ。そして今――」

「――貴様は死ぬというわけだな」


 敏樹は声の方を振り返ってテレビを見る。

 いつの間にかニュースキャスターはショッキングピンクの頭巾を被った忍者になっていた。


「バチカン忍者!」

「強欲の悪魔、マモンだな」


 ニュースキャスターはテレビの画面を頭突きで破壊しながら狭い部屋の中に飛び込んでくる。バキン、という嫌な音を立てて新品のテレビは真っ二つに割れた。


「だ、だ、だれだよあんたぁ!?」


 敏樹は腰を抜かしてその場に倒れ込む。ショッキングピンクの忍者はショッキングピンクニンジャブレードを抜き放ち、逆手に構える。


「教皇庁所属、バチカン市国警備隊封魔組所属、六百代目の封魔小太郎だ」


 封魔忍者であった。

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