炎妃竜と討伐士Ⅳ

 手近な宿屋へ向かい、数日分の宿泊料を前払いし、荷物を部屋に置いてから再び街の中へと出た。独りで残すのも不安だったが、向かうべき場所が場所なだけにエンキにも留守番を頼んだ。割高ではあったが質の良い部屋を借りた甲斐もあって、初めてのフカフカ触感のベッドにはしゃいでいた様子だったので、とりあえず心配はいらないだろう。

 最前線の拠点だったこともあり、フラットの街の発展具合は必要最低限と言ったところ。雑貨屋や用途不明品を取り扱っているような商店も見られるに、発展の程と生活の質についてはさほど比例していないようで何より。

 足元の道を埋め尽くす石畳は、よく見れば大きめに作られたレンガだった。赤茶けた色合いの物を基調に、中心地へ向かに連れて着色した色鮮やかな物まで敷かれるようになる。皮肉にも、魔物が出始めたことでフラットの街並みに彩りが生まれた証拠とも言える。

 目的の討伐ギルドは、中心地に幾つか点在する周辺の物と比べてひと回り大きな建物のひとつを拠点としている。長槍や剣が描かれたシンボルを引っ提げた建物へ向けて歩を進める。

 最奥に受付のカウンターを三つほど設け、手前のスペースには各員が集会を行えるように木造りの大きなテーブルと複数の椅子がセットで置かれている。ここへ至るまでにすれ違って来た街の人々の様子を鑑みるに、最近この街は危険とは無縁であった様子。酒場然とした各テーブルの光景を前に、思わずため息が漏れる。


「招集を掛けてるって聞いて来たのだけれど、平和そのものみたいだね」


 受付のカウンターで暇そうにしている女性に声をかけた。


「逆ですよ、逆。みんな諦めちゃってるんですよ。この間の地竜で腕利きの討伐士の方々はほとんど負傷しちゃったみたいで、ナイトベアを討伐できるだけの討伐士さんが招集に応じられないそうで」


 女性はうんざりとした様子で愚痴るように吐き捨てる。

 ふと疑問に思い、私は後ろを指さしながら首を傾げて見せる。


「兵役崩れの名ばかり討伐士です。それにナイトベアはイーウッドの森を出て来ないから直接的な被害を被ることもないですし、腕利き討伐士さんたちの傷が癒えるまでの事、くらいに考えてるんですよ、どーせ」


 なるほど。連合の兵装に似通った装備を身に着けているように見えたのは、真に彼らが元連合兵だったからなのか。個性のように見えていた各所の違いは思い思いの着崩しやら破損が所以。

 じっとりとした視線を男たちに向かわせる女性だが、彼らがここを出入りしているのも、酒場然とした利用が許されているのもひとえに、彼らの兵役時代の働きをしっかりと評価しているからだろう。


「仕方がないよ。それに被害が街の方に及ぶとなれば、彼らは決して黙ってはいないだろうから」


 些かバツの悪そうな表情を浮かべて軽い息を吐くと、女性は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「外から来た人に諭されちゃうんなんて、ダメですね」


 いや――小さく首を振ってそれを否定した。


「あ、そういえば……招集しているのを聞いて来た、って仰っていましたよね?」


 当初の話題を思い出してくれた女性は、分かり易く合いの手を打ってみせる。


「ええ。ナイトベアくらいであればソロでも問題はないと思うけれど」


 驚嘆の声を漏らし、次いで明らかな怪訝を向けてくる。

 女性のこの態度を失礼とも、意外とも思わない。実際、ナイトベアのソロ討伐は並大抵の討伐士では成し得ない程の難度だろう。ましてや、素性の知れぬ一人の女が軽々しく進言してきたともなれば、誰でも一様にそんな顔を浮かべるに違いない。


「念の為ですが、カードの確認をさせていただいても……」

「ええ、勿論」


 討伐士証と呼ばれる討伐士である事を証明する一種の身分証のようなものを女性に手渡す。真っ先にカードの裏面を確認している。私の討伐記録を確認しているのだろう。

 見る見る内に女性の目が丸く、大きく見開かれていく。


「な、何者なんですかっ」





 宿屋に戻った私は、敷居を跨いだ瞬間に面を喰らってそのまま硬直する。


「きゃーっわうぃぃぃ」


 その狂声で我に返る。

 よく見れば狂声を上げているのは宿屋の受付をしていた女性。その向こう側、死角となる位置関係でエンキが椅子に座らされていた。少し怯えた様子だが、概ね問題はないだろう。


「あなた、最高に可愛いわぁ」


 宿屋の女性が両脇に抱えている服の数は二、三着どころの話ではない。抱え切れる限界まで抱えている、と言った状態だ。そのどれもが一見して普段使いで着るようなデザインの服ではない事が分かる。

 いずこかの宮廷の使用人服に身を包んだエンキの潤んだ瞳が私を見付けた。


「クラリス、助けてっ」


 このまま彼女の気が済むまで放っておいても一向に構わなかったのだが、今にも泣き出しそうなエンキの様子を見知った上で放置するのは流石に憚られた。


「……失礼、ここら辺で勘弁してもらえないかな」

「え、あっやだ――私ったら、あんまりにもこの子が可愛いものだから、つい」


 女性の言葉を聞き、再びエンキを眺めた。

 改めて見ると、確かに女性の気持ちが分からないでもない。幼さが抜けないながらも、ひとつひとつのパーツがしっかりと整った顔立ちをしている。可愛らしさと美しさとが同時に存在しているかのような、不思議な魅力に溢れている。


「それにしても、ずいぶんと遠くから来たんですね」


 女性の言葉の意図が読み取れずに少々の間を空けてしまう。


「紅い瞳なんてここら辺じゃ珍しいじゃないですか」


 女性に言われたことで初めてエンキの眼の色が意識の舞台へ上がった。

 濃い、というよりも深い、と形容した方がしっくりとくる色調。光量の按排で透き通っても、吸い込まれてしまいそうな程に深く暗い印象にも見え得る。


「この子は遠い親族の娘なんです。色々とありまして……」

「そう、なんですね。ごめんなさい、気軽に訊くべきじゃなかったですね」


 ほんの少しの罪悪感が芽生えたが、この場合は嘘も方便。真実を告げて混乱を招くようなことは私も、そして誰よりもエンキが望んでいない。


「これ、脱いでもいい?」


 突然に蚊帳の外へ追いやられてしまっていたエンキだったが、会話の切れ目を見計らって割って入って来る。女性には悪いが、よほど着ているのが嫌だったのだろう。

 女性と共に受付の奥へと消えて行くエンキの背を見送ってから部屋に戻る。陽はまだ高く、今夜に備えて軽く仮眠をとっておくのも選択肢のひとつだろう。いずれにせよ、今夜は些か忙しない事になる。今ばかりはゆっくりと過ごすのも悪くはない。

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討伐士の少女は笑いたい ZE☆ @deardrops

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