自己紹介

「じゃあお隣失礼するわね」

「え」

 トリアドールはけろっとした顔で、たたまれたピンク色の、綺麗な薄い布を取り出した。多分ハンカチとかいうやつだと思う。それを丁寧に広げて僕の左隣の地面に敷き、膝を抱えてそこに座った。

「お話しましょ!」

「でも」

「あら、何か予定があったの? イフリートは『ヘカテーの養い子』だから行き場がなくて、ここで時間を持て余しているのかと思ったのだけれど」

「そう、だけど……でも」

 あまりにも的確に指摘されたものだから、僕はいたたまれなくなってトリアドールから視線を外して俯いた。

「僕は、嫌われてるから。一緒にいたら怒られちゃうよ」

「あら、そんなの平気よ。私は気にしないわ」

「でも僕はこんなだから穢れてるって」

「私の家は占いやまじないを家業にしているの。大丈夫よ、イフリートからおかしな気配だってしないもの」

「でも」

「もうっ! めんどうくさいわね!」

 突然の大声にビクッとして思わず隣のトリアドールを見ると、むっとした顔で頬を膨らませていた。

「私はイフリートとお話がしたいの! 悪い?」

 僕は目を見張った。今までこんなに僕と話がしたいなんていう奴はいなかったから。

「君は、なんだか不思議だね」

 口から溢れた言葉は謝罪でもなんでもなかった。

「どうしてこんな僕に構うの」

 今さっき、出会ったばっかりなのに。

 僕の問いに、一瞬驚いた顔を見せたトリアドールはにこりと笑った。

「おもしろそうだなって思ったからよ」

 トリアドールの答えは思った以上に単純だった。

「お父様のお仕事で一緒に町に出てきて、ちょっと席を外してくれって頼まれたの。だからお付きの者と一緒に市場を回っていたのだけれど、それもなんだかつまんなくなってきて、隙をみて逃げてきたの。町いっぱいでかくれんぼしているみたいにね。そしたらここまで来ちゃったの。こんなところがあるのね、って思ってたら男の子がいるからびっくりしちゃった!」

 それがイフリートよ、とトリアドールは笑った。

 なんだろう、裕福な人ってみんなこんなにおてんばなのかな。でも仕事で町に出てきてるってことは、貴族ではないのだろう。

「あとそれから」

 トリアドールはぴっ、と人差し指を立てた。

「君、じゃなくてトリアドールって呼んで」

「でも」

「さっきからでもでもうるさいわね。いいのよ、私が許すわよ」

「じゃあ……」

 トリアドール、とボソッと呟いた。

「声が小さいわ! もう1回!」

「……トリアドール」

「そうよ! これからもそう呼んで!」

 人の名前を呼ぶなんていつぶりだろう。

 初めてかもしれない。

 にっこり笑うトリアドールに、僕は本当に不思議な子だなぁ、と思ってうなずいた。

「うん」

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