第42話 先輩は幼馴染について質問し、僕と護衛は正直に答える

 部室での会話の後すぐに冬姉の自宅へと向かった僕と片桐は今、冬姉の部屋で並んで正座していた。冬姉は飲み物を入れるために席を外している。


 子供のころに来たきりだったけれど部屋のレイアウトは大きく変わっていなかった。ただ可愛いものの比率が減って、書籍が増えていた。

 それでも冬姉が気に入った写真をピン止めしていたコルクボードは残ったままで、春日初が映っている写真も何枚か見つけることができた。


 窓の外に視線をやると、カーテンが半開きになったままの春日初の自室が見える。まだスマホを持っていなかった頃、どちらからともなく窓を開けさせ色々と喋っていたことを思い出して、僕は妙に切なくなる。


 片桐は姉様と連絡を取っていて、冬姉の家に来ることになった事情を説明している。スピーカーから漏れ聞こえる声を聞く限り「まあ、片桐がいるなら大丈夫でしょう」 と冬姉の家の訪問を認めてくれたようだったけれど、「くれぐれもピンク色の雰囲気にさせないように。ハジメにはまだ早いわ」という指令が下されていた。


 余計なお世話である。


 通話が終わった後、片桐は扉の向こう側の気配を警戒しながら僕に小声で問う。


 「……にしても、失恋相手の部屋を訪ねてお話しましょうとか、お前のメンタルってどんな超合金で出来てんの?」


 「人をロボット扱いしないでください。大体この部屋に来るのだって私が望んだわけでは……」


 「てことは、アレか? 好きな人にお願いされると断れないってヤツか。チョロインか」


 「チョロイン言うな。否定はしないけど……何ていうかほら、死中に活ありって言う……」


 「詭弁だろそれ。ま、実際死んだとしてもお前の骨と動画はちゃんと結様に届けてやるから安心しろ」


 「うっさい、僕は死なない片桐が死ね……っ!?」


 僕の悪態を遮るように、ぺたぺたと階段を上る足音が響く。弾かれるように僕たちは居住まいを正して冬姉を待つ。


 「おまたせー! ジュースとクッキーだけど……二人とも何かあったの?」


 「「……特に何も」」


 「流石幼馴染、息ぴったりだね。それにちらっと聞こえたよ? 初ちゃんって実はボクっ娘なの?」


 ぎくりと肩をいからせて、僕は冷や汗をかく。僕が男である、という事実につながりうる痕跡を冬姉に残してしまう。


 それはマズい。


 この場を切り抜ける方法はある。だから僕はすかさず実行に移した。


 「……直そうとは、しているんです。まさか聞かれるなんて、恥ずかしい……」


 赤く染まった頬を両手で隠しながら、もじもじと身体を揺らす。虫の音のような声で言葉を紡ぎ、しかし言葉の最後を、耐えられないとばかりに消えいらせる。

 千条院家直伝の演技法、恥じらいの乙女である。


 「安心して。みんなには秘密にしておくから」


 そう言うと、冬姉は貴重なものを見せてもらってありがとう、とでもいうように僕たちに微笑みかける。


 ……セーフだ、僕は今日イチ頑張った。


 片桐は何も言わない。油断のない表情で顔を固め、発言を求められるまで会話には参加しないと無言で表明している。早くも完全な侍従モードに移行していた。


 僕は冬姉に問いかけた。


 「それで先輩……」


 「おねーちゃん」


 「……それでおねーちゃん、幼馴染について聞きたいとは具体的に何なのでしょう?」


 「んーとね、ちょっと取り止めがない感じになるけどいいかな?」


 「大丈夫ですよ。どんな質問でもどうぞ、答えられないこともありますが」


 そう言って僕が受容の意を込めてふわりと笑うと、冬姉はどこからか取り出したメモ帳をぱらぱらとめくる。


 僕はあらかじめ、どんな質問にも答えられるよう、片桐とともに一定の方針を決めていた。質問には端的に答えること、千条院初としての日常に即して答えること、そして嘘をつかないこと。


 それが冬姉の役に立つというのなら、全力で、誠実に、願いに応えよう。僕はそう考えていた。


 「……それじゃあ、まずは二人でいるときの普段のノリってどんな感じか教えて?」


 「部室で見てもらった通りですよ。遠慮がなくて、からかわれることも悪態もしょっちゅうで、でも深刻に揉めることはない。そんな感じでしょうか」


 「だな」


 「ふむふむ……なかなか興味深い……それじゃあ次。二人でいるときによくすることは何かな?」


 「戦闘訓練ですね」


 「……戦闘訓練?」


 「キックボクシングや合気道、護身術、システマ……色々ですね。海外では銃火器も扱います。姉様もやっていますよ」


 「……なんか、想像と大分違うけど、他にはないのかな」


 「ないですね」


 「だな」


 断言する僕に冬姉が当惑するけれど仕方がない。

 護衛以外の場面で片桐と接触するのは報告と訓練の場くらいなのだ。着替えなどの世話は自分でしているから片桐の出番はない。僕は嘘は言っていない。


 「……うーん、じゃあ次。二人はどんな遊びをするの?」


 「ハンデマッチですね」


 「また戦うの?」


 「はい。片桐は私より遥かに強いので、手加減してもらわないと試合にならないんです」


 「面白いの?」


 「いい勝負ができるとドキドキしますね」


 「だな」


 「そう……幼馴染関係なさそうだけど楽しいならいいと思うな、うん……」


 冬姉が少し、いやかなりがっかりしている。

 何か間違っただろうか、などと惚けるつもりはない。もっと仲睦まじくてお姉ちゃん的にグッとくる回答を雪姉は望んでいるのだろう。


 でも僕にはできない。

 その場しのぎの嘘を塗り重ねても、それは些細なきっかけで容易く破綻するのだ。名前や性別すら偽っている僕が言うのだから間違いない。


 という訳で、僕の次に片桐、という順番で冬姉の質問に次々と答えていく。




  お互いの好きなところはどこですか?

    → 僕:戦闘能力|片桐:諦めの悪さ


  お互いの嫌いなところはどこですか?

    → 僕:執拗な下段狙い|片桐:急所狙い


  お互いに相手に望むことはありますか?

    → 僕:格下への配慮|片桐:給料の口利き


  年齢を重ねた結果、関係に変化はありましたか?

    → 僕:いいえ|片桐:同じく


  今後お互いの関係はどうなっていくと思いますか?

    → 僕:主人と侍従|片桐:同じく




 僕と片桐の口からは色気のいの字もない回答しか出てこないと気付き、そういうのじゃなくてー、と呻きながら冬姉が頭を抱えて掻きむしる。


 本当にごめん冬姉、分かってはいるんだけど、という内心を飲み込むように、僕と片桐はジュースをこくこくと喉に流し込んでいく。

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