第35話 現実味のない夢を見る

 その夜、僕は姉様の夢を見た。


 冴さんの話を聞いたからかもしれない。


 姉様は五歳児である。仮面を崩された時の姉様と同じ精神年齢だ。


 まっすぐ走っているつもりで微妙に左に曲がっていったりする姉様は、絵本を読んだりおままごとをしたり、あるいはそこら辺を走り回ったり、初めて目にする謎の虫におののいていたりする。


 公園で遊んだ後でスコップをつっこんだバケツを片手に友達や母親と一緒に家路につく。


 家に帰ると仕事から帰った父がいたり、急いで晩御飯の支度を始める母が居たり、その隣に歩くこともいまいち覚束ない僕がいたりする。


 まるで映像を早送りするように情景は移り変わっていく。


 小学生時代に祖父の家の裏山で僕の手を引いて小さな大冒険を繰り広げたり、中学生時代に初めて男子に告白されて慌てたりしながら、今と同じ高校時代へとたどり着く。


 寝坊したとばかりにトーストとハムエッグを飲み込み、自転車を飛ばして学校へ向かう。


 ギリギリ間に合った教室では隣の席の友人に遅刻しなかったことを褒められて少しむっとしている。


 何が要点なのかよく分からない黒板の内容を一心不乱にノートに書き写しているうちに昼休みがやってくる。


 戦場と化した購買でお気に入りの菓子パンとジュースを買った姉様はほくほくしながら教室へ戻っていく。


 押し寄せる眠気をこらえて放課後までたどり着いた姉様は、家の方向が同じクラスの友達とコンビニで寄り道をしながら家に帰る。


 お風呂やら夕食やらを済ませた姉様はソファーを独占しながらスマホを片手にLINESを眺めている。


 クラスのグループLINES上で繰り広げられる会話に笑ったり、かと思ったら突然イジられて怒りのスタンプを打ち込んだりしている。


 そろそろ時間だとばかりにリビングのテレビのチャンネル権を僕と父から奪い、ドラマをながら見しつつ翌日の予習に手を付け始める。


 その途中で友達からの着信があり、長話をしているうちにドラマが終わる。


 会話が終わった後でドラマを見逃したことに気づき少し落ち込んでから、姉様は自分の部屋で気分転換とばかりに少女漫画を読み始める。スマホでBGMを再生し、たまにうろ覚えの歌詞を口ずさんだりする。


 予習の途中だと気付いていても姉様はページを繰る手を止められず、やがてその瞼は重たさを増して、いつの間にか眠りにつく。


 そんなありふれた日々を生きる姉様が主人公の、現実味のない夢を見て、目が覚めた。

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