第28話 態度の悪い部長を放ったらかす
部員募集のために窓口担当者を用意することになった。僕のことである。
部室棟と教室棟から学校の正門へとそれぞれ続く動線の合流地点で僕はこじんまりとしたブースを用意して待機していた。部長の指示である。
服装は受付嬢のコスプレである。
タイトスカート姿がこんなにも窮屈で気を遣うものだと僕は知らなかった。ちなみに昨日の服装はロングスカートのメイド服だった。明日はテニス部のユニフォームで、その次はおへその覗く際どいチア服だそうである。
徐々に露出度を上げてプレッシャーを掛けていくこのチョイスは部長の嫌がらせかもしれない。何が言いたいかというと、僕は今、泣きたい。
僕の眼前では人が列をなしている。男子の姿が多いものの、決して少なくない数の女子もそこに混じっている。
誰かが興味本位に僕の写真を取ろうとしたのだろう。時々片桐が照射する謎のレーザービームが空を走るのが見え、スマホやデジカメがボンってされる音を僕は久しぶりに聞いた。怖い目に合わないといいなと僕はボンってされた誰かを気遣う。
そんな僕は目の前の光景に一切動じることなく、見学希望者から氏名と学年、性別、所属する部活動を聞き出し、手元のパソコンを用いてネットワーク共有されたスプレッドシートに入力し、面接用の整理番号を記入したメモを渡していった。
「面接会場は部室棟の302号室になります。すぐに移動していただいて結構ですので、気を付けてお越しくださいませ」
僕は本職の受付嬢が詫びを入れるレベルのこなれた笑顔を添えて、次から次へとやってくる入部希望者の姿を見送る。
ちなみに昨日と今日で延べ百十四人の入部希望者を部室へと送り込んだ。全校生徒の一割近くを捕まえたことになるけれど、部長の眼鏡にかなう者は皆無だった。
きっと眼鏡が曇っているのだろう。
それにしてもこの状況は良くない、と僕は笑顔を絶やさずに考えていた。
このままだと僕が日替わりコスプレファッションショーをやらされた末に無情なホイッスルを聞かされるだけである。
僕が意気消沈しながらブースを片付けて部室に戻ると、無駄な面接を重ねたストレスのせいだろうか、部長がコーラ片手にスナック菓子をやけ食いしていて、それを見た冬姉が、
「あんまり食べ過ぎると晩御飯が食べられなくなりますよ、先輩」
と優しいお母さんのようなことを言っていた。
空っぽになったスナック菓子の袋を丸めてゴミ箱に放り込んだ部長は僕の姿を見るなり、
「はぁー……ま、ご苦労。入部希望者は確かにたくさん来たが、みんな駄目だ。文化研究部の行動理念に共感するための素養が決定的に足りてない」
と大げさで偉そうなことをのたまう。そんなもの僕も知らないのに。
さらにこちらを前髪の奥から横目で睨みつけつつ、
「全く……あれだ、ハァつっかえ、というやつだ」
と吐き捨てるように小さく呟く。
独り言のつもりなのだろうけれどばっちり聞こえていた。部長の辞書に思いやりという言葉は存在しないのだろうなとぼんやりと思った。
そして僕は少し大げさにびくりと身体を振るわせた後で小さな震えを継続させつつ、悲運に翻弄されて立ち尽くす少女の姿を自分の身体に宿すように悲しげに目を伏せた。
「……そうですね。どうにかお役に立てないかと力を尽くしてきましたが……、どうやら文化研究部が滅ぶのは運命のようです。あと二日、最後に楽しい思い出を残すほうが有意義かもしれません。今日は失礼させていただきますね……先輩……っ」
無念さを声音に滲ませてそれっぽい言葉をひねり出した僕は、抱える悲しみにこれ以上耐えられない風を巧妙に装って足早に部室を走り去る。
「えっ? ……うそ、ちょ、ちょっと待った! さっきのは冗談だ、頑張りは認めている! だから行くなって!」
離婚を突き付けられた夫が妻に縋り付こうとするように部長が僕の姿を追いかけようとしていたけれど、一連の流れに少しイラついていた僕は一顧だにせず振り切る。
「……先輩。言葉遣いには気をつけないとダメですって、いつも私言ってるじゃないですか」
という冬姉の子供を叱るような言葉が耳に残ったけれど、僕は足を止めなかった。
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