第三章 姉様が悪役生徒会長をがんばるようですが

第27話 意地悪な生徒会長役を頑張るというので応援した結果丸投げされる

 快晴の空が広がる月曜日の朝、姉様が落ち込んでいる。

 姉様が泣いて謝った先日のハーゲン〇ッツ画像爆撃が原因かと思いきや、そうではないらしい。


 「だってそうでしょう!? キラキラ部とかいうよく分からない部活のために余所の部室を取り上げても、部室の割り当てを断っても、絶対どっちかから詰め寄られるわ! しかもキラキラなんてふざけた名前のくせに設立要件は全て満たしているのよ? 私もうどうすればいいの……さえぇ……」


 「おーよしよーし、よしよしよし、結様は悪くないですよー……ほら結様、ホットココアですよー、温かくて甘いですよー」


 今、僕の前では泣き出しそうな姉様を冴さんがいつものように事務的にあやしつけている。


 状況を簡潔に表現すると、いつ潰れてもいいような部活から部室を取り上げ、今年創部されたキラキラ部とか言う謎の部活動に割り当て直すという、何だそれ、というべき問題に頭を悩ませた結果、姉様が涙目になっている、ということだった。


 「……あの、姉様。つまり文句を言われるのが恐い、ということですよね?」


 「……まあ……そうね……そうならないように……これまで立ち回ってきたから……免疫、なくて……」


 ホットココアを少しずつ口に運びながら、姉様がしおらしく答える。

 弱り果てていた姉様に、シャープペンの芯を切らして困っている子に替芯をあげるような軽い親切心で僕は言った。


 「私でよければお供しましょうか?」


 「……付いてきて……くれるの……?」


 「その位でしたら喜んで。姉様のためですから」


 姉様を気遣って適当な言葉をつけ足して答えただけの僕を大きな瞳で見つめた後、姉様がふるふると震えだす。嫌な予感がする。


 「う……ういぃーーっ! うあああああああん! ういがデレたあああああ!」


 「あっ……結様、早く飲まないとココアが冷めてしまいますよ。はいよしよーし、大丈夫ですよー」


 姉様が僕の気遣いを無駄にして大泣きし、朝の忙しい時間に仕事を増やすなとばかりに僕は冴さんに睨まれる。


 悪いことを何一つしていなかったはずの僕は一つ学んだ。

 弱っている姉様にとっては、優しさすらも毒なのだ。


 こうして僕の中に姉様を泣かせるノウハウが少しずつ蓄積されていく。


 そんな訳で、姉様の折れそうなよわよわメンタルを守るため、僕は取り潰しになる部活への最後通告の場に立ち会うことになった。



◆◇◆



 その日の放課後。


 部室棟の3階に上り、姉様が進行方向を左に曲がった瞬間に嫌な予感がした。

 残念ながらその予感は的中した。目的地は部室棟三階の三〇二号室。冬姉と前髪の部長が所属している文化研究部の部室だった。


 心の中の春日初が泣いてしまいそうになるのでもう二度と訪れることはないと思っていたその部室のドアを力強く開け放ち、僕の前で強気な光を瞳に宿らせ堂々と立つ姉様の姿は詐欺のようにカッコいい。


 正確に言うなら、カッコいいけれど詐欺である。


 「失礼するわ、文化研究部の部長はいるかしら?」


 「……生徒会長か。待ってはいなかったよ」


 軽い憎まれ口を叩きながら前髪の長い文化研究部部長が姉様の元へと歩み寄ってくる。幸い冬姉はいなかった。僕の心が揺さぶられることもない、と姉様の斜め後ろに控える僕は胸をなでおろす。


 「何の用だ? 部員は足りないがまだ四月だ。部室の接収には早すぎるんじゃないか?」


 こちらの用件まで正確に把握して姉様に問うこの人はやっぱりエスパーなのかも知れない、と僕は思う。


 「察しがいいわね」


 「なら五月まで待て……」


 「いいえ待たないわ。校則第八十二条第三項の規定に基づき、生徒会権限で一週間後にこの部室は接収、新規に創設される部に割り当てることにしたから。それと同条第四項の規定に基づき、あなた達には部の存続要件を満たしたうえで異議申し立てを行い、再審査を受ける権利が認められるわ。今日の要件はそれだけよ」


 「待て! そんな話急に……」


 「校則なら生徒手帳に書いてあるわよ……この通り」


 そう言って姉様は自らの生徒手帳を開き、該当部分を前髪の部長に突きつける。

 とどめである。


 けれど前髪の部長は差し出された生徒手帳には見向きもせず、しばらく斜め上を向いて考え込んでから、閃いたとばかりに姉様へ向き直る。


 「……なるほど、分かった。ならばこちらは校則第百三十一条の規定に基づき、理事会に対し生徒会適格性審査請求を行う。理事会の決定が下されるまで現生徒会の処分は差し止められる。我々はここを立ち退く気はない」


 とてもただ悪あがきをしているだけとは思えないほどの毅然とした態度で前髪の部長は宣言した。想像以上に諦めが悪い。急に法廷ドラマみたいな展開になってきた。


 ……それにしても何この人、エスパーなだけじゃなくて校則全部暗記しているの? 暇なの?


 それでも仮面をかぶった姉様は動じない。


 「悪あがきはよしたほうが身のためだわ! 私たち生徒会のこれまでの行動に何一つ過失はないわよ?」


 「理解はしている。だがこの部を守るためなら打てる手は全て打つ。それだけだ」


 「諦めが悪いのね。下手に騒いでも無駄だっていうのに……」


 「それは分からない。たとえそうであっても構わない。私はできることをするだけだ。例えば、そうだな……私がこれから毎日生徒会長に直談判することで判断が覆る可能性が少しでもあると考えれば、迷わずそうするだろう」


 唐突に核心を突く仮定の言葉に、悪役生徒会長を必死で演じていたのだろう姉様がごくわずかに呼吸を乱す。

 前髪の部長が示唆した未来は姉様にとって文字通り最悪の事態と言っていい。そしてきっと姉様は、目の前の人間がエスパーのような不思議人間であることを知らない。


 些細にもほどがある姉様の異変を見切ったのだろうか、部長がにやりと笑った。


 「ここで白状しておこう。私は今の話、勝算があると踏んでいる」


 ……ああ、これは相手が悪かった、と僕は思った。


 本当にどういう理由なのか分からないけれど、この人は姉様の唯一と言ってもいい弱点を正確に突いて来た。その上、この人の白状という言葉の後には馬鹿正直な発言が続くのだ。

 勝算があると踏んだということはつまり、姉様の弱点を私は見抜いている、と言っているも同然だった。


 ……ここまでかな、と考えた僕は姉様の前へと進み出て、前髪の部長と向かい合う。


 普段はあまりにも女子高生っぽくないため封印されている切り札。

 千条院流大人の会話術ビジネス編が火を噴く時が来たのだ。


 「……差し出がましいようですが先輩。少し本筋から外れて話が過熱しているように見受けられるのですが」


 「君は……いつぞやの会長の妹か? それで、本筋とは?」


 「はい、その節はお世話になりました。そもそもこの件、どれほど騒ぎ立てたとしても部を数週間延命させるだけです。存続させたいのであれば会長からお伝えした通り異議申し立てを行う他ないのではないでしょうか」


 「それができれば苦労はしていない! 未だに私の眼鏡にかなう人間が見つからないのだ!」


 前髪の部長の理想の高さは相変わらずである。

 僕は姉様を守るため、敢えて冷厳とした口調で突き放す。


 「ならばそれは、配慮を欠く言い方にはなりますが、先輩が部を存続させるための資質を欠いているか、単に新入生との巡り合わせが悪かったのでしょう。いずれにせよそれは先輩個人の問題であり生徒会の問題ではありません。そしてそのせいで生徒会に無為に迷惑をかけるという発言を生徒会補佐として見過ごすことはできません」


 「だがそれでは文化研究部が……」


 「誤解しないでいただきたいのですが、生徒会はこの部室を取り上げる、と申し上げているのではありません。取り上げられたくなければ異議申し立てを行うために早急に取り組むべきだと申し上げているのです。そして生徒会が立場上特定の部に肩入れすることはできずとも、正式メンバーではない私が個人的にお手伝いすることは可能です」


 「つまり、お前が部員集めを手伝うと?」


 「可能である、というだけです。もし姉様に無用な迷惑をかけるとおっしゃるのであれば、私は生徒会補佐としてこの部室を他の部に割り当てるお手伝いをするまでです」


 「……なるほど。手伝ってやるから真っ当に努力しろ、その結果だめなら素直に諦めろ、そういう事か」


 「先輩の案よりは健全かと思いますが、いかがでしょう?」


 「いいだろう、私はそれで構わない。生徒会長、妹を借りても問題はないか?」


 「私もそれで結構よ。初、この件が片付くまで生徒会の手伝いは休んでいい。あなたに全て任せるわ。私の妹にふさわしい結果を出しなさい」


 「分かりました姉様。全力を尽くします」


 ちなみにこの堅苦しい話の進め方に僕の頭は常にオーバーヒート寸前だったけれど、幸いにも余裕を感じさせる自然な表情を崩すことはなかった。僕は頑張ったと思う。


 僕の言葉に自分のするべきことは終わったとばかりに姉様は踵を返し、いつもより足早に部室から去っていく。きっと余裕がなかったのだ。僕は無事姉様の尊厳を守りきることに成功したようだった。


 その背中を見届ける僕の肩に手を置き、前髪の部長が底冷えがするほどぞっとする声音で僕に尋ねる。


 「ところで会長の妹、協力するといったな?」


 「……ええ、二言はありません」


 その筋の人に肩を掴まれた小市民のように僕が振り向くと、部長の前髪に隠れていない口元が薄く、けれど三日月が欠けていくように鋭く吊り上がった。


 「私に考えがある。拒否はしてくれるなよ?」

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