第26話 デート帰りの電車内で友達が出来た僕、決意の爆撃を決行する(第二章エピローグ)

 僕たちは帰りの電車に揺られていた。


 噴水前での高まったテンションはとっくに落ち着きを取り戻していて、お互いに気恥ずかしさを感じながら、会話の糸口を探している。


 楽しかったですね。うん。でも怖かった。うん。うん。……。


 何かを話しかけ、会話が途切れ、それを散発的に繰り返す。そんな時間が電車に乗り込んでからずっと続いている。その間にも電車は確実に終着点へと僕らを運んでいく。そしてもう十分も経たずに僕らが今朝待ち合わせした駅へと到着する。


 このままではこの気恥ずかしさを学校生活に持ち越してしまう。それは避けたい。僕は穏やかな笑みを浮かべながら内心頭を抱えていた。


 そんな僕が片桐から届いた、『お前のデート相手を囲んでいた男3名は処置した』という内容を詳しく聞きたくないメールに『ありがと』と返信していると、夏目さんが口を開いた。


 「あの、何だかうやむやになりそうだから聞いておきたいことがあるんだけど……」


 夏目さんが僕に聞いておきたいことに対して身に覚えはなかったけれど、このラストチャンスを逃すことはできなかった。僕はどんな結末を迎えようともこの話題に最後まで乗っかり抜く覚悟を決めて、夏目さんに視線を送る。


 「聞いておきたいことですか?」


 「千条院さん、私を男の人から助けるとき、タメ口で、文って……」


 確かに言っていた。むしろ名前を呼んですぐ気づいて、意図的に夏目さん呼びに戻したのだ。


 「……あの時は焦っていて咄嗟に……不快でしたら謝ります」


 「いや、そうじゃなくて、むしろ逆で。名前呼んでくれて、すごくうれしかったなぁって。タメ口も新鮮で、何ていうか、かっこよかったかも」


 まさかの絶賛だった。僕は覚悟を決めていたので話の流れに全乗っかりする。


 「本当ですか? じゃあこれからタメ口で、あやって呼びますね?」


 「……うんっ! 私も千条院さんのこと、名前で呼びたい! いい?」


 「もちろん! よろしく、文」


 「こっちこそ! へへへ、うい、ういっぺ……、ういっち、ういっちだ!! マイベストフレンドー! ういっちー!」


 と、そこで夏目さん……文が身体を預けて肩にあたまをぐりぐりと押し付けてくる。


 それは普段のカッコいい美人さんの姿とは違って、全身で嬉しさを表現するその様は子供のようにも見えたけれど、夏目さんの今日の可愛らしい格好に見合った振る舞いのようにも見える。


 ひょっとすると今の文が本当の文なのかもしれない、と僕は思った。


 「へへへ……何か安心する……ういっち……」


 こうして文の高校デビューを手伝った結果、僕は友達の女の子と下の名前と愛称で呼び合う仲になった。それは春日初的にも千条院初的にも、画期的な出来事だった。


 ……とりあえず鬱モードは脱した? 素の表情を見せてくれるようになったよね? じゃあ千条院初の高校デビュー指南は完了したのでは? 


 僕は都合よくもそう考えて文の頭に頬を寄せてみる。シトラスとミルクが混ざったような文の甘い匂いが鼻孔にとどく。何だか変に意識してしまう。


 そんなタイミングで鞄の中のスマホが震え、僕は持て余した意識を逸らすようにLINESのメッセージを確認した。




  姉様:正直こんな鬱展開が来るとは思わなかったわ

  姉様:ぴえん。

  姉様:あと私の台詞パクったわね

  姉様:お詫びにハーゲン〇ッツのグリーンティーを献上しなさい




 ……何これ、わざとなの? 姉様はわざと僕をおちょくっているの?


 的確に僕の感情を逆なでする視聴者様のメッセージと、一部始終を隠し撮りどころかリアルタイムで鑑賞されていたという事実とに、僕の中で猛烈な恥ずかしさと静かな怒りがこみ上げてくる。


 品性も体裁もすべてかなぐり捨てて当たり散らしたくなる僕の横で文の体が大きく傾いて、そのまま僕が膝枕する形で静止した。


 気持ちよさそうに寝息を立てている文の頭の重さを太ももに感じながら、この子が千条院初として初めての友達なんだなと強く自覚する僕の心は今、ささやかな安らぎを覚えていた。


 それはそれとして僕はネットで拾ったハーゲン〇ッツグリーンティーの画像に時々秘蔵のホラー画像を交えて姉様のアカウントへと爆撃送信し続けることに決めた。姉様が泣いて謝るまで止めないつもりでいる。

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