第21話 デートをしましょうと誘う僕、高校デビュー指南を請け負う
高校デビューしたはいいものの、いつメッキがはがれるか分からず気が気でない。どうすればいいか、というのが昼食を食べながら聞いた夏目さんの大まかな相談内容だった。
それはどこででも聞くような問題でもあり、また姉の囮という任務に直接関連する問題でもなかった。
言葉だけでさっくり解決できるのならいいけれど、もしも変に問題をこじらせると姉様の囮役に差し支えるかもしれない。
そう感じた僕は詳しい話はまた改めて聞きますね、と夏目さんに言い残し、弁当を片付けた足で昼休みに姉様がたむろしている生徒会室へと向かう。
生徒会長席で自前のノートパソコンを開き、イヤホンをつけて何か作業していた姉様はドアを開けて入室した僕に気づくとイヤホンを片耳だけ外して楽しそうに声を掛けた。
「あら、初。どうしたの? アンタも作業見てく?」
「……いえ、私は結構です」
その動画の中身は僕も冴さんや片桐と共に屋敷で見せられていたので知っていた。僕が横山先輩と柱井先輩の改造計画のために駆けずり回った一部始終を高画質で記録した盗撮動画である。
鑑賞後に僕は冴さんから『女の子を脅迫するなんて見上げたクズさですね』という妥当な評価を頂き、片桐からは端的に『……男の敵だろマジで』という、こちらも共感できる感想をもらった。
僕には自分が囮の任務を果たすたびにクズ味を増していっている自覚があった。この現状に対して不満はある。
「事の発端から計画の最終段階までの動画を含めた完全版は後日披露してあげるわ!」
とその場で宣言した姉様は、以来暇を見つけては動画編集にいそしんでいる。盗撮に対する姉様からの謝罪はない。
「……それにしても姉様、すごく上機嫌ですね」
「そう? ま、ヤンキーもナンパ部長もいい感じに落ち着いたみたいだし風紀委員にも貸しが作れたから、上機嫌と言えば上機嫌ね」
「風紀委員への貸し、ですか?」
「そうよ、まあ貸し自体はどうでもいいけど。学内の風紀を乱していた最大の問題児を関係者まとめて片付けたのよ? 人に文句を言うだけの人間と私の妹ではやっぱりモノがちがうのよねー」
そう言うなり姉様は作業に戻ろうとする。
……あれ、今、姉様に褒められた?
姉様の何気ない言葉に少し喜びそうになりながらも、僕は姉様にここへ来た理由を伝えてないことを思い出して口を開く。
「それで姉様、少し相談が……」
「相談? 何よ?」
「実は……」
そうして夏目さんからの相談内容と、囮役と関係ない為相談に乗るかどうか迷っていること、けれど心配をかけたクラスメイトの頼みなので乗ってあげたい、という希望を姉に伝えると笑いながら姉様は答えた。
「その位なら好きにすればいいわ。今のところ期待以上の面白……げふん、働きで他に懸案もないから」
今、姉様の本音が微かに漏れていたような気がする。
「それに初にうってつけの相談じゃない。初以上に手の込んだ高校デビューをした人間なんて世界のどこにもいないわ。名づけて、千条院初の高校デビュー指南、ってところかしら」
僕は姉様のその言葉を聞いて、確かにそうかもしれないと思った。高校デビューのために苛烈な教育と人体改造を施された人間がそうそういるわけもないのだ。
「言われてみれば確かにそうですね。分かりました。夏目さんの相談に乗ってみます」
「せいぜい頑張りなさい、期待しているわ。あと撮れ高は多めがいいわね」
「……隠し撮りは前提なのですね?」
こうして、姉様の言葉が新人You〇uberに対しての注文のつけ方であることに納得がいかないまま、僕は夏目さんの相談に乗ることにした。
◆◇◆
翌日の放課後。
僕と夏目さんは中庭のベンチで二人きりである。
夏目さんの手には自販機で買った缶コーヒー。プルトップを引き上げて一口だけ口を付けた後、足を前方でぷらぷらさせながら、缶に両手を添えたまま、所在投げに視線を彷徨わせている。こういう仕草もなんか女の子っぽい、後でメモしとこ、と男の娘の僕は上の空で思う。
「相談の件ですが、微力ですがお手伝いさせてください」
そう僕が切り出すと、彼女は満面の笑みを浮かべて言った。
「本当に? ありがとう! ずっと誰にも相談できなくて不安だったんだー」
思ったより食いつきがいい。
それからしばらく続いたふんわりとした彼女の言葉を端的に要約すると、他人と自分との間に作った壁を壊せない、本当の自分をさらけ出すことができないと感じる、ということだった。
率直に言って、僕ではなくスクールカウンセラーに相談すべきではないかとも思うのだけれど、見ず知らずの大人に悩みを語るのは僕に対して以上にハードルが高いのだろうなと僕は想像した。
というより、思った以上にガチ目の相談で少し腰が引けている。ファッションがどうとか話題選びがどうとかいうチャラい話では全然なかった。
内心の動揺を穏やかな微笑と傾聴の姿勢で一分の隙もなく隠蔽しつつ、僕は考える。
この問題は言葉だけで解決する問題ではない。心を許すという行為を可能にするための実践が必要なのだろうなと思った。音階を理解したからピアノが弾けるわけではなく、弾けるようになるために演奏の反復練習が不可欠なのだ。
それは訓練や経験を通じて体得する技術の一種。他人に心を許すということも同様だと思った。だとするならば、僕にできるのは体得するための機会を提供することだ。
僕は指をパチンと鳴らして夏目さんに提案することにした。
「……ひらめきました」
「本当に?」
「ええ。夏目さん、私とデートしましょう」
「……でぇと?」
「はい、デートです!」
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