第20話 改造の結果、ギャルヤンキーに泣きつかれクラスメイトを引かせる

 僕が改造計画に則って、第一段階で柱井先輩に肩透かしを決め、第二段階では横山先輩とその取り巻きをまとめて恐慌に陥れ、最終的にジャンピング土下座に近いごり押しで願いを聞き届けてもらったあの日から数日が立つ。


 最終段階に無事至った……というより強引にこぎつけた後、僕にできることは先輩たちが時間をかけて上手いことよろしくやってくれることを祈るだけという状態だった。


 いわゆる、オチを放り投げた状態である。


 姉様ならもっとうまくやっていたのかもしれない、次に誰かを改造するときはもっと念入りに最後まで計画立てないといけないなぁ、という今後役に立てる機会などないだろう教訓を僕はかみしめている。



◆◇◆



 今日は週明けの月曜日。今は昼休憩である。


 僕が教室でクラスメイトと一緒にお弁当を食べようと席を移動していたタイミングで、急にクラスメイトが僕と距離を取った。


 別にクラスメイトが示し合わせて僕をハブにしたわけではない。単に僕の身に降りかかった異常事態に対する驚愕と敬遠のなせる業だった。


 僕は突如現れた横山先輩にしがみつかれ、まるで拝まれるように感謝されていた。


 金髪だったショートボブは明るさを抑えたブラウンに染まっていて、校則通りにブラウスのボタンを上まで止め、スカートの丈は膝上5センチに収まっている。垂れ下がった紙の隙間から覗く耳たぶにはピアスホールが開いているが、シークレットピアスもつけていないのでふさがってしまってもいいと考えているのだろう。


 バッチリきめていたけどあまり似合っていなかったメイクは、施されているかどうか判然としない。下手をすると眉を書いただけなのかもしれない。それでも整った目鼻立ちときれいな肌だけで十分に見栄えしていて、メイク前よりもずっと、あるいは僕が初対面の時に想像したとおりに、魅力的に思えた。一言で言えば健康的な美形だった。


 素晴らしい、と僕は内心で喝采をあげる。

 冴さん仕込みの僕のメイク心は今、ようやく満たされたのだ。


 そんな劇的ビフォーアフターをどこかの匠の仕業で達成したのだろう横山先輩は、暑苦しいほどの感謝の念で折角のきれいな顔をくしゃくしゃにゆがませながら僕を見ている。


 なお、これまでのところナチュラルメイクの元・黒ギャル先輩が泣いてしがみついている、という状況しか分かっていないので、僕は何故このような状況に至ったのかまるで掴めていない。


 「ありがとうございます姉貴っ!」


 「……あの、横山先輩。どうかしたんですか? 新手の嫌がらせですか? あと私は姉貴ではありませんよ」


 「姉貴のおかげでウチ、話せて、ウチら、やっと……ぐひっ、ぐひっ……」


 ウチら、と言った先輩が一瞬教室の外を見て、それにつられて振り向いた僕の目には、校則のドレスコードをギリギリ外した程度の大人しい制服姿で僕のことを警戒する取り巻きの先輩方がいる。


 さらにその後方には何だか申し訳なそうな表情でこちらを見る柱井先輩の姿があった。ただ、先輩のその表情にはただ爽やかなだけではない、何か大事なものを見守っているような優しさが混ざっている。


 ……これ、ひょっとして改造計画の最終段階成功してない? もう? いや、半年すれ違ってこじれておいて数日で解決するの? と僕は思う。


 「泣かないでください先輩。ハンカチお貸ししますから……きっといいことがあったんですね。あと姉貴ではありません」


 状況を理解できないクラスメイトは、それでも目の前の状況に解釈を加えていく。


 「……あの人、先週まで千条院さんに絡んでたギャル先輩でしょ?」


 「あのおっかねえ先輩をギャン泣きさせるとか……」


 「……千条院さん……何というか、パない」


 僕を取り巻く視線に畏怖の念が混じり始めたのを感じ取りつつ先輩の涙を丁寧に拭うと、感極まったように先輩がうるんだままの深紫の瞳で僕を射抜いたまま再び目じりに涙をため始める。


 「何でそんなにやさしくしてくれるんですか、姉貴。ウチ、姉貴に…ぐすっ、ひどいことして、謝らなくちゃって……なのに」


 恋のキューピッドに改造されたからです、と言っても伝わらないので僕は無難に答える。


 「謝るなんてそんな……先輩方が私のお願いを聞いてくれただけで充分ですから。あと私は姉貴じゃないです」


 「ならせめて、感謝だけでもさせてください! 何かあったら……絶対力になりますから、だから、姉貴ぇ」


 「ありがとうございます。あと姉貴では……」


 姉貴呼ばわりを訂正するのもキリがないと思い始める僕を、飼い主の機嫌をうかがう小型犬のような目で先輩が見上げる。

 僕は妥協することにした。


 「……姉貴でいいです」


 「……っ、ありがとうございます! 姉貴ぃ!」


 つぼみがほころぶような笑顔がまぶしい、力の限り尻尾を振り回す子犬のような目線がくすぐったい。


 「それじゃあ姉貴ー! ウチ、横山友穂はあなたの舎弟ですからー!」


 こうして僕は泣く子も黙る元・黒ギャルヤンキーを更生させて舎弟にしてしまった。


 ……僕が求めた改造ってこういうんじゃなかったんだよなぁ、と思いながらぶんぶん手を振って教室を後にする横山先輩を見送る僕に、隣の席の男子が恐る恐る訊いてきた。


 もみあげに垂れる柔らかそうな長い髪が垂れた犬耳のようで、しかも可愛らしい存在感がとても犬っぽいのでポチと呼ばれていると聞いたことがある。実際僕もそう呼んでいる。


 「千条院さん、あの先輩に何したんですか?」


 「ポチさん? そうですね……お願い事、でしょうか」


 脅迫もした、という事実は伏せて僕はあいまいに微笑んだ。


 「それであの態度……? なんか、カッコいい! 千条院さんってすごいんですね!」


 僕に向けられる純粋な敬意のこもった眼差しが後ろめたい。千条院の罪深さに早く気付いてほしい。にしてもこのシンプルで裏表のなさそうな反応は確かにポチっぽい、と僕は思う。


 この視線から逃れなければと思考を巡らせる僕に助け舟を出してくれたのは夏目さんだった。


 「あの先輩たちをどうにかしちゃうなんて、私のアドバイスなんて余計だったかもね」


 「そんなことありませんよ夏目さん。とても助かりました。何かお礼したいくらいです」


 アドバイスをもらっておきながら一方的に心配を掛けただけだったので、僕は心の感謝をこめてそう言った。

 夏目さんの反応は僕が想像していたよりも大きかった。特に、お礼、という単語に対して。


 「……お礼って言った?」


 「言いました、けど?」


 「本当に?」


 「本当です、けど。私に出来ることでしたら喜んで」


 若干強い圧を僕に向けながら夏目さんは何かを思案していたけれど、やがて意を決したように僕を見つめて口を開く。


 「……それなら一つ、相談があるんだけど、いいかな?」

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