第19話 挑発に乗った先輩相手に殺戮ショーを繰り広げたくせに自分のお願いをごり押す

 「何ですか、3年A組の真柴美香先輩?」


 僕が毅然とした態度で挑発に反応してくれた取り巻きの先輩に聞き返すと、真柴先輩は、何で私のこと知ってんの、という純粋な驚きの表情を浮かべる。


 僕は言葉を続ける、ここからは僕の一人喋りである。


 「この前先輩が妹の手を引いて商店街を歩いているのを見かけました。おねえちゃん、といって可愛らしく懐くショートカットの女の子。迷子にならないように手を繋いでいましたね。もしはぐれでもしたら大変です。おねえちゃんがどこの誰に恨みを買っているか分かりませんし」


 真柴先輩の顔が青ざめる。僕の言葉は続く。


 「真柴先輩の隣は2年C組の坂口洋子先輩ですね。最近大学生の彼氏ができたそうですね。年上との恋愛はあこがれます。勿論条例のことはご存じですよね? 下手なことをすると彼氏の実名が全国的に有名になってしまいます。慎重に行動しないといけませんね?」


 坂口先輩の顔も青ざめる。僕の言葉は止まらない。


 「さらにその隣は2年F組の水野千秋先輩。小さいころから一緒に育ってきたセントバーナードが大好きなんですよね。大切な絆があるのでしょう。ですが年を取ったペットは一度怪我するとそのあと長くないと聞きました。悲しいことです。くれぐれも大切にしてくださいね……別れは突然やってきますから」


 水野先輩の顔は既に青かった。僕の言葉はまだ続く。


 「そして3年B組の坂本き……」


 「イヤぁっ、やめて……っ!」


 坂本先輩が情けない声をあげた。それが契機となったのか、取り巻きの先輩方は一人残らず階段を駆け下りどこかへと逃げていった。


 殺戮ショーなどと銘打ってはみたけれど、その実態は相手の弱点を正確に突っつきまわす非合法な情報源を用いた脅迫である。

 非道な真似をしている自覚はあるけれど暴力に訴えるよりはいくらかマシだと自分に言い聞かせて僕は品のよさそうな笑みを顔に張り付ける。


 「あら……もっと先輩方と仲良くなりたかったのですが残念です。でもこれで二人きりですね?」


 僕は男子が聞けば落ち着きを失くしてしまうような熱っぽい声音でからかうように口にした。そんな僕を、化け物に手を出してしまった、今すぐ逃げ出したい、という表情で横山先輩が見ている。


 僕は話題の重要度を強調するために少し低い声で、合わせて出来る限りの真摯さを目に湛えて先輩に言った。


 「怖がらせている自覚はあるんです。ですが横山先輩とは、二人きりで話をしたいと思っていました」


 「なっ……何が狙い……ふ、復讐? ウチも、お、脅すのっ……!?」


 悲鳴を上げる横山先輩の言葉遣いが素に戻っている。

 横山先輩も無理していたのかな、と僕は思ったけれど、僕の中にいるもう一人の自分が、いや単純にパニックになっただけだよね、と冷静な判断を下す。


 「昼休みに柱井先輩を振りました、もう声を掛けられることもありません」


 「はぇ……?」


 横山先輩の反応が少し可愛い。

 嬉しいことを聞いた、何でそんな話をするのか分からない、まだ目の前の化け物が怖い、そういう反応。そろそろ人間扱いしてもらいたい。


 僕は自分の声から緊張感を取り除き、子供の頭を撫でながら何かを言い聞かせる親のような口調で、次の言葉を伝える。


 「先輩がタイプじゃなかったからじゃありません……先輩が好きな人は私ではないと気付いたからです」


 「な、何で……そんな話、ウチに……?」


 僕の扱いが化け物から怖い人間に変化したのだろうか、僕に意味の通じる言葉を返してきた。確実に会話が可能な状態に近づきつつある、というか会話が成立しないと今後何を言っても無駄になる。


 この手の脅迫は今後ちゃんと使いどころを選ぼうと僕は考えた。使わないわけではないという点が重要で、つまり僕は間違いなくクズである。


 僕の自虐はこの辺にして、横山先輩の質問に答えなければならない。

 もう少し場を和ませたほうがいいかなと僕は考えて、すこしお転婆てんばが過ぎるお茶目な女の子を演じることにした。


 「さわやかなイケメンに嘘告された腹いせ、とでもしておきます、でも、横山先輩にだけ伝えておきたい話でしたから、他の先輩方には席を外していただきました」


 悪戯がバレた後にふざけたように謝る女の子の雰囲気を女子高生が発しても違和感がないレベルに調節してそう言ってみたのだけれど横山先輩の瞳は、席の外させ方を考えろ、と訴えている。


 ……やっぱり変に冗談めかすのは良くない、と思った僕は素直に横山先輩に頭を下げた。


 「……ごめんなさい横山先輩。皆さんを怖がらせてしまいました。後で他の先輩方にもちゃんと謝ります」


 頭をあげた僕を横山先輩が見ていた、信じられないものを見るような目で見ていた。けれど同時に彼女の表情から怯えが薄れいくらかの強気さが戻ってきていた。


 「……まあ、分かればいいよ……ウチだって似たようなことしたし……」


 「ありがとうございます、先輩」


 僕はもう一度ぺこりと頭を下げ、同時にこのタイミングで改造計画の一端を伝えようと思った。横山先輩と柱井先輩の未来を左右する僕の改造計画。その最終局面の開始を告げる柱井先輩の無言の宣誓を。


 「……横山先輩、お願いがあります。もしも明日柱井先輩が誰にもナンパをしなかったら、それが合図です」


 僕はこれだけはどうしても聞き届けてほしい、という真摯な声音で言った。表情もその響きにふさわしい真剣みを帯びているはずだ。


 これは演技ではなかった。どうしても横山先輩に実行してほしいことがあった。

 僕は自分にはどうしようもなく関与できない出来事に、それでも自分の意に沿う結末が与えられることを願っていた。


 だから僕の今の行為は一言で言えば、祈りに近いと思った。


 横山先輩は僕の真意を探るような目で僕の言葉の続きを待っていた。


 「その合図は横山先輩たった一人に向けられた柱井先輩のメッセージです。だからもしその合図に気づいたら……」


 「……気づいたら……?」


 「……気づいたら……その時は柱井先輩とちゃんと話をしてください。それだけです……お願いします」


 千条院の令嬢としてはあってはならないことが起きていた。


 僕の声が少し、震えている。そこには僕の感情がこもっている、それはまぎれもなく春日初の感情だった。


 僕には届かなかった未来に、冬姉とどうしようもなく離れてしまった現在の僕とは違う未来に、この先輩たちなら手が届く可能性があるのだと信じてみたいから、僕の声が震えていた。


 これ以上僕にできることはない。先輩たちが再び話をする保証もない。話をすることを確約させることだって出来ない。二人が悲劇的な結末を迎える可能性を否定することすらもできない。


 それでも、言葉を交わすことが二人を幸福な結末へ導いていくと信じてみたかった。


 一言で言うなら、僕の改造計画は『会話の機会を用意し、最終段階で実際に二人で会話してもらう』というただそれだけのことだったのだ。


 そんな僕に、横山先輩がこれまで彼女の口から一度も聞いたことのない、まるで慰めるような声で言う。


 「……何でそんなに必死なのか分からないけど……明日、見るだけ見てみる。お願いについてはそれから考える。それでいい?」


 横山先輩の言葉が、この改造計画が最終段階へと進むということを確約する言葉が、やっと昼休みから続くこの緊張を解いてもいい時が訪れたのだということを僕に気づかせた。


 「……ありがとうございます、先輩」


 けれど結局僕は声の震えを止められないまま、涙があふれそうになるのをその瀬戸際でぎりぎり防ぎながら、自分の感情の高ぶりが収まるまで頭を下げ続けた。

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