第13話 姉様のレポートに目を通し世界征服への野心を疑う

 色々とタイミングが合わないまま、夏目さんに声をかけることなくその日は帰宅した。


 授業の予習と復習を片付け、千条院の教育課程に含まれていた外国語のテキストをパラパラとめくり、速読したり音読したりしている内に夕食の時間がやって来る。


 食事が終わり、僕がダイニングを後にしようとするタイミングで、姉様から後で私の部屋に来なさいと言われる。


 昨日言っていた『必要なもの』についての話かな、でも一日で集められる恋のキューピッド役を果たすために必要なものって何だろう、と考えていた僕は実際に姉様の部屋でそれを突き付けられて絶句した。


 「どうよ、この量! この質! このスピード感! これこそアンタが恋のキューピッドになるために必要なものよ!」


 穏便な言い方をすれば、それはレポート文書の束だった。

 身もふたもない言い方をすると、それは今回の件に関連する人物たちの、考えられる限りおおよそ全ての個人情報の山だった。


 ページを一枚めくるたびに僕を青ざめさせるそのレポートには、氏名や性別、血液型、住所、電話番号やメールアドレス、SNSのアカウント名とパスワードといった既に背筋が寒くなってくる情報に加え、家族構成や過去の経歴、交友関係の変遷、実家の資産状況や親類の犯罪歴、志望する進路、趣味や性格、些細なプライベートの情報までもが画像付きで網羅されていた。


 身の毛もよだつそのレポートの餌食となったのは、黒ギャル先輩とその取り巻き、柱井先輩、そしてバスケ部レギュラーの先輩、計七人だ。並の犯罪者以上にその人物像を徹底的に丸裸にされた先輩方に同情を禁じ得ない。


 冴さんが精魂尽き果てた表情を露わにしながら部屋の隅に立っていた。よく見るとネグリジェ姿の姉様の表情にもわずかに疲れが見える。

 僕はどうしようもなく察する。全てはこの二人の仕業である。


 「驚いたでしょう? こう見えて私の情報収集能力は目の上のタンコブだらけの千条院の中でもちょっとしたものなのよ!」


 ストーキングの技術を情報収集能力と表現することへの違和感はこの際置いておく。


 「……驚きはします、しますが……」


 驚いたというよりは恐怖に震えているし、姉様のいう『ちょっとした』が一般人の人生そのものをたった一日で丸ごと暴いてしまうという事実に戦慄している。


 しかも『千条院の中でもちょっとした』という事は、姉様以上の、魔王みたいな人物がきっといるということだ。


 ……この家なんなの、家族ぐるみで世界征服でも目論んでいるの?


 僕を恋のキューピッドへと改造するための犠牲になってしまった先輩たちを弔うように、僕は姉様に物申す。


 「姉様……情報が必要だとは考えていました。このレポートが武器になることも確かです。それでもこれはあまりにもやり過ぎではないですか?」


 「いいえ、アンタも聞いたことくらいあるでしょう、情報を制する者が戦いを制するのよ? 恋愛だってそれは例外じゃない。だったら恋のキューピッドである私たちに手を抜くという選択肢はないわ」


 「手を抜かないのではなく手加減をすべきだと……」


 「何を心配しているの? 必要無くなれば全て闇に葬り去ればいいのよ」


 集めた情報はこの件が片付いた後で全て処分する、という事を姉様は言っているのだろうけれど、悪の黒幕のような台詞を聞かされる僕の中では、千条院家史上最高の天才が世界を征服する未来が俄かに現実味を帯びつつあった。


 「大事なことは一つ、それをどう使って目の前の問題を解決するか、それだけ。ここからはアンタの仕事よ。千条院結の妹の実力、存分に見せつけるがいいわ! あと私は寝るからもう帰っていいわよ」


 巧みに問題を矮小化する姉様は、あーーーつかれたー、と呻いて背中からベッドに倒れこむなり気持ちよさそうに寝息を立て始める。


 僕は姉様以上に疲労の色濃い冴さんに精一杯のいたわりの気持ちを込めた会釈を送って、そのまま自分の部屋に戻った。

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