第12話 姉様によって恋のキューピッドに改造された結果部活スペシャルと出会う
家に戻った僕は姉様と共に夕食を取りながら今日の出来事について相談する。
話を聞いた姉様は、しばらく目を閉じてうんうんと唸った後、自分の考えを整理するように呟いた。
「……男子たちを誰かとくっつけてしまうのも告白者の母数を減らす意味では有意義かもね、気が遠い話だけど……」
「……姉様、何の話ですか?」
姉様の思考をうまくくみ取ることができずに僕が尋ねると、姉様は言う。
「つまり、その黒ギャルはサッカー部の部長が好きなんでしょう? 二人が無事付き合ったら、目先の問題は解決するわよね?」
「それは……そうですね、確かに」
「同時に、サッカー部の部長とやらがアンタをナンパすることも無くなるわよね?」
「そうですね」
「その考えを広げていくと、うちの学校で男と女が付き合いだすと、アンタに降りかかる危険の目が摘まれて、同時にナンパに手を出す人間が減るってことになるじゃない?」
「そう……なりますけど、それで姉様の考えとは?」
「アンタが恋のキューピッドってやつになれば、最終的には身の危険もナンパも告白も全部無くすことができる、ということよ」
「……ん?」
姉様の考えが一瞬でダメな方向に飛躍した感覚があった。
「……うん、悪くないわ。初、恋のキューピッドになりなさい。とりあえず今回の件だけお試しってことでいいから」
この話の流れは良くない。このままでは男の娘だけでは飽き足らず、姉様が僕を恋のキューピッドなんていう甘ったるくてふわふわした存在に改造してしまう。
大体なんで僕が恋のキューピッドなのか、僕の恋のキューピッドが先に欲しい。
「……姉様、話は分かりましたが、友人ですらない他人の恋愛を手伝うのは言うほど簡単なことではないと思うのですが……」
僕が流れを変えようと口にした懸念は、しかし姉様の手によって気楽に粉砕されることになる。
「大丈夫よその位。私もアンタも千条院の一族よ。言ったじゃない、人一人救うなんて訳ないって。それが二人でも大差ないわ」
自分の眩しい記憶を人質にされたようで、僕は納得いかないままうなずく。
そんな僕を見て姉様は面白い悪戯を思いついた子供のように笑った。
「安心なさい、私も力を貸すわ。まあ見てなさいよ、必要なものは明日の晩までには全て揃えられるだろうから」
食堂の隅で控えていた冴さんが一瞬だけその表情に動揺をのぞかせた気がした。ただの気のせいかもしれないと思いなおした僕が、その反応の意味するところを知るのは翌日の夜のことになる。
◆◇◆
翌日の昼休み、今日も今日とてサッカー部の部長は僕をナンパしに来る。
食堂に行こう、サッカー部のことを話したい、もし興味を持ってくれたらうれしい、そういう話だった。
姉様の考えによると、僕は恋のキューピッドになる必要があるらしい。そうである以上僕はこの問題を解決するための材料を集めなければいけない。
その材料とは、つまり情報だ。
だとしたら、今僕がここでするべきことはサッカー部の部長から情報を引き出すことだ、だから。
「で、どうかな千条院、一緒に飯を……」
既に敗北を予感したかのような声で、サッカー部の部長である
「……分かりました。私でいいのなら、ご一緒させてください」
僕が僕の目的のためにそう答えると、柱井先輩が驚きと喜びの混じった表情を浮かべ、周囲が俄かにざわついた。少しだけ胸が痛む。
周囲の反応に逆に驚いてしまう純真無垢な女の子のふりをして僕は慌てたように周囲を見回したけれど、その時に一瞬だけ目があった夏目さんが不安そうな顔をしていたのに気付いた。
後で心配させないように声を掛けておこうかな、と頭の片隅で考えながら、僕は柱井先輩と共に食堂へと向かう。
◆◇◆
事務教員棟の一階にある食堂の入り口近くには購買があって、そこからは上履きを履き替えずに出られるオープンテラスがある、だから晴れた日には学年を問わず少なくない人数の生徒たちがそこで休憩時間を過ごす。今日もそうだった。
そのテラスの脇を通り抜けようとする僕と柱井先輩は、そこで黒ギャルヤンキーと対面してしまった。
「あ……」
と声を漏らしたのは僕ではなく、柱井先輩だった。
「こんにちは、先輩」
僕は状況を混乱させるために、敢えて黒ギャル先輩に挨拶した。黒ギャル先輩からも情報を得るために、というか何かぼろを出してくれないかなと期待して、神経を逆なですることにしたのだ。
仲良くとまではいかなくとも二人横並びで歩いていた僕たちを見て、黒ギャル先輩の表情に怒りの表情が浮かぶ。ただ、その怒りの矛先は僕にではなく柱井先輩の方へと向けられた。
すれ違う瞬間に、黒ギャル先輩が言う。
「……ナンパ野郎。最っ低だな」
その声には僕が思っていた以上の怒りと、そしてきっと悲しみの響きが混ざっている。一方で、たった一言とは言え黒ギャル先輩が柱井先輩に話しかけることのできる関係であることが分かる。
これはきっと収穫だ。
まるで元カレの悪事を糾弾する彼女のような黒ギャル先輩の態度に驚きながら僕が柱井先輩の顔を見上げると、爽やかなはずの彼の笑顔が微かにひきつっていた。
柱井先輩は動揺していて、その理由となる感情が何かを探るうちに、それが不躾な非難に対する怒りではないと気づく。むしろ、そこに滲んでいたのは何らかの罪悪感に近いように思える。
これも収穫かもしれない。
……というかこの二人、お互い変に意識してない?
「……先輩?」
黒ギャルヤンキーが視界の外へと消えてから僕が話しかけると、先輩は僕の存在を思い出したように快活そうな笑みをこちらに向けた。
「……ああ、ごめん。行こうか」
「はい、ところでおススメのメニューって何かありますか?」
「男子だったら部活スペシャルって裏メニューがあるんだが、女子ならそうだな……」
というように僕たちは会話を再開させ、僕はミニ親子丼とミニきつねうどんとサラダのセットを食べながら柱井先輩の話を聞いた。話の内容は本当にサッカー部の話に終始して、色っぽい話は一切なかった。
ちなみに柱井先輩が頼んだ部活スペシャルは運動部に所属する男子限定のメニューで、大盛りのカレーに数種類のフライと握り拳半分くらいの量のポテトサラダとタマゴサラダ、そして千切りのキャベツが盛られたものだった。
……何この大味なメニュー、春日初的食べてみたいランキング暫定一位だ。うわぁい大収穫だぁ! と心の中で万歳しながら、僕は柱井先輩と休憩時間が終わるまでの時間を食堂で過ごした。
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