第11話 怖い黒ギャルヤンキーに絡まれるも血祭の欲求を抑えることに成功する

 来なければいいと思った時は割とすぐに来た。


 具体的に言えば夏目さんにアドバイスを受けた当日の放課後だ。

 今朝も僕をナンパしにきた体操着にビブスを付けた姿の先輩二人が、うちの部活に見学においでよ、と声をかけてきてすげなく袖にした後の事だった。


 話を聞いた限りあの二人はそれぞれサッカー部の部長とバスケ部のレギュラーで、見学に行くとしても僕はどっちに行けばよかったんだろう、なんてことを今、僕は人気のない校舎裏に連れ込まれながら考えていた。


 そもそも行かないんだからどうでもいいかな、という結論にたどり着いた僕の前には、戦装束のように制服を着崩して怖い顔をした五人の先輩たちが逃げ道をふさぐようにして立っている。


 「……何か用ですか、先輩。私この後予定が……」


 「うっせーんだよ! こっちはテメエに用があんだよ」


 そう言って、五人の中心に立つ先輩が凄んでくる。襟元のリボンで分かる、三年生だ。あと鼻息がすごい。

 生徒の自主性の名のもとに染め上げた金髪をショートボブに切りそろえていて、肌を健康的と表現できる範囲で焼いていた。そのせいか手元を飾るネイルアートの色彩が際立つ。

 端的に言うとバッチリメイクを施した金髪黒ギャルヤンキーだったのだけれど、僕は、そのメイク似合わないな、と場違いな感想を抱いていた。

 冴さんから一年間学んだ僕だから分かる。僕の中にしっかりと根を下ろしたメイク心がうずうずしている。きっとこの人に本当に似合うのはもっと自然な……


 「……テメエ話聞いてんのか? 舐めてんのかぁオイ!」


 そう胸倉を掴まれながら怒鳴りつけられて、僕は今絡まれているんだということを意識しなおした。


 「テメエさっきナンパされてたろ?」


 「……ええ、私の意志ではありませんが。それが何か?」


 そう聞き返した僕の言葉なり態度なりが彼女の逆鱗に触れたのだろう、僕は一触即発の怒気と彼女が僕に対してムカついている理由を交えた罵声を、目前の黒ギャルヤンキー一人から数分間浴びることになった。ちなみに取り巻きのギャル先輩たちはその間完全に傍観者を決め込んでいた。


 誰からも手をあげられなかっただけ良かった、と考えながら彼女の発言の内容を整理すると、サッカー部の部長に声を掛けられているのが気にくわない、ということだった。


 数秒で伝えられるはずの内容のために僕の数分間は黒ギャル先輩たちに囲まれて消えたのか、どうしようかなこの状況、少しイラついてきたしやっぱり血祭? と考え始めたところで、近づいてくる足音を聞いた。


 「だから言ってんだろ、テメエいい加減に……」


 「……お、ここにいたのか」


 僕の身体を揺さぶりながら激昂する黒ギャルの言葉が、片桐の登場によって中断させられた。


 どういう近接格闘の暴力の嵐が吹き荒れたのかは知らないけれど、片桐は全国有数の進学校であるこの桜花門高校に転入を果たしていた。三年生だそうだ。


 年上だとは思っていたけれど、生まれ年が少し違うだけでああも理不尽な実力差がつくのかと、僕は毎朝の近接格闘術の訓練での暴虐ぶりを踏まえてぼんやりと考える。


 「片桐?」


 「……なるほど、結様が朝言ってたとおりだな。後で話聞かせろよ」


 その辺で友人にばったり出会った時のように僕は片桐の名を呼んだ。

 片桐は友人同士の話題にただ混ざりたいだけというような口調で僕の言葉に応えるとそのまま取り巻きのギャルたちを無視して黒ギャルに近づいていく。


 「悪ぃ。こいつ俺の妹分なんだが、何かやらかしたか? 話なら聞くぞ」


 主人と護衛兼侍従という二人の関係性を大雑把にぼやかして片桐が黒ギャルに言うと、片桐の体格のせいもあるのだろうか、彼女が一瞬たじろぎ、やがて面倒くさそうに舌打ちした。


 「……ちっ、何かシラケちまった。オイ行くぞテメエら」


 そして黒ギャルはそう言い残し、ヤンキー漫画の敵役のようにガラの悪い態度で取り巻きを引き連れて去っていく。

 僕はその後ろ姿を眺めながら片桐に尋ねた。


 「片桐、今の状況をどう見ますか?」


 「放っておいて変に拗らせると危ないだろうな、さっさとカタをつけるべきなんじゃねえの」


 片桐は、僕が思っていたよりはずっと真剣な口調で妥当な見解を口にする。仕事人モードである。


 「ですか。やはり急いで血ま……いえ、解決を図るしかないですね。ただ私、ヤンキーとの抗争の解決方法は知りませんし……」


 「ま、何とかなるだろ。取り合えず今は家に帰って、考えるのはそれからだ。てかすでに迎えの車二十分待たせっぱなしだぞ」


 「……ごめんなさい」


 僕は頭を下げ、そのまま家に帰ることにした。

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