第二章 クズ系男の娘、はじめての改造と高校デビュー指南

第10話 身内からクズとの評価を頂戴しつつクラスメイトから親切なアドバイスをもらう

 入学から一週間が経過した。


 冬姉との再会に端を発する動揺を引きずって迎えた月曜日の早朝。

 僕は姉様と冴さん、片桐のいる千条院家の屋敷の一室で先週の活動報告を行っていた。


 体験入部を通じて顔を売った、今週も継続予定、学業やクラスメイトとの関係は今のところ問題なし、その間十一通のラブレターと二十人の告白、不特定多数のナンパのお誘いを右から左へと受け流した。要約するとそういう内容である。


 室内は静まり返っている。冴さんと片桐が無表情のまま僕を見ていた。

 そして姉様が重たい口を開く。


 「……恐ろしいくらいに順調ね。ちなみにラブレターには具体的にどう対処したの?」


 「受け取ったものは全てファイリングした上で、宛名が書いていないものは放置、呼び出しについては応じた上で振りました。そうでないものは、ワンチャンあるかもしれないと匂わせる文書を手書きでしたためて相手のロッカーに放り込みました」


 「……私が言い出したことだと分かってるけど、アンタに心を奪われた人間が哀れね」


 「仕方ありません。私は囮としての役目を果たしたまでです。それにみんなが皆、本気というわけでもないようですから」


 三人の視線が、お前は血も涙もないただの改造人間クズだ、と非難しているような気がするけれど、僕は平然と言葉を返した。

 一つだけ言えば、僕のささやかな良心はこの一週間痛みっぱなしである。仮に冬姉から同じ仕打ちを受けたら秒で身投げする自信が僕にはある。


 「……にしても、よくよく考えると私を好きだった男たちを根こそぎ奪われたみたいで何だかモヤつくわね。何かしらこの気持ち……」


 僕を男の娘にして囮に仕立て上げておいて勝手なことを言っている姉様の言葉に僕は何の反応も示さない。


 「……まあいいわ、話は分かったから。でも、一つ気を付けておいたほうがいいわね」


 「何にですか?」


 その時姉様から聞いた答えと同じことを、僕はその日の朝の教室で再び聞かされた。



◆◇◆



 「ここだけの話、気を付けてね千条院さん。なんか先輩たちの怒りを買ってるみたいだよ?」


 そう言って小声で僕にアドバイスをくれたのは同じクラスの夏目文なつめあやさんだった。


 夏目さんは大人っぽい雰囲気を漂わせる明るい美人で、噂に聞く限り何度か男子からの告白を受けているはずだった。

 似た境遇の僕にやさしくしてくれているのかな、いい人だなあ、と僕は思う。


 「……怒り? 何故ですか?」


 「嫉妬……っていうのが、多分実際のとこだけど。千条院さんに告ったりナンパしたりしてる男子を好きな女子達が、結構ヤバイらしいって」


 「ヤバイ……ですか。それってどの位……」


 「文字通りに、血を見るくらい」


 うわぁ……、と僕は思った。


 何でも僕が恨みを買っている女子の中にはこの学校でもっとも恐れられる伝説のギャルヤンキー集団が含まれていて、中でもそのリーダーのサッカーボールを場外へ蹴り飛ばすような一撃は男子すら一撃でKOすると囁かれているらしい。


 何その人、僕サッカーボールにされるの? とわざとらしく怯み始める僕がこの時、思ったことは三つだった。


 ます、女子に手をあげるという罪悪感にさえ目をつぶれば、怖いギャルが何人いようと近接格闘術を仕込まれた僕の相手ではなく、逆に血祭にあげることも出来るだろうということ。

 次に、そういうのってフィクションとかその辺のガラの悪い高校とかの話だと思っていたのに、まさかこの学校にそんな存在がいるなんて……、ということ。

 そして、やばい、面倒くさい、ということ。


 どうすればいいんだろう、仮にも千条院の令嬢が複数の女子を単独でフルボッコってのはやっぱり……、なんて考えていると、僕の沈黙の意味を恐怖だと理解したのだろう夏目さんが僕に優しく言った。


 「……千条院さん、今朝も昇降口でナンパされてたでしょ? なるべく一人ではいないほうがいいよ、私でよければ一緒にいてあげるから」


 「ありがとうございます、夏目さん」


 僕が小声でお礼を言うと、夏目さんはウインクをして陽キャグループの会話の輪に混じっていく。

 僕は少しだけ夏目さんへの認識を改めた。


 きっと夏目さんは、すごくいい人だ。

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