第7話 男の娘は可憐に睥睨する

 春日初改造計画の最終試験にてセレブの殿方たちをひとしきり蹂躙してから一週間後、僕は入学式初日の朝を迎えた。


 気持ちタイト目のシルエットの紺色のブレザーにグレーのスカート、襟元には学年色であるローズピンクのリボン。胸元を西洋の貴族家の家紋のような意匠のワッペンが飾っている。

 そんな真新しい制服に身を包み、姉の囮を兼ねた僕、千条院初の高校生活がスタートする、そういう朝。


 生徒会長を務める制服姿の姉様は、手早く朝食を腹に収めた後で、


 「第一印象が肝心よ。壇上で全男子を、いいえ、会場に居合わせた人間全員まとめて魅了してきなさい」


 という檄を残し僕より先に学校へ向かっていた。

 僕はメンタルよわよわの姉様に生徒会長が務まるのだろうかとぼんやりと思う。


 その後ハイ〇ースではない黒塗りの高級車に乗って、運ばれること十分弱。

 僕は高校というよりは新設されたコンパクトな大学のキャンパスを思わせるような学校の校門前に降り立つ。


 私立桜花門おうかもん高校。合格偏差値が70に迫る全国有数の進学校である。校名の由来にもなっている桜の花びらが高校生活の門出を飾り立てるように春風に舞っている。


 入学式のプログラムを受け取り、新入生挨拶についての簡単なレクチャーを受け、教室に自分の荷物を置いた後、入学式会場の所定の席に座る。


 僕の出番は校長や来賓、在校生代表である生徒会長の式辞や挨拶の後だった。その後は校歌を斉唱して終了なので、実質的にトリである。


 僕はスポーツドリンクを水で割ったような味気ない滋養を含んだ大人たちの挨拶と緩慢な拍手の連続を聞き流しつつ、壇上に立った姉様の姿が想像以上に華やかで凛々しいことに驚きつつその時を待ち――


 ――新入生代表挨拶。


 来た。僕はゆったりとした所作で立ち上がり、そのまま壇上へと向かう。


 あらかじめ考えていたことは、最高のあいさつをするべきではない、ということだった。


 重要なことは僕の話を聞いた誰かがその内容に感銘を受けて何らかの指針とするような素晴らしい挨拶をすることではない。何より大事なのはこの学校に千条院初という人物がやってきたと知らしめることだった。


 僕はその意識を胸に壇上に立ち、全校生徒を可憐に睥睨する。


 その視線から男子生徒の高い注目を集めていることは理解できた。けれどそれ以外の人物にとって、壇上の新入生はたまたまそこにいるだけの見た目の整った誰かでしかない、という事もまた明白だった。

 だからこそ、僕は敢えて挨拶の内容を常識的な範囲を出ない穏当さに収めると同時に、僕が眼前の聴衆に対してどう振る舞うのかを見てもらうことに全力を注ぐことにした。


 重要なのは話の内容ではなく伝え方だった。


 愛嬌は控えめに、理知的な側面を表に出す。声量や声音の高低、抑揚、緩急、それに合わせたさりげないボディーランゲージと自身の表情の変化を適切に制御する。


 触れている話題と各人の千条院初への注目度を把握しつつ、どこに自分の視線を置くのが最も有効かを間断なく判断して、僕は効果的な座標へと自分の視線を放り込む。


 せわしなく盤上の色を染め変えていくリバーシの石のように、僕は千条院初という存在を見る者の印象の中に配置していく。


 その間ずっと意識していたことは、この挨拶の終着点だった。具体的に言えば最終的に送られる拍手の音量だ。


 狙いは一つ、姉様が浴びた拍手に迫りつつも及ばない、という水準。


 この場に居合わせた教員や先輩への感謝、この学校に入学出来たことに対する無難な思い入れ、新入生同士の結束を高めようと暗に告げるエピソード、そして参列する父兄への感謝と健気な願いごと。


 用意したありがちなスピーチ文章をつつがなく吐き出し、最後に聴衆への感謝を込めた節度ある微笑を添えて僕はお辞儀をする。

 そして、身を起こした僕は思った。


 ……そうそう、こういうの待ってた、と。


 方向による音圧のムラがない、均整の取れた拍手が僕に送られている。

 しかも、その音量は姉様のそれに対して明らかに劣りはするものの校長や地元の議員程度は余裕で蹴散らしている、というレベルだ。


 一言でいえば、目標達成である。


 僕は内心にこみ上げる達成感を表には出さずに、微かな緊張と安堵を表現して自分の席へと戻っていく。

 その後、先輩たちが歌う校歌に無音の口パクで追従すると、僕の入学式は終わった。



◆◇◆



 教室に戻ると、ロングホームルームが始まった。

 内容は担任教師とクラスメイトの自己紹介、そして諸々の連絡事項の説明だった。


 担任は自身の長所と露骨な好感度稼ぎとしての趣味の紹介、そして申し訳程度の親しみやすさをアピールした。


 クラスメイト達には変に拗らせた自己顕示欲を抱えた人物はいないらしく、一種の予定調和のように、全員が親しみやすさと自分自身の興味や関心、抱負を控えめに表現することに終始していた。

 僕もその流れに乗って、たまたま同じクラスで一年間を共にすることになった普通の少女を演じつつ自己紹介を終える。


 本格的な授業の開始は明日から、今日の下校時から部活の勧誘が始まり、以後二週間が体験入部期間、それを除く四月一杯が仮入部期間であることを担任から伝えられると終業のチャイムが鳴った。


 担任が去ってしまえばあとは自由時間である。


 何が行われるかと言えば、LINESをはじめとしたSNSのアカウント交換だ。

 怒涛のような会話とアカウント交換が教室中で繰り返される。

 やがてクラスメイトの九割を網羅したグループや各々の趣味や出身校を反映した小さなグループがSNS上に出来上がる。

 千条院初のアカウントもそれらのうちのいくつかに登録されていた。

 クラスのグループに入っていない残り一割も、グループに参加しなくとも誰かしらとアカウントの交換は行っているようだった。


 きっと他のクラスも似たようなものなのだろう、よくある光景である。

 その流れで誰かが言い出す。


 「とりま今からカラオケ行かね? クラスの親睦会兼ねて」


 いーねー、みたいな賛意の声を皆があげる。


 「ねー、千条院さんも行こうよ!」


 とクラスメイトが誘ってくれたけれど、僕はそれを断ることになっている。


 「おまたせ、初。私についてきなさい!」


 予定通りに姉様の声がかかる。あらかじめ、姉様に呼び出されることが決まっていたのだ。


 「はい姉様。その、申し訳ありません……次はぜひご一緒させてください」


 「おっけー! じゃあまた誘うね」


 「じゃーなー、また明日ー!」


 そんなやり取りを経て僕は姉様の後をついていく。向かう先は生徒会室だ。

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