第108話 待たせていなかった


 ついこの日が来てしまった。


 今日私は結婚させられてしまう。

 あれから毎夜彼の方を待っていたが、私を連れ出しに来てはくれなかった。

 なら、こちらから会いに行こうかとも考えたが教会内には敵が多すぎる。

 反抗したらその反動でどんな酷いことをさせられるか分からない。


 これ以上体を汚されないためには大人しくしていた方がいいと思った。

 魔王様のことを考えている間だけは心が軽くなる気がした。

 食事の時、魔王様はどんな料理が好きなんでしょう?

 本を読む時、魔王様はどんな本が好きなんでしょう?

 入浴する時、魔王様と一緒に入る時はどうしよう?

 寝る時、魔王様と並んで寝る時はどうしよう?

 もし体を重ねる時はどうしよう?

 何をしたら喜んでくれるでしょう?


 一人でいる時に紅茶を飲みながら魔王様が前にいると思って話しかけているのは予想より楽しめた。

 警護兼見張りの女性祓魔師が入ってきた時の気まずい空気は忘れない。


 だから空席に木造の人形を置くようにした。

 そうしたら女性祓魔師に見られても気まずい空気にはならずにすんだ。

 

 しかし、人形の顔は魔王様とは似ていなかった。

 彫刻の技術などないし魔法は回復魔法しか使えない。

 しょうがなく髪に似顔絵を描いてそれを人形の顔に貼ることにした。

 最初は全然上手く描けなかったが、何十回も描き直してようやく納得のいくものが完成した。

 魔王様の顔を描いている時間はかなり楽しかった。

 本当は等身大の人形かぬいぐるみを作りたかったが、材料も技術もなくて諦めるしかなかった。

 

 それも今日をもってただの夢に終わってしまう。


「聖女様、時間になりましたので移動をお願いします」


「わかりました」


 今日のために用意された純白のドレス。

 綺麗だとは思うが、着ていて全く嬉しくなかった。

 これが真っ黒なドレスで魔王様に嫁ぐ前だったらどんなに良かったか。


 前を歩くシスターに着いて行くが、足取りが重い。

 行きたくないという思いからシスターとの距離が開いてしまう。


「大丈夫ですか?」


「あ、えっ……すみません。こういう服は着慣れていないもので」


「すみません。配慮が足りませんでした」


 シスターは頭を下げると今度は隣を歩いて速度を合わせてくれた。

 本当の気持ちなんて打ち明けるわけにはいかない。

 そうしたらあの勇者がどんなことをするか。

 逃げ出したいが、他のシスターや教会で保護している身寄りのない子供達がどうなるか分からない。


 彼らに迷惑を掛けたくないという気持ちもあって、自分がどうしたらいいのか分からなかった。


 でも私の悩みなど魔王様なら全てを解決してくれると信じています。

 だから早く来て下さい。


「失礼します。聖女ハルカ様を連れて参りました」


 シスターがドアをノックして開けると純白の正装を着たスリーフがいた。

 

「おぉ!綺麗だよハルカ!」


 スリーフは手を広げて私の肩を抱いてきた。

 気持ち悪くてすぐに手を払いたい衝動に駆られるが我慢する。


「スリーフ様によくお似合いです」


 これは本当のことだ。

 勇者に相応しい白でよく似合っていた。

 これで私の好きな黒でなくて本当によかった。


「そうだろう。この日のために特注で作らせたんだ」


 さぁ行こう!っとスリーフは肘を突き出してきた。

 私は嫌々そこに手を乗せた。

 自分から汚物に手を触れさせられるなんて最悪だ。

 魔王様の汚物でしたら喜んで手を触れさせてもらうのに。

 魔王様に汚物なんて呼べるものはないんですけど。


 スリーフに連れられて教会の広場へと向かった。

 そこには私達を歓迎するための人達が集められていた。

 まだテラスに出ていないのに騒がしい声が聞こえてきていた。


「僕の結婚式なんだから騒いでしまうのはしょうがないけどもう少し静かにして欲しいね」


「そうですね」


 どうせなら、あなたが一生静かにして動かなければいいのに。


 私達がテラスに出て姿を見せるが、眼下の人達はこちらのことよりも大きな問題が起こってしまっているようだ。


 いったい何が起こっているのでしょう?


 隣のスリーフは不機嫌そうだ。

 多分、自分が姿を現したのに注目されていないのが気に食わないのでしょう。


「スリーフ様!大変です!」


「なんだ⁉︎」


「西側からの海から大量の魔物が押し寄せて来ています!その数千匹以上」


「せん……だと……?」


「既にいくつかの村や街がやられています。我々の力だけでは対抗出来ません。どうか勇者様のお力で魔物を退けて下さい!」


 どうしてこんな時にと思っている人が多いでしょうが、私には都合が良かった。

 このままこの勇者のモノになるぐらいなら死んだ方がましだ。

 でも死んだら魔王様に会うことが出来ない。

 勇者が戦っている間にどうにかして逃げなくては。


「ハルカ、こうなったら仕方ない」


「どうぞ私のことは気にせずに行ってください」


「いや、そうはいかない」

 

 もしかして私も連れて行くつもりなのでしょうか?

 戦闘には回復役が必要ですが、私は戦闘能力は全くないのです。

 一人で行って死んできて欲しいです。


「みんなを囮にして二人で逃げよう」


 想像以上の最低の選択に私は言葉が出なかった。


「スリーフ様……聖女様を安全な場所まで逃した後に戻って来てくださるんですよね?」


 報告しにきた祓魔師が恐る恐る聞いた。


「何を言っているんだ!千匹以上の魔物となんて戦ったら僕でも死んでしまうだろ!ふざけるな!」


「でしたら、私達は……」


「一番大事なのは僕とハルカの命だ!お前たちは僕たちを逃がすために死ぬまで戦って時間を稼げばいいんだ!」


 バチッ!


 私は気がついたら勇者の頬を叩いていた。


「何をするんだハルカ!」


「あなたは勇者なのでしょ!物語のように多くの人のために命を掛けて戦うんじゃないですか⁉︎」


「あんなのはただの夢物語だ!そこら辺の命より勇者である僕の命の方が大事に決まっているだろ」


「あなたは勇者なんかじゃない!ただの我儘な子供よ!」


「勇者である僕にむかって……よくも顔をブったな……父上にだって殴られたことないのに!」


 スリーフは顔が真っ赤に見えるほど怒りに震えていた。


「だったら……聖女であるお前も民衆のためにその体を捧げてみろ!」


 スリーフが飛びかかって来た。


 私の肩から純白のドレスを破って下着が露わになった。


 きゃぁ!という叫び声をあげて両手で服を抑えた。


「何をするんですか⁉︎」


「来い!僕に逆らったらどうなるか思い知れ!」


 スリーフ私の手を掴んでテラスの先ギリギリまで連れてくると、両手を後ろで掴まれて上半身だけを空中に出される形にさせられた。


「みんなよく聞け!こらから魔物が攻めてくるが、勇気を持って戦おうとする者には聖女がその体を使って祝福を授けてくれるぞ!」


 眼下のいる人達は全員こっちを注目した。

 スリーフに乱暴されたせいで片方の乳房が露わになってしまった。

 またこんな大勢に見られてしまった。

 私は目を閉じて顔を伏せた。

 自分を見る人達をこれ以上見たくなかった。


「聖女を今から連れて行く祝福が欲しい奴等は武器を持って待っていろ!」


 民衆は騒ぎは更に大きくなった。

 家に武器を取りに行く人、家族を連れて逃げる人、どっちにすればいいか混乱する人、様々だった。


「さぁ行くぞ。聖女なんだら命を掛けて戦う平民を祝福してやれ」


 ハルカの返事を聞かずにスリーフは無理矢理連れて行く。


 ハルカはもう死にたいと思った。

 魔王様のためのモノがどんどん汚されて行く。

 瞳からは光が消えて虚になっていた。

 

「随分と面白いことになっているな」


 スリーフがテラスのドアに手を掛けたところで後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。


 ずっと待っていた声だ。

 ハルカの瞳に光が戻ってきた。


「誰だお前は⁉︎」


 スリーフが振り返って叫んだ。

 つられてハルカも振り返りその姿を確認した。


 涙が出てきた。

 ずっと待っていた人が今目の前にいる。

 やっと迎えにきてくれたんだと歓喜に震えた。


「正義の味方、魔王様だ」


「魔王様だと⁉︎」

「魔王様!」 


 ハルカは今すぐにでも抱きつきたかったが、スリーフに拘束されていて動けなかった。


「やっと……お会いできました。魔王様のモノである私を迎えにきてくださったんですね」


「お前が俺のモノなわけないだろ」


「…………え⁉︎」

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