第105話 反抗


「死んでください」


 フィーアが俺の左胸に向かってドライから借りた短刀を突き刺して来た。


 完全に油断していた俺は防御することが出来ず、刺されてしまった。

 ドライの短刀はオーストセレス王国で有名な鍛治師が打ったものだ。

 材料はタール村に来たケンタウロスの魔物を材料にしていた。 

 あのケンタウロスはレベルが高くその材料で作った短刀であれば俺の皮膚を貫くことも出来てしまう。


 俺は咄嗟に自縛覚悟で下級火魔法を放ち、爆発を利用して無理矢理距離を取った。


 フィーアも俺も爆発の影響で全身に火傷を負ってかなりダメージがあるはずだが、それでも戦う意志は全く消えていなかった。


 俺は刺された胸の痛みもあって上手く受け身が取れなくて地面を転がった。

 左胸から血が大量に流れる。

 心臓にはギリギリ届いていないがこのままでは死んでしまうだろう。

 俺は急いで光魔法で回復しようとするが、フィーアが得意の糸を使って俺の動きを封じようとしてきた。


 フィーアの糸は武器用の軽い『柔糸』と重くワイヤーのような強度のある『鋼糸』の二種類に左右で上手く扱っていた。

 

「フィーア!」


 アインスが強い殺気を放ちながら魔槍を振るい、俺とフィーアに間に入った。

 ドライも大楯を持って間に入った。


「え⁉︎……あの……これは?」


「なに?……いまのおと?」


 爆発の音で寝ていたツヴァイが起きた。

 

「ツヴァイ!早くご主人様を治療しなさい!」


「ゼ、ゼント様!」


「な、なにがおこってるの?」


「あなたは邪魔です。隠れてなさい!」


 ツヴァイが俺の胸から流れる血を見て急いで駆ける。

 反対は魔人少女は洞窟の奥へと走った。


「私が前に出てフィーアを殺ります。ドライはその命を盾にしてでも必ずご主人様を守るのです」


「ドライもフィーア食べる」


「いえ、あなたではフィーアに勝てません。私がやります。いいですね」


「……わかった」


 ドライの大楯ではフィーアの糸では相性が悪い。

 模擬戦だとドライはフィーアに一度も買ったことがない。


「余所見とは余裕ですわね」


 フィーアがアインスの四方八方から糸絡め取ろうとするが、何度も訓練した相手だけあってアインスは魔槍を振るって抜け出し、フィーアを突くがフィーアも何度も見た動きに当たることはなく、距離を取る。


 だが、アインスは様子見などせず、すぐに接近する。


「どいて……私は魔王様を殺さなくちゃいけないの」


「貴方は自分がご主人様からどんな恩を受けて奴隷になることが出来たかを忘れたのですか?」


「魔王様は死ななくてはならないわ」


「忠誠心も何も無くしたということですね……ならば同じ奴隷として私が殺してあげましょう」


「魔王様の死を邪魔するなら皆さんも一緒に殺してあげるわ」


「魔王様が死ぬときは私達も死ぬときです!」


 一進一退の攻防が続いた。

 一分経った時、その戦いに終止符が打たれる。


「よくやったアインス」


 俺は魔剣でフィーアの糸を切り裂いた。

 フィーアはすぐに変わりの糸を出そうとするが、反撃のすきなど与えない。


「終わりだ、ロックブラスト!」


 直径一メートル程の大岩を魔法で作り出して放った。


 これは鋼糸でも防げない。

 強度も抜群なため切り裂くなんてことも出来ない。

 

 フィーアは体を大きく動かしてなんとか左方向に回避した。


 しかし、


「逃げられると思うな」


 俺は至近距離でロックブラストを放った。

 これなら俺が爆風などでダメージを負うことはない。

 相手のみをダウンさせることが出来る。

 気を失っただろうから、起き上がってこないだろう。

 

「ありがとうございますご主人様。トドメはお任せ下さい。奴隷の罪はこのご主人様の一番の奴隷であるアインスがけじめをつけます」


 アインスは魔槍をフィーアの首に向けた。


「やめろ」


「ですが!こいつはご主人様のお命を狙ったのです!それは万死に値します!」


 アインスはヤヨイの時以上に怒りに震えていた。

 

「お前もフィーアの忠誠心は知っているだろう。通常の状態ならあり得ないことだ。おそらくだが何らか精神攻撃を受けたのだろう。それを解明しないと次はお前がこうなってしまうかもしれないんだ」


「それでも……」


「命令だ!大人しくしていろ」


「…………はい」


 アインスは魔槍を下げて洞窟内に戻った。

 返事はしたが、納得はしてないようだ。


「フィーア、だいじょうぶ?」


「大丈夫だ。必ず治す」


 俺は上級光魔法『エキサイトリカバリー』を使った。


 この魔法はあらゆる状態異常な治すことが出来る魔法だ。

 ただ、状態異常をかけた術者または魔物が俺よりレベルが高い場合は治すことが出来ない。


 俺には関係ない。

 おそらく魔法をかけたのは教会関係者だろう。

 あの中に俺よりも高いレベルの気配は感じなかった。

 だから必ず治る筈だ。


 魔法が終了した。

 完治したんだろう。


「ツヴァイとドライはフィーアの治療をした後、念のために魔法をかける前に縛っておけ」


「「かしこまりました」」


 俺はアインスの元へ向かった。


「フィーアが許せないか?」


「フィーアの忠誠心は知っています。何か原因があるのだろうと理解はしています。ですが!ご主人様のお命を狙ったことは絶対に許されることではありません!」


「その通りだ。お前は絶対に許すな。仲間を殺せる存在といのは絶対に必要だ。俺はお前ならそれが出来ると信じている」


「ご主人様……」


「お前は俺の一番の奴隷だからな」


「はい!私の全てはご主人様のモノです!ご主人様の望みであれば誰であろうと私の槍で貫いてみせます!」


「だが今回の場合は特例だ。もしフィーアの他に敵がいてフィーアを救う余裕がなかったら殺していたかもしれない。その時は頼むぞ」


「かしこまりました。ですが、一つよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「これは私だけでなくフィーアも含めた奴隷全員が思っていることです」


 アインスは少しためて想像だにしなかったことを告げた。


「死ぬときはご主人様の手で殺されることが至高の死です」

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