第103話 選択肢


 その可能性は考えていた。

 俺以外にも転生者はいるんじゃないかとは思っていた。

 だが、それがまさか彼女だとは予想外だった。


 だったらなんで女神は教えてくれなかったんだ。

 わざと隠したのか、それとも俺が転生すると決めた後に決まったことなのか。

 真実は分からない。

 確かなのは目の前にいる彼女が前世で俺が命懸けで助けようとした人だってことだ。


「…………」


「…………」


 何を話せばいいんだろう。

 これが知らない人だったらどれだけよかったか。

 攫うのも襲うのも躊躇われた。

 前世の自分を知っている人と対峙するのがこんなにも混乱するなんて考えもしなかった。



「あの……青島さんはこんな夜中にどうして私の部屋に来たんですか?」


 夜中に女の部屋に侵入したら警戒されて当然か。 


 なんて答えよう。

 いつもだったら「お前を貰いに来た」って言うところだが、この人には言いたくなかった。


 俺がなんて答えようか迷っているとバンッとおもいっきりドアが開いた。


「失礼します!教会の教会内部に侵入者が現れました!」


 ドアを開けたのは五十センチ程の杖を持ったシスターだった。

 女性寮の護衛祓魔師か。


「誰だ貴様!聖女様、私の後ろへお下がりください」


 女祓魔師は俺と成宮さんの間に入って杖を構えた。


「少しでもおかしな動きをしたら攻撃しますよ」


「あの……彼は……」


「……今日はただ挨拶に来ただけです。特に危害を加えるつもりはありません」


 俺は女祓魔師を無視して成宮さんと話す。


「俺はただ聖女と呼ばれる人がどんな人か気になってつい……」


「嘘をつくなこの族め!どうせ聖女様を攫いにでも来たんだろう!」


 こいつ邪魔だな。

 いつもだったらとっとと静かにしてもらうんだがな。

 成宮さんの前ではそれは出来なかった。

 いや、したくなかった。


 さて、どつやったら警戒を解いてもらえるか考えていたら、ドンッと俺の後ろから音がした。


 フィーアがベランダに着地して窓を思いっきり開けた。


「すみません魔王様!見つかってしまいました。祓魔師が集まって来ています。今夜は早急に退散すべきです」


「魔王⁉︎」


 成宮さんが驚きの声を上げた。

 女祓魔師は下級風魔法で攻撃してきた。

 そんなものが俺に効くわけがない。

 俺は素手で簡単に薙ぎ払った。


「そうだ、俺が魔王だ。俺と一緒に来い成宮遥。そうしたらお前は……」


 俺は成宮へ手を伸ばすが女祓魔師がそれ以上近付かせないと魔法攻撃をしてくるが、俺には効かない。


「早く決めろ。お前はどうなりたい?」


 聖女ハルカは混乱していた。

 命懸けで自分の命を助けてくれた人が魔王だった。

 大司教達から魔王はオーストセレス王国の街や村を滅ぼしていき、王都まで占領した最大の害悪だと。


 その手を取れば自分の悪の道を進む事になる。

 そうなれば身寄りのないあの子供達がどうなるか。

 村や街を襲うことに加担させられてしまう。

 前世の青島のように自分を犠牲にして人を助けたいと思っていたのにこんなことになるなんて。


 成宮は目の前の魔王と呼ばれた男の目を見た。

 それは前世で死ぬ間際に見た目とはかけ離れていた。

 恐怖で距離を取るように数歩後ろに下がった。


「そうですか、それが成宮さんの答えですか」


 俺はフィーアを抱えて空へ飛んだ。

 魔王と名乗っているんだから嫌われたり、恐怖の対象となるのは当然だ。

 分かっていたことだ、

 だけど、成宮さんに嫌われたと思うと少し悲しい気分になった。


 聖女なんだから魔王側につくことはない、当たり前のことだ。

 それでも、彼女なら俺の味方になってくれるかもしれないと手を伸ばしたが拒否された。


 やるせないモヤモヤした気持ちのまま、俺はアインス達が待つ森の奥にある洞窟へ向かった。

 門番には金を渡して話をつけているから、問題なく通れた。

 もし祓魔師の連中が先回りしていたら殺して通っていた。

 そうしてたら、ほんのちょっとは気持ちが晴れていたかもな。


 洞窟の近くではアインスとドライが出迎えてくれた。


「おかえりなさい!」


「お帰りなさいませご主人様……聖女と一緒では無かったのですか?」



「ちょっとトラブルがあってな。それにあの聖女を奴隷にするのはやめた」


「ご主人様の目に叶う人物ではなかったと?」 


「いや、最高だったさ。だが……だからこそあの人は俺とはもう相容れないのかもな」


 アインスはいつもと様子が違う俺の態度に戸惑っているようだ。

 俺だってこんなこの世界に来て、初めて味わう気持ちにどうしたらいいか分からなかった。


 取り敢えず、目の前のモノ達で少しでも心を癒しておかないといつまでも引きづりそうだ。


「ツヴァイは寝てるのか?」


「はい。起こしますか?」


「いい。それよりアインス今夜は俺の相手をしろ」


「はい!ありがとうございます!」


「フィーアも来い」


「…………」


「どうした?」


 フィーアは俯いたまま返事がなかった。

 自分の失敗を気にしているのか?


「ご主人様からの命令ですよ。早くしたくをしなさい!」


 アインスが返事をしないフィーアを怒鳴るが、それでも何の反応も見せない。

 明らかに変だ。


「あ、すみません……すぐに準備します。それとドライちょっと剣を貸してもらえるかしら」


「いいけど……」


 ドライは腰に刺してある短刀をフィーアに渡した。

 まさか自害するつもりじゃないだろうが、それは命令で禁止させている。

 好きにさせるか。


「フィーアはそんな気分じゃないようだな。アインスだけ着いて来い。今日は優しくできないから覚悟しろよ」


「は、はい。全力でご主人様に奉仕させてもらいます」


 俺はアインスの肩を抱いたまま歩き出した。


「魔王様……すみません。お願いしたいことが……あります」


 喋り方が何か変だな。


「ん、なん……」


 振りかえるとフィーアが俺の胸に短刀を突き刺してきた。


「死んでください」

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