第102話 邂逅


 教会敷地内への侵入は驚くほど簡単だった。

 「こんなところに来る奴なんているわけない」と愚痴っていた見張りの祓魔師達が喋っていて、警戒は見た目だけで気持ち的にはすごく油断していた。


「予定通りここで別れる。俺は聖女の方へ向かう。お前は大司祭達の方へ行け」


「かしこまりました」


「気をつけて行け、無理だと思ったらすぐに戻れ」


「ありがとうございます」


 フィーアが闇の中に消えてパーティー会場へ向かった。

 俺への労いの言葉がないのは、「気をつけて」という言葉が失礼に値するからだ。


 今の俺ならどんなに劣勢に見える状況でも簡単にひっくり返せることが出来ると思っている。

 キサラギとヤヨイの話だと勇者の男がいる可能性があるが、隷婢達とレベルが同じなら全く問題にならない。


 俺はシスターから聞いてフィーアが作成した聖女の私室への案内図を広げた。


 あっちに正門があるから……ひとつ……ふたつ……。

 俺は建物の数を数えて女性用寮を見つけた。


 光ってる部屋は一階に二つ、三階に二つ、最上階の四階に一つだ。


 案内図のメモ書きによると聖女がいる部屋は最上階の一番端だ。


 つまり四階に一つだけ光っているあの部屋が聖女がいる部屋だ。

 もし違ったら中にいる奴を脅して聞き出せばいい。

 俺の作戦には何も問題はない。


 俺は助走をつけてジャンプした。

 二階のベランダの端から三段飛びの勢いで、目的の部屋のベランダに着地した。


 光魔法で飛ぶとその光で誰かに怪しまれるかもしれないからな。

 漫画の見様見真似だが上手くいった。


 窓に手を掛けると鍵は空いていた。

 不用心なのは好都合だった。


 中には腰まで伸びる艶やかな黒髪のシスターがいた。

 背中を向けているので顔は分からない。


 シスターはビクンッと驚いてこちらに振り返った。




 その顔には見覚えがあった。

 前世で死ぬ直前まで見ていた顔だ。

 忘れるはずがない。



 綺麗というよりは少し幼さを思わせる可愛い感じに整った顔立ち。

 おっとりとした目は優しさもあるが、どこか抜けていて弱そうだ。

 首筋辺りまで伸びた艶やかな黒髪。

 シスター服という体のラインが出にくい服の上からも分かる程の豊満と言っていい胸部は世の男性の目を惹きつける。


「そんな……え?……あおしまさん⁉︎」


「な……なるみやさん」


 命を掛けて助けたと思ったが、女神から死んだと聞かされていた彼女が目の前にいる。

 想像だにしなかった出来事に驚きを隠せなかった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 成宮遥の人生は恵まれた故に不幸を呼んでいた。

 父親は重役の会社員、母親は大学の助教授と裕福な家庭だった。

 容姿にも恵まれ、母親譲りの艶のある黒髪、第一次成長期にはクラスどころか学年で一番胸部が発育していた。 

 お気に入りのワンピースがキツくなったことで、自分の体が女として機能し始めているということに気付いた。 


 ティーン用のスポーツブラでは乳房が収まりきらなくて、母親にワイヤー入りのブラを買ってもらった。およそ小学生にふさわしいデザインとはいえなくて、体育の授業がある日はそのことでよくからかわれたりもした。


 体育の先生にブラを外して運動をしろと言われて、言う通りしたら胸が揺れて痛くなったり男子の視線が痛かったりした

 翌年その先生は転任していなくなった。

 新しく女性教師が体育の担当になって安心したかと思ったが、準備運動では前に立たさらたり、組体操ではただ一人男子と組まされたりと、何が気に障ったのかが分からないが目の敵にされてしまった。


 中学生になってからの不幸はさらに深くなった。

 身体は女性らしくメリハリが出てきて、毎日のように周りにいる思春期の男子からイヤらしい視線を浴びるようなった。中学一年生では電車で初めての痴漢を体験した。満員電車に揺られながら小説を読んでいた遥の胸を背後から大きな手が襲った。

 叫ぶ事も出来ず降りる駅までじっと耐える事しか出来なかった。

 それが原因で軽度の男性恐怖症となってしまった。


 高校生になれば、その容姿の美しさに磨きがかかり、言い寄って来る男子が多くなった。

 女子校に入学をしたが、ナンパなど学校を離れれば男には嫌でも遭遇してしまう。

 話しかけて来る殆どの男性は制服の上から嫌でも目立つ女子高生の平均を大きく超えた胸の膨らみなどの体目当てだ。


 

 近くの男子校野球部やサッカー部など、運動部のエース達もことごとく撃沈した。

 好きな人もいないのに全員の告白を断わるというのは周りから良く映らなかった。


 それが女子達には悪く見えて、遥は孤立して行った。

 誰か一人と付き合っていたら状況は変わっていたかもしれないが、遥にその気は全く無かった。



 進学先は母親が勤める大学とは別の女子大にして安全かと思われたがそうではなかった。

 新入生向けのオリエンテーションで小学生ぶりに友達と呼べる人が出来た。

 彼女の名前は『案田 麗』という。

 麗は活発な人物だが、読書好きということもあって遥とは話が合った。


 遥はサークルに入るつもりはなかったが、麗に誘われて天文サークルに参加した。

 星に興味があったわけではなく、麗に嫌われたくないと思いから入った。

 この選択が大きな不幸を呼ぶ事になった。


 天文サークルの新入生歓迎会が開かれ、お酒を勧める先輩達だが未成年の遥は断っていたが、麗は勧められるままにお酒を飲んだ。

 遥は麗から一緒に飲もうと誘われて仕方なく一杯だけ飲んだ。

 そらから意識が朦朧とし始めて気分が悪いと帰ろうと思ったが体の力が段々抜けていって遥は眠ってしまった。

 その時は世の中には酒が一滴も飲めない人がいて、自分がそれだったんだと思うだけだった。


 どれくらい時間が経ったのか分からないが、遥が目覚めるたのは何処かの部屋だった。

 見覚えのない天井、周りに何人かいて何かを話していた。


「あ、おはよう。やっと目覚めたんだね」


「これからはちゃんと声が聞こえるな」


「寝てる顔も良かったけど、やっぱ起きてる方がいいよな」


「ちゃんと口や手を動かすして欲しいしろよ」


「あっちの子はもう壊れちゃったみたいだから、君は粘ってよ」


 まだ頭の中がボヤけていて男達の言葉をちゃんと理解出来なかった。

 体を起き上がらせようとしたが、近くにいた男に胸を鷲掴まれながら倒された。


 そこからは遥にとって地獄の時間だった。

 男達は遥を性処理専用玩具のように遥の感情を無視して各々の楽しみ方をした。

 その時の記憶は忘れたいと思っていても、思い出してしまう。

 「早く終わって欲しい」「何で私が……」など思っていたが、もしかしたら別の言葉を口に出していたかもしれない。

 手や足など考えとは別に体が勝手に動いていたかもしれなかった。

 自分で自分のことが分からなくなった。


 夜が明けるまで男達の楽しみは続き、遥の目は虚でぐったりとしていた。

 意識がはっきりしたのは昼頃で同じめにあった麗に起こされてからだ。


 丁度部屋に男達はいなく、急いで服を着て外に出た。

 男達に汚された服など着たくはなかったが、裸で外に出るわけにいかない。

 やっとの思いで家に着くと迎えた母親が遥の様子を察知してシャワーを浴びて寝るように言ってくれた。

 遥は言う通りにして自分のベッドで寝ようとするが昨夜のことがフラッシュバックして中々寝付けなかった。

 だが、疲れもあって眠ることが出来た。


 その夜、早めに帰って来た父親と母親に自分がされたことを話した。

 そこからは父親と母親が最大限に使える金やコネなどの力を使って男達に粛正した。


 男達が罪を償うことになっても遥の心が回復することには繋がらなかった。

 撮影されたデータが消去されたことで出回ることはなくなったと安心することが出来た。


 遥は一年間大学を休学して復学したが、麗は大学を辞めて精神科医に通いながらアルバイトをしていた。

 その後の学生生活はなるべく人と関わることを避けて高校時代と同じく寂しく一人で過ごした。


 就職した会社は父親のコネを使って入った会社だ。

 本当は自分の力で就職活動するべきなんだが、過去の事もあって父親が自分の息のかかる場所に置きたいということで父親が勤める会社の子会社へと入社した。

 父親の希望としては最初から本社勤務にしたかったが、会社の方針でそれは出来なかった。

 最初の一年は子会社で働かせなくてはいけなかった。


 父親の勧めた会社だから大丈夫だと思ったが、遥の不幸な人生がこんなことで覆ることはなかった。


 遥の上司はセクハラの絶えない人だった。

 最初はお茶汲みや書類の整理など雑用を頼む程度だった。

 視線は遥の顔ではなく体の方に向けられていた。

 見られるだけならまだましだったが、そのうちボディタッチが増えてきた。

 肩やお尻など毎日に触られた。

 普通ならセクハラだと訴えていたところだが、父親に迷惑を掛けたくない、一年耐えれば大丈夫だと自分に言い聞かせて辛い毎日を送った。


 ある日の夜、上司と一緒に大口の取引先との接待で居酒屋に行った。

 取引先の相手は二名で最初はお酌したり、軽く会話をする程度だった。

 二件目でスナックに行った時に事件は起こった。

 店の特別な時にしか使われないという地下一階の個室に案内された。

 ただのカラオケルームのようだったが、部屋に入ると背中から抱きしめられた。

 遥が「はなしてください!」と言っても手がどくわけがなかった。


「ここは完全防音になっていて外に声は絶対届かないよ」


「これを見ろ」


 上司は顔に似合わない口調だったが、取引先の上司の方は怒っていた。


 上司がスマホで見せたのは、遥が大学時代に強姦されている時の映像だった。


「え⁉︎……なんで……」


 両親から犯人達が持っていた映像は全部消去したと聞いて安心していたが、今の情報社会で映像が完全に無くなるなんて保証はどこにもなかった。


「これは俺の可愛い従兄弟が捕まる原因になった映像だ。お前に復讐してやろうと思って今日連れて来てもらった」


 遥は自分は被害者のはずで罪を犯したのは向こうだと思ったが、そんなことを今口に出しても火に油を注ぐだけだと言葉を飲み込んだ。


「試しにお前の上司に話したら快く協力してくれるって言ってくれてな」


「槍口部長には昔からお世話になってますから協力するのは当然ですよ……それに、こんな映像を見せられては私も我慢出来ません」


 遥の上司は抱きしめている手を動かして遥の胸を弄った。


「覚悟しろよ。お前はこれから俺達の人形として一生生きていくんだ。その為の準備もして来た」


「設置完了しました。いつでも始められます」


 声のした方を見ると槍口の部下がパソコンとカメラなどの機材を準備していた。


「こっちに連れて来い」


 遥はカメラの前まで移動させられた。


「今からライブ映像で俺とお前の会社の男達にお前がヤられている映像を流してやるんだ。何人集まるか楽しみだな」


 槍口は遥の服を無理矢理脱がしにかかった。

 遥は抵抗するが上司に抱きしめられていて、思うように抵抗出来なかった。


 あっという間に遥は下着も全て脱がされて裸にされてしまった。

 隠すこのも出来ず俯くことしか出来なかった。

 パソコンのコメント欄はすごいことになっていた。


「通報してくれる奴がいるかもなんて期待するなよ。そこはちゃんと人を選んである」


 そこからは遥にとって最大の地獄の時間だった。


 三人の男達に思う存分弄ばれて、遥に自尊心は粉々ぬ砕け散ってどうにでもなれと諦めてしまった。

 それでも槍口達は止めず、遥が抵抗しないことをいい事にやりたい放題だった。


 大学時代と同じように夜が明けるまで続くのかと思ったが、意外にも0時前に終わった。


「今日はこのぐらいだ。たった一日で完全に壊すなんて優しいことはしない。時間を掛けてゆっくりヤッてやるよ」


 槍口達は服を着ると外へ出る前に遥に一枚の紙を渡した。


「明日の12時までにその場所へ来い。出ないと今日の映像が他の会社やネットに流れることになるぞ。お前は今後一生そのいやらしい体を使って生きていくしかないんだ」


 槍口達は遥を置いて帰って行った。


 ぐったりとしていた遥はなんとか体を起こしてボロボロにされた服を着て店を出た。

 店員とすれ違っても何も声を掛けてくれなかった。


 遥はポツポツと歩きながら考えていた。


 自分の何がいけなかったのか。

 こんないやらしい体に生まれたのがいけなかったのか、それとも女ぬ生まれたのが間違いだったのか、どうすればよくて、これからどうすればいいのかもう分からなかった。


「…………もう……いい……ごめんなさい」


 遥は赤信号の横断歩道へと進む。

 迫り来る光。

 これで楽になれる希望の光だと遥は笑った。


 背中から強い衝撃を受けたて前に向かって転んだ。

 車のブレーキ音とバンッという何かが車とぶつかった音がした。


 振り向くと車には多少の凹みがあり、離れたところにスーツを着た男性が倒れていた。

 遥は彼が身を挺して自分を守ってくれたのだと分かると、擦りむいた手や足など気にせず彼に駆け寄った。


 その顔には見覚えがあった。

 自分と同じ今年入社した青島一真だ。


 あまり喋ったことはない。

 他の男性社員と同じで自分の胸を見ているが、すぐを目を背ける。

 話す時もなるべく見ないように私の顔を見て話してくれる。

 私とは違った意味で上司から嫌がらせを受けていて同じなんだなと思っていた。


 そんな彼が今血を流して倒れていた。

 一生懸命声を掛けるが返事がなかった。

 開いていた目がゆっくりと閉じていった。

 私は諦めずに声を掛け続けた。


 そこへ予想もしない出来事が起こった。

 さっきの普通自動車ではなく、大型トラックが迫って来た。

 これは死を望んだ私への罰なのか、それとも願いを叶えようと神様が力を使ってくれたのか。

 でも目の前の彼と同じ場所へ行けるならそれでもいいかと私が逃げることはせず、彼を力一杯抱きしめて目を閉じて願った。


 どうか生まれ変わる時は彼と同じ時代に生まれて、もう一度会えますように……。


 それが叶えば……私は……。

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