第93話 救助


 シュラティールが現れたと同時にシュラティールから逃げるように魔物達が散々と逃げて行った。

 その方向にはドワーフの村へ逃げる魔物もいた。


 兵達に襲われていたドワーフ達には魔物に対する戦闘態勢などとれるはずがなかった。


 魔物達は一目散に逃げるが、移動中に兵士やドワーフがいれば突き飛ばしたり、倒れていれば踏み潰して行く。


「うわぁぁぁ」


 今まさに男性ドワーフがヘルタイガーに潰されそうになった時、


 バンッ!


 男性ドワーフは目を瞑り頭を抱えていたが、予想していた衝撃が来なかった。

 目を開けるとドライが装備した大楯でヘルタイガーを跳ね返していた。


「え⁉︎」


「だいじょうぶ?」


「……あぁ」


 大楯に弾かれたヘルタイガーは反撃することなくすぐに逃げて行った。


 ドライは空いている手で男性ドワーフの襟を掴んで通りから逸れた場所に引っ張った。


「もってきた」


「ドライちゃん、助ける時はもっと丁寧にしなさい」


「はーい」


 ドライは軽く返事をするとすぐに何処かへ行ってしまった。


「怪我はありますか?」


「えっと、足をやられて」


 ツヴァイは男性ドワーフに光魔法で癒した。


「軽い怪我で良かったです。あなたも怪我した人を避難させるのを手伝ってください」


「分かった。ありがとな」


「お礼は魔王様に言って下さい。私達は魔王様の命令で動いてるだけです」


「魔王……か」


 男性ドワーフは魔王という存在に疑問を抱くが、そんなことよりも同族を助けなきゃと走りだす。


 ツヴァイは去って行く男性ドワーフの背中を睨む。


 彼こそキサラギの前でゼントのことを冴えない男と言ったドワーフだった。

 ツヴァイとドライは彼の顔を忘れてはいなかった。


 本当は助けたくはない。

 見殺しどころか、その前にどさくさに紛れて殺そうかとも考えていた。


 しかし、それではゼントの計画を崩してしまう。

 魔王の奴隷としてそんなことは許されない。

 ツヴァイは下唇を噛んでなんとか耐える。


「ツヴァイ!」


「アインスさん!」


 ツヴァイが声のした方向を見ると、アインスが立っていてその後ろには魔物の死体が何匹か転がっていた。


「魔王様の計画はどうなっていますか?」


「順調ですよ。後は魔王様がシュラティールを倒してくるのを待つだけです」


「変わりましたね。ギガンツァーの時とは別人ようです」


「魔王様を信じているだけです。それはアインスさんもでしょ」


「勿論です。私も魔王様を信じています」


「フィーアさんはまだですか?」


「向こうはこっちよりも遠いですから時間が掛かるのでしょう。ですが、魔王様の計画に支障をきたすようなら処罰しなければなりませんね」


「その時は私もお手伝いします。偉大なる魔王様のモノである私達も魔王様の計画通りに動かなければなりませんから」


「本当に変わりましたね。良い方向に」


「えぇ、魔王様の寵愛を受けられたおかげでしょうか……体の奥底から力が湧いてくる感じがします」


「それは良かったですね。なら今夜の相手は私一人に譲ってください」


「それはアインスさんではなく魔王様が決める事ですよ……魔王様なら私を選んでくれると信じています」


「自信過剰なのでは?」


「アインスさんに無いものを私は持っていますから」


 アインスはツヴァイの防具をつけていても分かるその圧倒的な敵を睨んだ。


「本当に変わった。嫌な意味で」


「事実ですから」


 アインスの睨んだ目とツヴァイの笑った目の間に見えない火花が散る。


「…………こわい」


 怪我人を引きずって来たドライが二人の迫力に声をかけられないでいた。


「何をしているのドライ?」


 ドライが振り向くとそこには数日ぶりに会うフィーアがいた。


「フィーア!」


 ドライは助ける求めるようにアインスとツヴァイを指差した。


「はぁ〜、何となくですが状況は理解したわ」


 フィーアはため息をつくとやれやれと二人に近付いた。


「私だ!」


「私です!」


「貴方達は魔王様からの使命をサボって何を話しているの?」


「「フィーア」」


「帰っていたのですね….…一人ですか?」


「タイミングを図るために私だけ先に様子を見に来たの……もう騎士達を動かしても良さそうね」


 フィーアはツヴァイに上空へ光魔法を撃つように言った。


 ツヴァイは杖を掲げた


「シャイニング!」


 杖から放たれた球体は花火のように上がり五十メートル程のところで爆発した。

 攻撃力の無いただの合図の魔法だ。


「ありがとう。それと今夜の魔王様の相手は私よ」


「「!!!」」


 言い争いにフィーアも加わり、もうドライ一人ではどうすることも出来なかった。



 ツヴァイの合図から10分もせずオーストセレス王国第一騎士団所属の騎馬隊が到着した。

 騎馬隊は魔物達を倒して行く。


 遅れて歩兵部隊も到着する。

 その中心には青い毛並みの馬に乗ったギャラル、その隣には白馬に乗ったオーストセレス王国現女王フィンフがいた。


 腰にさしていた剣を抜くと剣先を前に掲げた。


「魔王ゼント様の名の下にドワーフ達を救援します!私の騎士達よ!魔物の脅威から彼らを救い出すのです!」


「「「「「高天の世界のために‼︎」」」」」」


「魔王様はミッテミルガン共和国の民を守るために伝説の魔物シュラティールと対峙しています。魔王様は必ず勝利いたします。下賤な魔物など貴方達の敵ではありません!魔王様と共に勝利を勝ち取るのです!」



「「「「「ジーク・ゼント!」」」」」


 騎士団が叫び声があげると、剣・槍など各々の武器で魔物達を倒していった。

 因みにこの台詞はゼントがフィンフに教えてやらせたことだ。


 ドワーフ達は突然現れた女神のように美しく光輝いて見える存在に心奪われていた。


「なぜオーストセレスの騎士団が他国のものである俺達を助けてくれるんだ?」


「全ては魔王様のご指示だ。魔王様と女王陛下に感謝しろ」


 男性騎士としては女王陛下の命令だから動いていると思いたかったが、誰が聞いているか分からない状況で魔王の名を使わないわけにはいかなかった。


 フィンフからも魔王の名を広めろと命令されているから、魔王のおかげということにしている。


「魔王が……どうしてなんだ?」


 勇者の物語に登場する魔王と違いすぎて混乱している者もいた。


 フィンフとしては魔王ゼントの名を広めることに喜びを感じていた。

 勇者の物語という偽りが世界に広がっているが、それを正して自分が思う魔王がどれだけ偉大なる存在か、真実を伝える機会を頂けた。


 それよりもフィンフには心躍ることがあった。


(久しぶりに魔王ゼント様にお会いすることが出来る。離れ離れになるのは身を引き裂かれるような思いでしたが、会えない日々が1日過ぎるごとに想いが強くなっていきます。この戦いは終了した後には時間の尽くす限り抱きしめてもらいたいです!)


 奴隷達が考えることは一人を除いて一緒だった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 シュラティールの討伐からドワーフの村へ戻ると、オーストセレスの騎士達によって魔物の討伐は終了して戦後処理をしていた。


「お帰りなさいませ魔王様。此度の作戦は魔王様の読み通りに運びました」


 ドワーフの村に戻ると奴隷達と隷婢達が一斉に跪いた。

 奴隷達が前で隷婢達はその後ろに並んでいた。

 隷婢達の中にヤヨイも混ざっていたのは驚きだ。


「そうか……お前達もよく働いてくれた。感謝してやる」


「感謝などもったない。魔王様のモノなら当然でございます」


「魔王様のモノですから」


「魔王様のおかげです」


 アインスからフィーア→ツヴァイ→ドライと順番に喋っていく。


 事前に打ち合わせでもしていたのだろう。

 順番的に次は隷婢達か。


「ドワーフ達を救うためにあの伝説の魔物を倒してしまうなんて魔王様の優しさと強さには感服してばかりでございます」


「魔王様……かっこよかった」


「民を手にかける悪鬼からドワーフ達を救ってくださりありがとうございます。我が主こそ真の勇者だと確信致しました」


 『我が主』ね。

 やっと俺を主人だと認めたか。

 呼び方が違うのは姉妹や奴隷達に何か思うところでもあるのかるもしれないが、どうでもいいや。


「ヤヨイ!勇者ごときと魔王様を一緒にするとは何ごとですか‼︎」


「魔王様は伝説の魔物を倒した強者なのですよ。あんな弱者と同じに思うなんて、どれだけ罪を重ねれば気がすむのですか」


「ヤヨイさんは本当に魔王様のことを理解出来ていないのですね」


「やよいはばか」


 ヤヨイは顔を青くし妹達に助けを求めようとするが、二人とも目を合わせようとしない。


 キサラギが元からそんな態度だが、ムキツが助け船を出さなくなったのは俺のモノになったという意識の表れだな。


 一番ショックなのはドライにバカと呼ばれたことだろう。

 これ以上無いって程の屈辱だからな。


「アインス達の言う通りですよ。魔王様はこの大陸の人々を高天の世界へ導いてくださる存在なのです。世界を堕落させた勇者とは文字通り天と地の差があります」


 フィンフが防具では抑えきれない豊満と言える胸を張りながらゆっくり歩いて来る。

 その一歩一歩が美しく誰もが手を止めて見惚れてしまう。


「お前も来ていたんだな」


「勿論でございます。魔王様からの御命令とあれば何処だろうと馳せ参じます」


「女王が不在で国は大丈夫なのか?」


「影武者を用意していますので問題ありません。信頼出来る者達もいますから、多少のことは何とかして下さるでしょう」


 それの何処が大丈夫なのか俺には分からないが、どうでもいいと思ったのでそれ以上は考えるのをやめた。


「まあいい。ドワーフ達の移動準備は出来ているのか?」


「問題ありません。移動手段として馬車を多めに連れてまいりました。その分移動に時間がかかってしまったことは申し訳ございませんでした」


「結果的には間に合ったんだからいいだろ」


「寛大なご配慮を賜り誠にありがとうございます」


「おう。じゃあドワーフ達を一箇所に集めてくれ……それと俺の舞台もな」


「既に準備は整っております。ご案内いたします」


「お前は本当に役に立つな」


「私は魔王様だけのモノですから」


 フィンフは俺の左腕に体を密着させるように腕を絡めるとリードするように歩き始めた。


 体が密着しているからフィンフの体の柔らかさや良い香りがしてきて、そういう気分になって来る。


 今夜はどう楽しもうか頭がそれしか浮かばなくなってくる。

 それ程にフィンフは女性としての魅力に溢れていた。

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