第90話 策略の果て


 夕方になって俺達は宿に戻った。


 商人ドワーフとの交渉は無事に終了し、アインスとフィーアにはそれぞれ別の任務を与えた。

 アインスには商人ドワーフの護衛と監視をやってもらう。

 商人ドワーフにはちゃんとヤヨイからの文を届けて貰わないといけないからな。

 フィーアはスキルがあれば、無事に任務を成功させるだろう。

 時間が早すぎてはいけないし、遅すぎても良くない。

 そこの調整は上手くやってくれるはずだ。


 アインスとフィーアにはそれぞれ馬達アウディ、ポルシェを貸してやったので足は大丈夫だ。

 それとオーストセレス王国に伝わる御守りを渡してやったからな。

 女性から男性ではなく、男性から女性にだが、効果は多分あると思う。

 

 今回で一番意外だったのがドライがちゃんと見張りが出来ていたことだ。

 ツヴァイからその集中力はすごいと言っていた。

 ただお腹が空いたら一気に集中力が落ちてしまう。

 しかも夜なったら眠くて役に立たない。

 昼間は使えるが夜になるとまるで使い物にならない微妙なやつだ。


 俺の作戦では複数のパターンを用意しているから、どう転んでも大丈夫だ。

 一番面白い結果になると嬉しいがな。


「ご主人様。何かいい事がありましたか?」


「あぁ、これからどうなるのかが楽しみなんだ」


 俺の膝の上に座りながらムツキが体を寄せて来る。

 締まるところはちゃんと細く、出てるところは魅力的でどこを見ても触っても癒される。


「王子様……楽しそう」


「これからもっと楽しいことが起きるぞ」


「ゼント様が楽しいそうで私も嬉しいです」


 膝の上にムツキ、左足に抱きついているキサラギ、右足に抱きつくツヴァイ。

 女を侍らせるハーレムというのは最高だな。


「あなたもそう思うでしょ?」


「え、えぇ……そうですね」


 ムツキがお茶の用意をしてる人形一号に話し掛けた。

 人形一号の淹れる紅茶はフィーアと同じくらいに美味しい。


「ムツキ、名前はちゃんと読んでやれ」


「はい……人形一号、あまり魔王様をお待たせしてはいけませんよ」

 

「すみません。少々お待ち下さい」


 人形一号はムツキにそう呼ばれたことが悲しかったのか、見るからに落ち込んでいた。


「なぁムツキ……俺につけられた名前をお前はどう思う?」


「魔王様に名付けられることは大変光栄だと思います」


「前の名前に戻してもいいと言ったらそうするか?」


「絶対に嫌です。私は生涯この名前を名乗らせていただきます」


「そうだよな。俺に名付けられるなんて嬉しいような」


「はい!」


「私も気に入っています!」


「王子様から貰った名前……嬉しい」


 全員が俺に心酔している。

 最高だな。

 人形一号もほぼ俺側だ。正確にはムツキだが。

 これでヤヨイの元には失礼女姉妹とドワーフ連中しかいない。

 それでいったい何が出来るんだろうな。


「ドライも……魔王様からもらったなまえ……んんっ……うれしい!」


「ドライちゃん!食べながら話すのはやっちゃダメでしょ!」


「あ……ごめんなさい」


 ドライは手にしていたクッキーを皿に戻すと、姿勢を正して頭を下げた。

 こういうことはちゃんと躾けられてるんだな。


「返事はいいんだから」


 ツヴァイこそ口は叱っていても腕は俺の右足に絡んだままだ。

 ドライもこんな状態の奴に叱られたくはないだろ。


「それでゼント様。アインスさんとフィーアさんに渡されていた御守りですが、私にも貰えませんか?」


「おまもり……ってなに?」


「それはですね……」


 ツヴァイがムツキとキサラギにオーストセレス王国に伝わる御守りの効果と中身について説明した。


「私も魔王様の御守りが欲しいです」


「私も……欲しい」


 そんなに欲しいものか?

 キサラギは元からだが、ツヴァイとムツキの考え方が分からなくなって来た。


「本体は用意してやるから中身はお前達が選べ。ただし、一人一本だけだ」


 言われた三人は俺の一箇所に注目する。


「ドライは外に出て見張りをしていろ、飯の用意が出来たら呼ぶ」


「ドライもおまもりほしい」


「そうか、出来たら渡してやるからさっさと行け」


「はーい」


 ドライは手を上げて返事をするとスタスタと宿から出た。


「邪魔者は消えた。始めていいぞ」


「では……失礼します」


 ヤヨイの企みが開始するまで数日はかかるだろうからな。

 それまではムツキとキサラギを含めてレベルアップと肉欲の生活を送るとしよう。


 アインスとフィーアがいないが、四人もいれば飽きることはない。

 人形一号とも楽しむとしよう。

 味は期待出来ないが、ムツキと一緒に味わえば面白いことになりそうだ。

 ドライだけはあと5、6年は待たないとその気にはなれない。

 残念という気持ちは全くない。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 10日が経った。

 それは余りにも遅すぎるだろうとゼントは思った。

 ヤヨイはそれまで俺がこの村に滞在すると本当に思っていたのか⁉︎

 ムツキと人形一号の話ではキサラギを含めて三人でゼントをこの村に足止めする役目があった。

 ヤヨイが自分自身を使わず、ムツキを向かわせたのは利口なことだ。

 ゼントはもしかしたらヤヨイが隷婢だってことを忘れてないかという疑問を持った。

 その気になれば簡単に殺すことが出来るんだ

 勇者姉妹は全員馬鹿なんだな。



 ゼントがツヴァイとキサラギで楽しんでいるとムツキが血相変えて宿に来た。


 ツヴァイとドライは宿に待機させ、ムツキとキサラギをヤヨイのところに向かえと命令した。

 ゼントはある場所へと向かった。


 その頃村には数十の武装した兵達が集まっていた。

 兵の中は人間や獣人などの様々な種族がいた。


 先頭には煌びやかな防具と武器を持った一人の男がいた。

 兵団の指揮者であり、ヤヨイの婚約者の貴族のメラードだ。

 二十代前半という若さで伯爵の座についた上級貴族だ。

 元々は彼の父親が伯爵の位にあり、その父親が50歳になる前に死亡し、長子であったメラードが家督を継いだ。


 父親が不幸の事故にあったが、それが彼にとっての幸せの始まりだった。

 当時、勇者の血を引く長女が婚約者がいないか探していたところに、上級貴族の若い男が現れたのだ。

 メラードは武道にも優れ、剣の腕は貴族の中で上位に立てる程だった。

 伯爵としての実績はなくとも、将来有望な彼に白羽の矢が立たないわけはなかった。

 

 メラードは時折平民達の悩みに耳を傾けるなどをして領地の民から慕われていた。

 ヤヨイも彼の優しさと強さを実際に見て感じて、年齢が10歳と離れていても二人は惹かれ合った。


「メラード!」


「トゥルー!」


 二人はお互いを抱きしめ再会を喜びあった。


「君からの文を読んで急いで来たかったんだけど、兵を揃えるのに時間がかかってしまったんだ。申し訳ない」


「気にしないで、こうしてメラードが来てくれただけで私は嬉しい」


 ヤヨイの目は惚れた男にしか見せない甘い目をしていた。

 それに釣られて口調も甘くなる。


「もう心配しなくていい。まさか君がドワーフ達の隠れ里を見つけてくれるなんてね。魔王と一緒に邪教徒達は私が断罪しよう」


「メラード?敵は魔王と四人の部下だわ。ドワーフ達は味方よ」


「君こそ忘れてしまったのかい?ここのドワーフ達は前代表の信者なんだよ。そんな邪教徒達は葬り去らなければならない」


 ヤヨイは今まで何度も愛し合った男が別人になってしまったかのような気がした。


「魔王を名乗る者を倒し邪教徒を葬ったと報告すれば私は公爵になれる。本当に君には感謝してるよ」


「どうしたの⁉︎いつもの貴方らしくない……メラードは民に優しい人間の筈でしょ」


「彼らは民じゃない。現代表の民であることを断った者達だ。そんな奴らは生かしておいてはならない……やれ!」


 メラードが掲げた腕を下ろすと後ろ控えていた兵達が一斉にドワーフ達を襲いかかった。

 女、老人、子供関係なかった。

 剣で斬り、槍で刺し、矢を放つ。

 散らばって逃げようとしても、騎馬隊が先回りし逃がさない。

 皆殺しにする勢いだ。


「止めなさいメラード!勇者として罪の無い彼らを傷つけるのは許さないわ!」


「そんな格好で動き回ると僕以外の男に大事なところが見られてしまうよ」


 ヤヨイの格好は裸にローブを羽織っただけだ。

 靴だけは許されたが武器の所持など許されてはいなかった。


 周りの目が気になり動きが止まったところを数人の兵士に捕らえてしまった。


「君が隷婢になったのは良かったよ。これで魔王を名乗る者を倒した後に私が君の新しい主人になれるからね。そうしたら君の全ては私の物だ!」


「メラード!」

 

 ヤヨイはさっきとは違った怒号のような声で名前を呼んだ。


「そんな睨まないでくれよ……君を愛しているのは本当さ。その美しい体と勇者の血を愛さないわけないじゃないか」


「きさまー!」


 メラードは本当にヤヨイを愛していた。

 そこに嘘はなかった。

 しかし、ヤヨイの全てを愛していたわけではなかった。

 メラードが求めたのは自分の欲望を叶えるのに必要なものだけだ。

 その為なら家族の命だろうと使う。

 彼にとって誤算があったとすれば、今日ヤヨイの前で自分正体を明かすつもりがなかったことだ。

 計画性に優れ、自分以外は道具としか思ってなかった彼が今日まで隠し通して来たのに何故感情の赴くままに行動してしまったのか……。


「事が済むまで大人くししていて貰おうか。彼女は僕の物だからね……丁重にな」


 体はローブの上から縛って手足が全く動けなくなった。

 二人の兵士に運ばれて行く時。




 ドオーーーーーーン!!!




 ドワーフの村から離れた森林奥から土煙が舞い上がった。

 煙の奥から巨大な影が見えた。

 全長100m以上はあった。


 全員が注目が集まりその正体が明らかになる。


「シュラティールーーー‼︎」


 兵士の一人が叫んだ。


 それはギガンツァーと同じ勇者達によって封印されていた強力な魔物だ。

 1本の首に2枚の羽、手はないが、2本の巨大な足。

 特徴的なのが銀色に輝く皮膚は美しさあるが、見ているだけで不幸が訪れるような不吉さがあった。


 銀色に輝く蛇は、天を噛み砕き、青い澄んだ空を破壊すると伝えられていた。


 勇者の物語を読んだ者なら誰でも知っている恐ろしい魔物だ。

 勇者ですら絶対に殺すことが出来ず、封印するしかなかった。


 それが今目の前に現れた。

 人々にとって絶望しかなかった。


 シュラティールがドワーフや兵士達を見つけると大きな一歩を踏み出す。

 それだけで大地が揺れた。


「うわぁぁぁ!」


「逃げろー!」


 兵士達は一目散に逃げた。


「おい!私を置いて逃げるな!……戦え!私が逃げ切るまで戦え!」


 メラードは逃げる一人の兵士を捕まえて戦えというが兵士はその手を振り払い逃げた。

 兵士の中で誰一人として命をかけて戦おうなどと思う者はいなかった。

 それも当然だ。

 今回集めた兵士達は冒険者が多く彼らは自分の命こそ一番大事にしている。

 メラードの私兵団もいるが、彼らも真の意味でメラードに忠誠を誓ってはいなかった。

 金と地位の為に近付いた人で構成されていたため、主人であるメラードの命より自分の命が大事だった。

 ミッテミルガン共和国には敵前逃亡を咎める法があるが、そうなる位なら盗賊などになった方がましだと思っている。


 つまり、メラードのために戦う者は一人もいなかった。


「トゥルー殿!いえ、トゥルー様!数々の非礼お詫び致します。どうか勇者の力を持ってあの化け物を倒して下さい」


「お前が何をしたか分かっているのか?」


「もちろんです。どんな事でもします。だから助けて下さい」


「ならまずはこの縄を解きなさい」


「はい!」


 ドゴッ


 ヤヨイは縄が解けると目の前のメラードを殴った。


「この最低男が!貴方を愛していたなんて一生の恥だ!死んでしまえ!」


「申し訳ありません。いくらでも殴られます。いくらでも謝罪します。ですから……」


「貴方は死ぬべき人よ。私と共にね」


「え⁉︎」


「私に勇者の力なんてないわ。あんな化け物になんて勝てるわけないじゃない」


「そ、そんな……」


 メラードは絶望し俯いた。

 しかし、すぐに顔を上げるとヤヨイに襲いかかった。

 ヤヨイは倒れながらも抵抗する。


「でしたら、その美しい体を堪能しましょう。愛した人と繋がりながら死ぬなんて最高じゃないですか」


「もうお前なんか愛してないわ!離れて!」


「私は愛していますよ……ですから私の物になりながら死にましょ」





「そいつは俺のモノだ。手を出すんじゃねぇよ!」


 ゼントがメラードの横に立っていた。


 メラードが振り向こうとした同時に脇腹に衝撃が加えられ地面を何度も転がった。


 転がった先にはツヴァイとドライがいた。


「殺せ」


「「はい」」


 ドライが大楯でメラードの頭を潰すとツヴァイが地魔法で地面の中に埋めた。

 

「どうして助けたの?」


 ヤヨイは不思議だった。

 散々暴言を吐き、命を狙うような行為をしたのに何故殺されず、命を助けたのか。


「俺が正義の魔王様だからだ」


 ゼントは高らかに宣言した。


「俺は自分のモノは大切にすると決めている。お前が俺のモノである限り何度だって助けてやる。ちょっとの粗相ぐらい大目に見てやるさ」


 ヤヨイは言われたことが理解出来なかった。

 ゼントはそんなヤヨイは無視して、シュラティールを見上げた。


「魔王が正義を執行する!」

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