第87話 槍聖の槍


 俺達は洞窟の中を進んで行く。

 途中でヘルタイガーやヘルウルフなど蛇関係の魔物に遭遇した。

 ここのボスはおそらく蛇なんだろうな。


 数回の戦闘を挟んで二回目の広場に到着した。


 そこにいた魔物は紫色の鱗に覆われ、三つの頭に二つの尻尾、両翼で空を飛んでいた。


 多分ヒドラと呼ばれている魔物だ。


 本だと鋭い毒の牙に毒針のような尻尾が特徴的で、毒の攻撃をしてくるらしい。

 体長は3メートルぐらいで、ゴーレムより小さいが、体に似合わず素早い動きが出来るそうだ。


 レベルはゴーレムと同じ50ぐらいか。


 アインス達が戦ったら、ただでは済まない。

 俺はアインスに洞窟を引き返すように言った。

 キサラギが俺の戦っているところを見たいと言い出して、アインス達も同じ気持ちだと言う。

 命令して無理矢理追い出すことも出来たが、危なくなったらすぐに逃げることを条件に許可した。

 アインス達を気にかけながら戦っても俺が負けることは絶対にありえない。

 だが、万が一毒を吸って命の危険に陥るかもしれない。


 俺はすぐに片付けるやり方を選択した。


 ヒドラが三つの頭からそれぞれ毒のブレスを吐こうとしたが、それより前に俺が火魔法を使った。


「トルネードフレイム!」


 ヒドラを中心に炎の竜巻が発生した。

 炎の竜巻はヒドラの毒ブレスを巻き込んで掻き消した。

 これで毒が届くことはない。

 身動き出来なくなったヒドラはただの的にしかならない、


 俺はシュヴェルトリーゼでヒドラの頭、羽、尻尾と切断していき、ヒドラはバラバラになった。


 この程度の魔物なら余裕だったな。

 心配し過ぎだったか。


 バッ!


 背中に軽い衝撃があった。

 振り向くとキサラギが抱きついていた。

 誰かが走って来ていたのには気付いていたが、敵意はなかったので警戒はしなかった。

 抱きつかれたのは予想外だ。


「王子様はすごく強い」


 これがツヴァイとかだったら気持ち良さが違ったんだなと残念な感触だ。


「お見事でした。お側に支えられなかったのは残念ですが勉強になりました」


「私も魔法をもっと勉強します」


「ご主人様かっこいい」


 みんなベタ褒めだ。

 俺単独の戦闘を見せるのは久しぶりだったが、そんな勉強になるようなところがあったか疑問だ。


「お前はいつまでくっついているんだ?」


「王子様の背中……気持ちいい」


 背中だから見えないが、頭をスリスリと動かしているのが伝わってくる。

 この状態だと動き辛い。


「いい加減離れろ」


 俺はキサラギの腕を掴んで無理矢理引き剥がして、軽く投げた。


 キサラギは地面を一回転して、仰向けに倒れた。

 その顔は笑顔で溢れていた。

 奴隷達はもう駆け寄ろうともしなくなり、無視するようになった。


「行くぞ」


「「「はい!」」」


 アインスにキサラギを引っ張って来いと言うと、すぐに立ち上がった。


「ぞんざいに扱われるのが好きなんじゃないのか?」


「王子様にやられるのは好き。他は嫌です」


 なるほど、俺にだけめちゃくちゃにされたいということか。

 本当にこいつのことは理解出来ない。


 さらに洞窟の奥へと進むと最奥へとたどり着いた。

 そこには古く錆びれた槍が突き刺さっていた。


「槍聖の槍」


 キサラギが呟いた。


「今、何と言った?」


「槍聖の槍にすごく似てます」


 ふーん。

 タール村の近くにあった賢者の杖と同じやつか。

 まさかこんなところで見つけられるとは思って無かった。


「この槍の下にも強力な魔物が封印されてるのか?」


「バジリスク……とても強い蛇の魔物です」


 旅の途中で読んだ本にそいつについて書かれていた本があったな。


「この槍を引き抜くと封印が解かれてそいつが出てくるってことか」


 俺はつい笑みをこぼしてしまった。

 これは使えそうだなと。


 俺は槍に触ろうとしたが、結界が張ってあり、触れることが出来なかった。

 試しにデスサイズで攻撃すると、結界の一つを壊せたが、他にも何重と張られていた。

 今は壊せることが分かっただけで十分だ。


「帰るぞ、タール村のようなことは起こしたくないからな」


「よろしいのですか?ご主人様の力ならバジリスクだろうと倒せると思うのですが?」


「それだとドワーフ達に迷惑がかかるからな。俺は慈悲深い魔王なんだよ」


「さすがわ魔王様です」


「魔王様じひぶかーい」


「王子様優しい」


「はい、魔王様らしいと思います」


 アインス達は素直に褒めてくれるが、ツヴァイだけはニュアンスが少し違うように感じたが、気のせいだな。


「ただここに槍があったことは絶対に秘密にするんだ」


「それは何故ですか?」


「どこかのバカが槍を抜きに来るかもしれないだろ。普通は抜くことすら難しいと思うが、万が一抜かれると大変なことになるだろ」


「なるほど、賢明なご判断だと思います」


「特にドライ、絶対に口を滑らせるなよ。もし喋ったらしばらくは肉抜きだ」


 ドライの目がバッと開いた。


「……どのくらいですか?」


「取り敢えず一年は無しだ。そこからは俺の機嫌次第だ」


「ドライ、ぜったいしゃべりません!」


 ドライは姿勢良く敬礼のポーズをとった。

 この中で一番喋りそうなのはドライだ。

 なんとなくそう思った。


 お楽しみはあとにとっておこう。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 洞窟からドワーフ村に戻るとムツキと人形一号が出迎えてくれた。

 既に日が落ちて真っ暗だと言うのに殊勝なことだ。

 俺の隷婢だったら何時間だろうが待っているのが、当たり前なんだけどな。


「お帰りなさいませご主人様。お怪我などはございませんでしたか?」


 ムツキが一礼する。

 こいつは動作一つ一つがいい絵になる。

 教科書DVDのように見本になるような女だ。


「ムツキさん、それはゼント様に失礼ですよ。この程度のことでゼント様が怪我するようなことはありません。そんなことを口にすることが失礼にあたります」


 タール村の時と違って今度はツヴァイが責めていた。

 こいつも変わったんだなと思い知らされるな。


「飯の準備はどうなってる?」


「フィーアさんが準備をしています。湯浴みの準備は既に終わっているので先にそちらへご案内します」


 今度は人形一号が答えた。

 やっと俺のモノとしての自覚が出てきたか。


「そうか、なら全員でゆっくりとするか」


「いえ、主人であるご主人様が先に入るべきだと思いませんか?」


 人形一号は俺の後ろにいた奴隷達に問いかけた。


「そうですね。貴方の言うことにも一理あります」


「ゼント様が先にいただくべきですね」


 奴隷達もこう言ってくれてることだし、そうさせてもらおう。

 ドライはアインスの背中で寝てるので、何も言わない。


「それで俺の入浴中の世話は誰がやるんだ?」


「私と彼女、それにキサラギお姉様もよろしいですね」


「やる」


 キサラギは即答した。

 目の色が変わったような気がする。

 それとムツキは人形一号のことを人形一号とは呼べないようだ。

 俺は人形一号の本当の名前はもう忘れてしまったので、それ以外に呼び方がない。


「それでしたら、私達もご主人様の世話をさせてもらいます」


「いえ……その……アインスさん達には別の場所を用意してまして……」


「でしたら、ご主人様と一緒がいいですね」


「えーと……私も……その……れ、隷婢だけでご主人様を……独占したいのです」


 ムツキの顔は真っ赤で下を向いて恥ずかしそうだった。

 面白いものを見せてもらった。


「いいだろう。お前達だけに世話をさせてやる」


「……ありがとうございます」


「ご主人様がそう言うのでしたら」


 アインスは明らかに残念そうだ。

 ツヴァイはなんか複雑そうで表情だけだと分からないな。


「早く案内しろ」


 ムツキに案内された場所は俺が泊まる家とは離れたところだった。


 この建物は大浴場となっていて、銭湯のようなところだ。

 中に入ると男女に分かれるように二つの扉があった。


 今の時間は特別に貸切状態にしてもらってる。

 準備のいいことだ。


 俺とムツキ達は女の看板がある方へ入った。

 間違ってドワーフの男が入って来たら、反射で殺してしまいそうだ。

 ドワーフの女も趣味ではないので入って来るのは嫌だが男よりはましだ。


 脱衣所ではムツキ達が先に裸になると、三人で俺の服を脱がす。

 これもいつも通りだ。

 ただ、キサラギはわざと密着してくるので、それだと脱がしにくいだろ。

 キサラギの体型だと仕方ないことだ。


 逆にムツキはどうしても胸を擦り付けることになってしまう。

 本人にその気がなくてもそうなってしまう。

 本当に素晴らしいものを持っている。


 人形一号は論外だ。

 耳と尻尾だけは綺麗なので見てる分には癒される。



 浴場は長方形で10人は入れるぐらいに広かった。


 俺は木の椅子に腰掛けるとムツキ達がタオルを手に取る。

 ムツキが背中、キサラギが足、人形一号が腕を洗っている。


「ヤヨイと失礼女達はどこに行っているんだ?」


「えーと、ドワーフさん達とお話しがあるようで……」


 ムツキは口籠って詳しい話をしようとしなかった。


「ふーん、俺の命令は継続しているんだろうな」


「はい……ご主人様に逆らったりなどしません」


「それならいい」


 つまり、ヤヨイは今も服を着ていないということだ。

 マントを羽織ることぐらいは許したが、あいつの心がどうなっているか楽しみだ。


「それよりお前らもっと上手くできないのか」


「すみません。もっと力をいれましょうか?」


「がんばる」


「こっちももっと力をいれます」


「いや、そうじゃない。そのタオルが邪魔なんじゃないのかと思ってな」


「では……どうやって……」


「その体を使って洗え、あとは分かるな」


「はい」


 キサラギは足に抱きついてきた。

 それは洗うというより、お前がやりたい事なんじゃないのか?


 人形一号は掌を肩から滑らしていく。

 ムツキの掌を背中に当てて滑らす。


「そうじゃないだろ。お前はそんなに頭の悪いやつじゃないはずだ」


「…………」


「早くしろ」


 ムツキは俺の肩に手を置いた。

 その後、大きく柔らかい二つのものが背中から伝わってきた。

 特に突起物の擦れる感じがいい。


「その調子だ。次からもタオルなんかよりそっちの方を使えよ」


「……かしこまりました」


 弱々しい返事だ。

 ムツキも気持ちいいだろう。


 目の前のキサラギを見ていれば分かる。

 俺の体を洗えるなんて光栄なことだと改めて感じているはずだ。


 人形一号のことは知らん。


 体を洗い流したあとも湯船の中で三人が俺から離れることはなかった。

 暑苦しいよりも肌の柔さがが勝っていい気分だ。


 こいつらがどんなことを考えていようと、大概のことは許してやる気になった。


 俺は寛大な魔王だからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る