第86話 ドワーフの村


 馬車を走らせて一日経ってもヤヨイの態度は変わらなかった。

 わざとあいつの前で妹と遊んでやっても自分も入れて欲しいと言って来なかった。

 もっと衝撃的な出来事が必要か。


「ご主人様、前方に村が見えてきました」


 御者をしているアインスからの報告だ。


 覗いてみると、村まで100mもない距離だ。

 この森はミッテミルガン共和国よりもエルフの国のズュートラニカ国に近くで背の高い森に囲まれていた。

 10m以上もある木々が並んでいた。

 この距離になってやっと気付けた。


「今日はあの村で泊まるか」


「そうですね。まだ日が高いですがいいと思います」


 村の入口には特に門も見張りもなく、すんなり入れた。

 建物は見た目が立派で手間がかかっていて、こだわりを感じられた。


 不思議なのは村人を全くみないことだ。 

 なんとなく気配は感じるが、建物から出て来ない。

 何を警戒しているんだ。


「止まれ!」


 叫び声とともに武装した十数人のドワーフ達が道を塞いだ。


「この村に何のようだ!」


 なんかムカついてきたな。

 何でいきなりこんな対応されないといけないんだ。

 相手が望みなら戦ってやろうか。


「この馬車はゼント様のモノです。貴方達こそ態度を改めなければ死ぬ事になりますよ」


 アインスが馬車から降りて槍を構えた。

 ツヴァイとドライも武器を持って戦闘の準備をする。

 ムツキとキサラギも何事かと顔を出した。


「フォーラ様!ラホシ様!」


 ドワーフの一人が隷婢達の前の名前を呼んだ。


「知り合いか?」


「すみません。記憶にありません」


「ないです」


「その御顔を見間違えることなどありません。私共は先代の代表に忠誠を誓っています。勇者の子孫様にも忠誠を誓っております」


 ドワーフ達は武器を下げ、膝を折り頭を下げたら、


「どういうことが説明しろ」


「おそらくですが、ミッテミルガン共和国の先代と勇者の末裔は深い繋がりがあるのです。詳しくは知らされてませんが、戦友に近いものだったと思います」


 ふーん、なるほどね。

 よく分からん。


「取り敢えず、泊まれるところに案内しろ」


「すみませんが、その男とはどのような関係でしょうか?」


「こいつらは俺の隷婢で俺はこいつの主人だ」


 俺が首で指図すると二人は前髪を上げて額にある隷婢の証を見せた。


 ドワーフ達が騒ぎ始めた。


「それとコイツらの名前はムツキとキサラギだ。間違えるな」


 その名前が知れ渡っているわけがないが、間違えてられるのは不愉快だ。


「文句があるなら出てこい。二度とそんな態度を取れなくしてやる」


「ご主人様。ここは私に任せてはもらえないでしょうか、どうかお願いします」


 ムツキはその場で頭を下げた。

 ドワーフの中で誰か一人でも文句を言って来たら殺すつもりだ。

 それを分かってのことか。


「任せた。上手くやれよ」


「寛大なる御配慮痛み入ります」


 ムツキはキサラギを連れてドワーフ達と話し始めた。

 内容は聞こえないが、渋い顔のドワーフにムツキが一生懸命話しかけていた。

 キサラギは一切表情が変わらないが、なんとなく不機嫌そうだと思う。

 お⁉︎

 キサラギがドワーフの男の胸ぐらを掴み睨んでいる。

 あれがキサラギの怒った顔か。

 目力というのか、雰囲気が雲行きが怪しくなっていた。

 ムツキが仲裁して手を離した。

 ドワーフは涙目だ。

 いったい何を言ったんだ?


 ムツキはキサラギを下がらせて一人で話している。


 十分ぐらいして話は終わった。


「お待たせいたしました。ご主人様」


「それでどうなったんだ?」


「はい、この村に泊まることは問題ありません。それと失礼ではありますが、あまり村人達への干渉は控えるようにとお願い出来ませんか?」


「どうせ一日しかいないんだ、そのぐらいの我儘は聞いてやろう」


「ありがとうございます」


「王子様。優しい」


「キサラギはドワーフに怒っていたようだが、何を言われたんだ?」


「王子様の悪口言った。冴えない男って」


 アインス達が一斉にドワーフ達を睨んだ。

 このまま許可出したら皆殺しにしそうだ。


「穏便にすませる約束だ。大人しくしとけよ」


「「「「……はい」」」」


 全員不満そうだ。

 そこまで思われると嬉しくなって、つい笑顔が溢れてしまう。


 ドワーフ達に案内されたのは村の隅にある木造二階建ての空き家二件だ。

 今は誰も使っていないそうだ。


「ゼント様が使うには些か質素ですね」


「馬車の中よりはましだろ」


「そうですが……」


 俺は別にそんなことは気にしない。

 勇者を忠誠を誓っているドワーフか……。

 これは使えそうだ。


 一つには俺と奴隷四人、もう一つには隷婢三人と人形一号、失礼女姉妹にしようかと思ったが。


「王子様と離れるの嫌」


 キサラギが我儘を言って来た。

 特に怒ったりはしなかったが、ムツキとヤヨイが無理矢理連れて行った。

 ついて来てもどうせ一緒にいることはないからな。


 家の中は一階はリビング、二階が二部屋に分かれていた。


 俺一人と奴隷達で分かれた。

 今夜誰を連れ込むかはまだ秘密だ。


「アインスとツヴァイとドライはこの辺りの散策に行くぞ。フィーアには頼みたいことがある」


「何でしょうか?」


 俺は任務の内容を伝えた。


「分かったか?」


「かしこまりました。ですが、本当によろしいのですか?」


「勿論だ。全力で奴等を見逃せ」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ムツキがドワーフから得た情報によると、最近魔物の出現率が上がったそうだ。

 魔物達はこの近くにある洞窟に住み着いている。


 ドワーフ達への印象を良くするために働いてやるか。

 連れて行くのは奴隷達とキサラギもついて来た。

 それはもうしょうがないと諦めた。

 ヤヨイは全力で止めていたが、俺が命令して連れ出してやった。

 此奴を連れて行っても特に影響はないので、問題ないと判断した。


 アインスとキサラギの案内で迷うことなく三十分くらいで着いた。

 俺が地図を持っていたら一時間以上はかかってたらだろうな。


 ここに来るまでにいた魔物はヘルタイガーだけだ。

 ヘルタイガーは姿は虎なんだが、尻尾が蛇で毒の牙を持っていた。

 接近戦では強いが遠距離攻撃は一切なかった。

 しかし、動きが速く、俺は問題ないがツヴァイでは魔法を当てるのは少し難しい。


 洞窟の中は暗く、松明がないと進みづらい。

 光魔物で明るく出来るが、それだと今度は明る過ぎて見えにくいという現象に陥ってしまう。


 先頭はドライとアインス、中間にフィーア、最後尾に俺とキサラギだ。


 キサラギの武器は剣と盾だ。

 盾持ちなら先頭に立たせた方がいいが、後ろからの奇襲がないとも限らないからな。

 俺がいれば何の問題もないが、一応訓練にはなるかもな。


 ドライと二人の時はレベルも低かったから慎重に進んでいたが、ヘルタイガーのレベルは20前後、対してこっちはキサラギを含めてレベル40以上ある。

 ここまでレベル差が有れば大概はなんとかなる。


 進んで行くと広場のような開けたところに出た。

 今度は何が出るんだ?


 壁が大きく音を立てながら揺れ、一部の壁の岩が人型を模してくり抜いたかのように浮き出て来た。


 またゴーレムか。


 ゴーレムの大きさはドライと戦った奴と一緒で5メートル以上あった。 

 レベルは50ぐらいと一緒だ。


「下がってろ、俺がやる」


「あの程度の相手、ご主人様の手を煩わせるまでもありません。私が」


「アインス……俺は何と言った?」


「!!申し訳ございません!出過ぎた真似をしました!」


 俺が少し重く言葉を口にすると、アインスはすぐに頭を下げた。


 アインス達だけでも倒せるかもしれないが、俺だってレベルアップが必要だ。

 見ているだけではいけない。


 俺はシュヴェルトリーゼを構えた。

 ゴーレムは2メートルぐらいはある拳を振り下ろした。

 攻撃力はあるが単調な攻撃で動きが読みやすい。

 かわすのは簡単だが、ここはあえて正面からぶつかってみるか。


 俺は拳に対して斜め下から上に向かって切り上げた。

 ゴーレムの拳から肩まで真っ二つに割れた。

 片腕を失ったゴーレムはバランスを崩した。

 俺は牙突の構えをとり、一瞬でゴーレムの顔のまで移動するとその目に向かって突いた。

 突いた部分は綺麗に穴が空き、ゴーレムは絶命した。


 これは僅か一分にも満たない出来事だ。

 アインス達はなんとか目で追おうとしたが、時々見えるだけで、その全てを追うことは出来なかった。


「カッコいい」


 キサラギは小さく呟いた。

 アインス達も同じ感情だ。


 自分達は魔物や盗賊相手にして強くなったが、ここまで圧倒など出来ない。

 その強さに憧れた。

 近付きたい。

 彼の力になりたい。


 強さを手にしたからこそ、奴隷達は改めて主人のその強さに心酔していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る