第84話 ヤヨイ


 俺が舞台に上がって決め台詞を言ったのに拍手などの反応が全くなかった。

 折角ちゃんとポーズを考えて決めたのに会場は白けた反応だ。

 アインスは槍を構え、フィーアはなんかメモを取っていた。


「困りますね〜オークションの邪魔をし」


 司会をやってた奴が笑いながら近付いて来たところで、アインスが槍で心臓部分を貫いた。


「ご主人様の邪魔する者は私が許しません」


 ゴミを見るような目で槍先に付いた血を払った。

 人を殺すことに対して完全に躊躇がなくなったことが俺は嬉しかった。


 きゃぁぁぁ!

 うわゎぁぁぁ!


 司会の奴が殺されたことで客達がパニックになって一斉に出口へ逃げ出した。


 それとは反対に用心棒なのか武装した奴等が舞台裏から出て来た。


「俺の邪魔をさせるなよ」


「「はい」」


 アインスとフィーアは左右に分かれて対処した。

 ぱっと見て、アインス達よりレベルが高そうな相手はいなかったので皆殺しにしてくれるだろう。


「さて、これで邪魔者はいなくなった。話を始めよう」


 俺は偽物女の口を塞いでいた布地を取った。す


「そんな仮面を付けたかって勇者の後継者を名乗っていいと思ってるのか!」


 まず気にすることがそれか。


「お前の兄が勇者の称号を受け継いだことも、お前を奴隷に堕とした弟が称号も無いのに勇者を名乗っていることも知っている。白状な兄弟の代わりに俺が助けに来てやったんだ。有り難く思え」


「なんでそのことを⁉︎」


「お前の妹達、俺の隷婢れいひ達に聞いた」


「え⁉︎フォーラとラホシが……あなたの、隷婢……」


 女は驚いた顔をしたが、すぐ俺を睨んだ。

 裸にされて、手と首を繋がれた女が強気に睨らんで来るなんて面白いことをしてくれる。

 つい笑ってしまった。


「勘違いして貰っては困るが、俺が強制したわけじゃなくて、あいつらが自分から俺の隷婢になりたいと言って来たんだぞ」


「嘘を言うな!どうせ仲間を盾にでもしたんだろう!」


 勘がいいな。

 その予想は外れてはいない。


「まぁ、今はそいつらよりもお前のことだ」


「私にもあなたの隷婢になれと言うの」


「話が早くて助かる。そういう奴は好きだぞ」


「冗談じゃないわ!勇者の子孫である私があなたなんかの隷婢になるわけないじゃない!」


「妹達はなったぞ」


「なら妹達を助けるわ」


「どうやってだ?」


「それは……」


「自分の状況をちゃんと判断して行動しろよ。お前の命は俺の掌の上なんだ」


「くぅぅ……」


 反論出来なくなって睨みが強くなった。


「お前が隷婢にならないとなると一人目の妹と交わした契約がどうなるかな?」


「何をしたの⁉︎」


「一つ約束をしただけだ。お前が隷婢にならなければ、一人目の妹に不幸が訪れる約束だ」


「何をする気だ!」


「なんだろうな?あいつにとって不幸なことなのは確実だ」


「卑怯者!フォーラ達もそうやって隷婢にしたんでしょ!」


「想像にまかせる。それでどうするんだ?」


「…………」


「妹達を見捨てて自分の命を助けるか、妹達と一緒に俺の隷婢にしてもらうか選べ」


「…………」


 偽物女は膝を折り、頭を下げて深く考える。

 周りを見ると、アインスとフィーアは邪魔な連中の排除を終わらせていた。

 

 騒ぎを聞きつけた兵士が来る前に早く答えを出してもらいたい。


「……分かったわ」


「何だ?もっと大きな声で言え」


「あなたの隷婢になるわ」


「ご主人様に対して失礼ですよ。死にたいのですか?」


「ゼント様の隷婢になれるなんて誇らしいこと、もっと敬意と感謝を持つべきだわ」


 偽物女は二人が見下す態度に対しても全然怯まなかった。


「その通りだ。『なる』じゃなくて、『して下さい』だろ」


「……私を、れ……れいひに……して……ください」


 あまりに嫌すぎたのか唇が噛み切れて血が出ていた。


「態度がなっていない。ちゃんと頭を地面につけて感謝しながら言え」


 俺は刀で偽物女の枷を壊してやった。


 自由なった偽物女は刃向かうことも逃げ出すこともしなかった。

 もしそうしたら妹達に危険がわたると知っているからだ。


 偽物女は歯を食いしばりながら、片膝をついた。


「どうか……この私を貴方様の……隷婢にしてはもらえないでしょうか?」


 頭を下げているので表情は読み取り辛いが、いい顔をしているのは間違いないだろう。

 魔王の隷婢になれるんだからな。


「いいだろう。頭を上げることを許可する」


 偽物女は涙を流し、めちゃくちゃな顔をしていた。

 強気な女がこういう顔をしていると俺の気分は良くなる。


 俺は奴隷契約スキルを発動させた。


 黒い電流のようなモノが全身を襲った。

 叫び声は上げず、唇を噛んで我慢していた。

 額から頭を一周するように鎖の紋様が現れ、額の中心に黒い文字で俺の名前が刻まれた。


「今からお前の名前はヤヨイだ。大いに喜べ!この真の勇者であり魔王ゼントの隷婢になれたんだからな!」


「ま…おう?え、そんな⁉︎」


 ヤヨイは頭を抱えて涙を流した。

 隷婢になれたのが泣くほど嬉しかったようだ。


 そろそろここから出ないとな。


「お前等、急いで移動するぞ」


 俺達はヤヨイに毛布を被せてロープを雑に巻いた。

 簀巻の状態だ。

 俺は簀巻のヤヨイを右手で持ち上げた。

 今の俺のレベルなら人間一人くらいは楽勝だ。


「お前等は俺に捕まれ」


 アインスは左からフィーアが後ろから抱きついた。

 今度の選択は間違わない。


 出入り口を火魔法でぶっ飛ばし、勢いよく外に出た。

 空を飛んでそのまま街の外に出た。


 スリュート伯爵領と一緒で街を囲んでいる壁の上には魔法で出来た障壁があるが、今の俺には関係ないものだ。


 森を移動すると、待ち合わせ場所に見慣れた馬車を二つ確認出来た。


地面に降りるとツヴァイとドライ、それにムツミとキサラギも寄って来た。

 その後ろには人形一号と失礼女もいた。


「ご無事で安心しました」


「よかった〜」


「急いで移動するぞ。ここもまだ安心とは言えない距離だ」


 簀巻女を俺達の馬車に乗せた。


「トゥルー姉様!」


「感動の再会はあとでだ。早く乗れ」


「ここまでの御者ご苦労でした。あと私がやりましょう」


「ありがとうございます。アインスさん。二人ともいい子だったので大丈夫でした」


 ここまでの御者をしたのはツヴァイだ。

 アインスとフィーアに習って練習していたかいがあった。


 人数の関係でドライとツヴァイには人形一号達の馬車に乗ってもらった。

 さすがに七人で乗るには狭いしスピードも落ちてしまう。

 全員乗り込むと急いで出発した。


「トゥルー姉さん。良かった」


「こいつの名前はヤヨイだ。間違えるなよ」


「そうですか、ト……ヤヨイ姉様もご主人様の隷婢になったのですね」

 

「フィーアはこいつの縄を解け」


「かしこまりました」


 ヤヨイの体が自由になり、妹達を見ると虚な目に生気が戻って来た。


「フォーラ!ラホシ!」


 ヤヨイは二人に抱きついた。

 余程嬉しかったんだと伝わってくる。


「そいつらの名前はキサラギとムツキだ。間違えるな」


 キサラギは振り向くと俺を睨んだ。

 隷婢になっても態度は変わらないか。

 フィーアが手を出そうだったが、なんとか自力で抑えていた。


「二人とも大丈夫?あいつに変なことされなかった」


「私は……大丈夫です」

 

 ムツキは目を逸らし顔が赤くなっていた。

 何を思い出しているんだろうな。


「王子様は私の王子様。とても優しい」


「おうじさま?何を言っているのフォーラ?」


「フォーラじゃない。私の名前はキサラギ……王子様から貰った大切な名前」


 ヤヨイはムツキに顔を向けてどういう事?と質問するが返ってきた答えは首を振るだけだった。


「ヤヨイ姉さんが王子様の隷婢になってくれて良かった。でないと……」


「そうよ!私はあなた達のために」


「キサラギ、こっちに来い」


「はい」


 キサラギはヨチヨチ歩きで俺に近付くと、俺の太腿を枕にして横になった。

 その顔はとても満足そうだった。


「ヤヨイが隷婢になってなきゃ、もうこういう事が出来なくなっていたからな。良かったな」


「それは……どういう意味?」


「お前が隷婢にならない時はキサラギは俺の隷婢から解放されることになっていたんだ。それはこいつにとって不幸なことだ。そうだろ?」


「王子様の側にいられなくなるのは嫌」


 キサラギは小さく俺の足に抱きついた。

 お返しに俺はキサラギの頭や胸を撫でた。


 ヤヨイは目の前の光景が信じられないのか、また目が虚になってムツキに支えられていた。


 そうなるだろうとは予想していた。

 ここまで作戦というか余興に近いが、上手くいくなんてな。


 これで勇者の子孫三姉妹を手に入れることが出来た。


 あとはこいつらでどう遊ぶか考えなくちゃな。

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