第61話 シューネフラウ


 日が完全に昇り、昼頃に俺は目覚めた。

 腕の中ではフィーアが寝ていた。


 裸なのに寒そうとせず、気持ち良さそうだ。

 男の腕なんて硬くて寝にくいと思うんだが、何がそんなにいいんだろうか。

 ここにはベッドも布団もなく、毛布だけで枕なんて無かった。

 無いよりかはましか。


 昨日の夜はよかった。

 経験豊富のフィーアはアインスの初々しさとは別の気持ち良さがあった。

 アインスよりも女性らしい身体つきをしていて、テクニックも素晴らしいものを持っていた。


 主導権を握られていたような感じではあったが、負けてはいなかったはずだ。

 こっちだって経験を重ねて来たんだ。

 引き分けというところだな。


 次は二人一緒に三人でなんていいかもしれない。

 ツヴァイも加わったらさらにいいんだけど、そこはしょうがない。


 俺は笑顔で寝ているフィーアの頬を突いた。

 柔らかかった。

 さらに下にあるマシュマロの先にあるサクランボに指で突いた。

 こっちはもっといい。


 指が第一関節まで簡単に挿さる。

 アインスはすぐ骨とかにぶつかってしまうが、フィーアだとそんなことはない。

 ツヴァイ程ではないにしても、胸が大きいとこんなにもいいんだな。

 勿論、アインスにもアインスなりも良さがあるが、これは癖になりそうだ。

 もう一つのサクランボを咥えようと思ったら……。


「おはようございます。ご主人様」


 俺はバッと飛び起きた。


 声のした方向にはアインスが立っていて、なんだか不機嫌で黒いオーラを纏っているかのようだ。


「ああ、おはよう」


 俺は平静を装いながら、立ち上がった。


「フィーアも起きているならささっと着替えなさい」


「気付いてましたか」


 フィーアは目を開けると上体を起こした。


「ご主人様の奴隷なのですから、ご主人様より早く起きて出迎える準備をしなさい」


「ええ起きていましたよ。ゼント様よりも早く」


「ならどうして横になったままだったのですか?」


「目覚めたご主人様に朝の御奉仕をしようと思ったのよ。邪魔が入ってしまったんだけど」


 フィーアは見せつけるように胸を張った。

 俺が起きてからしていたことに最初から気付いていたとか、少し恥ずかしいな。

 寝起きで至福の時に夢中になりすぎて、フィーアが起きていたことに気づかなかったということか。

 自重する気はまったくないが、イタズラがバレた感じが嫌だな。



「早く着替えてそんなもの仕舞いなさい」


「嫉妬するのはしょうがいけど、八つ当たりはしないでね」


 二人の視線がぶつかって火花が散る。


「喧嘩はそのあたりでいいだろ、飯にしよう」


「かしこまりました」


「すぐに支度致します」


 自分のせいでこんな時間の朝飯になったことは棚上げにしていいだろ。

 俺は主人なんだからな。


 ツヴァイが用意した御飯を食べた後は夜までゆっくりしていた。

 俺達の宿泊していた部屋で死体が見つかったら、犯人として疑われて追われることになるだろうからな。


 証拠隠滅として宿屋を燃やしてやろうとも思ったが、そこまですることでもないなと思った。

 ここが見つかったら、見つかった後に考えよう。

 そんな気にして考える事柄じゃない。

 それよりも目の前の奴隷達とのんびり過ごす方が優先事項だ。

 今の場所はよくないが、いつか魔王に相応しい家でこんなゆっくり過ごしたいな。

 働きもせず、稼ぎは奴隷や家畜達に任せて一日中のんびりと過ごしたい。


 そのために今は動かないとな。

 責任はきちんと上の奴等に取ってもらわないといけないからな。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 その日の夜。


 俺は王城に昨日と同じくらいの時間帯に同じルートから忍びこんだ。


 メイドが一人水浴びをしていた。

 俺は木の影から見守った。

 昨日の不埒者は捕まったと思うが、同じことを繰り返す輩がいるかもしれないからな。

 彼女の安全を守る為に見守らなければならない。


 彼女の後ろ姿を見送って数十分後にヴンディルが現れた。

 ヴンディルは辺りを見渡している。

 連れはなく一人で来たみたいだな。

 俺への警戒をさせない為にはそれが正解だ。


 暗闇から姿を晒すとヴンディルは跪いて、服従の姿勢をとった。


「お待たせいたしました魔王様。シューネフラウ王女様の部屋へご案内いたします」


「このまま行って大丈夫なのか?」


「隠し通路を使いますので問題ありません。通路の出口からはフラウ王女様の部屋へはすぐでございます」


 少し歩いた先でヴンディルが手をかざして壁に魔力を流し込んだ。

 すると、壁が自動的に横にスライドして道が開いた。


「この壁は魔力を流さないと開けない状態になっています」


「なら盗人が入り込む心配があるんじゃないか?」


「そこも問題ありません。ただの盗人がまず城門を越えることすら出来ませんから。それよりも通路は暗く狭いので注意して下さい」


 俺だから出来ることで普通の奴には無理だな。


 十数分歩いてやっと出口の扉に着いた。

 ヴンディルが慎重に扉を開いて左右を見渡した。


「大丈夫です。誰もいません」


 ヴンディルが廊下に出ると俺も後に続いた。

 こんな明るく開けた場所ではすぐに見つかってしまう。

 早く移動しなければならない。

 隠し通路内で映魔鏡が仕掛けてないか聞いたら、この時間は魔力の補給と調整時間で録画はされていないらしい。


「こちらの部屋になります」


 ヴンディルはノックをした後、失礼しますと中に入った。

 俺も中に入ると、そこには高級人形のような美しい女性がいた。


「ようこそお越し下さいました魔王様。私はシューネフラウ・ロウ・オーストセレスと申します。この日を長らくお待ちしていました」


 シューネフラウは両手でスカートの端をつまみ上げてお辞儀した。

 その動作は一つ一つが美しさや可憐さを秘めていて、いつまでも見ていたいと思わせてくれる。


「簡素で申し訳ありませんが、どうぞこちらにお座りください」


 シューネフラウの手の先には一般人には絶対に手に入らないであろう綺麗で豪華そうな椅子があった。

 多分いつもシューネフラウが使っているものなのであろう。


 俺は用意された椅子に座った。

 座り心地も気持ち良い。

 シューネフラウとヴンディルは跪き首を垂れていた。


「本来であれば玉座を用意しなければならないところ、さらには魔王様を御出迎えする人員が足りないところは私の不徳の致すところでございます」


「構わない、こっちこそ急に予定をつくってもらって悪かったな」


「いえ、魔王様をこの目で見ることを許されたこと光栄にございます」


 ヴンディルの言っていた通り、シューネフラウは魔王を信仰しているようだ。

 一応俺への罠の可能性を考えていたが、それが消えかけていた。


「失礼ですが魔王様。この度はどのような件で参られたのでしょうか?」


「この国を貰いに来た」


 俺は正直にそう言った。

 回りくどい言い方は得意じゃない。

 欲しいものはちゃんと単刀直入に言う主義だ。


「それは我がオーストセレス王国を魔王様が導いてくださるということでしょうか?」


「そうだな。俺のものにするという意味では導いてやらなくもない」


 政治事などをやる気は全くないが、トップには立ってやる。

 責任は取るは仕事はやらない。

 餅は餅屋だ。


「やはり魔王様は我々の救世主だったのですね。貴族主義社会の復活の時が訪れました」


 シューネフラウは両手を広げて高らかに宣言した。


 貴族主義社会?

 なんだそれ。

 内容は知らないが、魔王主義みたいなものだと思っておこう。


「そのために必要なものがある」


「それは何ですか?」


 俺は目の前のシューネフラウを指差した。


「おまえだ」


「わたくし……ですか?」


「俺の奴隷となり、俺の『モノ』となれ。そしておまえが女王となるんだ。女王であるおまえが俺の奴隷という事は必然的にオーストセレス王国は俺のものになるということだ」


「魔王様が国王になるのではないのですか?」


 ヴンディルが口を挟んでくるが、心の広い俺は気にしない。


「俺が一国程度の王で満足すると思うのか?」


「そうですよヴンディル。魔王様はこの大陸全てを手中に収め、高天の世界へと導いてくださる緒方なのです。一国の王という位程度では失礼に値します」


 高天の世界とは貴族主義社会が求める理想の世界だ。

 よく澄んだ空のような綺麗な世界のことだ。


 そんなことをゼントが知るわけもない。


「そうですね、高天の頂きに立つお方が一国の王に収まるわけないですね。大変失礼しました」


 ヴンディルが頭を深く下げた。


「許してやろう」


「寛大なお心遣いありがとうございます」


「シューネフラウと二人で話したいことがある。退室してもらえるか?」


「分かりました。お好きなときにお呼び出しください」


 ヴンディルは立ち上がって一礼して部屋から出て行った。

 これで二人きりだ。


「シューネフラウお前に聞きたいことがある?」


「はい、何でしょうか?」


「何故俺が魔王だと分かった?」


「それはヴンディルから……」


「そうじゃない、何故俺が魔王の力を持っていると思ったんだ」


 シューネフラウの態度が最初から不思議だった。

 たとえヴンディルから聞いていたとしても、俺を魔王だと安易に信じることなんて出来るのかと。


 こいつはバカでマヌケじゃない。

 この国の王女なんだ。

 アインスの話では政治事にも参加して、いろんな力を持っている強者だ。

 そんな女がこの俺を一眼見て信用する何らかの根拠があるはずだ。

 スキルか魔法にしてもその力を知る必要だ。


 敵を騙すにはまず味方からなんて言葉もある。

 ヴンディルはただ泳がせてるだけの餌で、シューネフラウの真意に気づいてないだけかもしれないからだ。


「魔王様には隠しごとは出来ませんね」


 シューネフラウは目を手で覆うと魔法を掛けた。

 いや違うな。

 魔法を解除したのか。


 手を離すと、シューネフラウの青色に光っていた目は深紅に光っていた。


「私は魔眼を持っています。この力は如何なる抵抗をも無効にして相手のステータスを自由に覗くことが出来ます。普段は魔法で眼の色を変え、魔力を抑えて隠しています」


 それで俺のレベルやステータスが見れて強さに納得したってことか。

 でも称号に『魔王』とかないが、それはいいのか?


「さらには相手のオーラが見えるのです。これで相手が私に対してどういう感情を抱いているかが大雑把ではございますが知ることができます」


 なるほど、それで俺に敵意が無いことが分かったてことか。

 それなら試してみるか。


「俺のオーラを見てその感情を当ててみろ」


「かしこまりました」


 俺はシューネフラウの爪先から頭の上に向かって舐めるように見る。


 形の良いお尻。

 引き締まった腰。

 ツヴァイより下だが、フィーアよりも大きな胸部。

 着ているドレスは胸元が大胆にも開いていて、谷間が強調されていた。

 シミ一つ見当たらない綺麗な肌。

 目が会っただけで相手を魅了してしまう程に整った顔立ち。

 腰辺りまで伸びた艶のある桃色に似た赤い髪。


 どれを取っても一級品だ。

 芸術的と言っていい。

 さて、王女様の反応はどうかな。


「魔王様がお望みとあれば私はいつでもその望みを叶える準備は出来ております」


 シューネフラウの顔は赤いが照れた様子はなく、妖艶な雰囲気を出している。


 ゆっくりと一歩ずつ近づいて来る。

 俺は椅子に座ったままで、後退ることも出来ず、その距離を縮めるだけだ。

 身体が強張るのを感じる。


 アインスやフィーアの時は違う。

 これからが楽しみというよりは怖さを感じる。

 こんな感覚は初めてだ。


 シューネフラウの手が俺の肩に触れた。


「失礼します」


 俺の脚に腰を下ろした。

 そのまま身体全体を俺に預けてくる。


「魔王様の身体は逞しいですね。男性の身体には初めて触れましたが、魔王様に包まれて守られているこの時は至福の時間です」


 俺は至福なんかじゃない。

 このままではいけない。


「シューネフラ」


「フラウとお呼びくださいませ、魔王様。親しい方はそう呼びます」


「そうか……フラウ」


「何でしょう魔王様♡」


「お前の奴隷儀式はまだしない」


「…………」


「お前は特別だからな。シューネフラウとしてやってもらいたいことがあるからな。奴隷にする時はちゃんと最高舞台を用意してやる」


「そうですね。王国だけでなく、大陸の未来に関わることですから。記念に残る式にしましょう」


 何かすれ違いがあるような気がするが、つっこまない方がいいだろ。


「その前にこの国を支配する方法だが……」


 俺は自分の計画をシューネフラウに伝えた。


「素晴らしいご計画だと思います。さすがわ魔王様ですね」


「それにはこの国の戦力を知る必要があるから、教えてくれ」


「はい、第ニ騎士団は壊滅、第四騎士団は遠征中、王国内には第一騎士団と第三騎士団が在中しています」


「最大レベルはどのくらいだ?」


「第一騎士団長ギャラルがレベル63です。その他に騎士団員の中には20から40程度のレベルの者がいます」


「その程度なら問題ないな」


 やはり、騎士団長は俺が仕留めるとして。

 他は一対一でもアインス達は劣勢に立たされるというのに、大勢で攻められてはひとたまりもない。

 俺が一人でやった方がよさそうだ。


「ところで、第四騎士団とやらは何処に向かったんだ?」


「たしか……タール村というところです」


 俺は背筋が凍りつく感覚に襲われた。

 

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