第55話 フィーアの過去


 馬車の旅は案外良かった。

 前世での車では揺れが少なくて快適だったことを考えると、技術の進化って素晴らしいと思った。


 荷台の中で揺れは感じるが、そんなに気になる程では無かった。

 あの商人は結構な金を掛けて高級な馬車を買ったんだろう。

 おかげで俺の旅は快適になった。


 あの商人が今後の商売をどうするのかは知らないが、なんとかなるだろう。


「アインス、馬の扱いはどうだ?」

「特に問題はないですね。ですが馬をどこかで休ませた方がいいと思います」


 そりゃそっか。


 自動車と違ってこっちは生き物が動かしてるんだ。

 食事や水分補給、適度な休みを入れないとだめか。


 馬の食事の頻度とか知らないが、そこはアインスとフィーアがなんとかするだろう。

 馬の面倒なんて俺の仕事じゃない。


 その日の夜は少し開けた場所で野営をする事になった。

 夕食の材料はここに来るまでに襲って来た馬型魔物のグリーンホースだ。


 このグリーンホースは馬なのに肉食だ。

 しかもスピードが速く一撃離脱のように獲物を咥えて走り去ってしまうらしい。


 でもレベルは10代で大したことはなかった。

 グリーンホースが真っ直ぐ突っ込んで来てもドライが盾で止めて、アインスが横から仕留めるという連携を見せた。


 タール村での戦闘で連携攻撃が上昇した。


 1番の驚きはグリーンホースが迫った時にドライが盾を持って飛び出した時だ。

 あんな怯えてごみのように役立たずだったドライが勇敢に戦う姿が凛々しく思えた。


 特に俺が何もしなくても奴隷達の判断で動けるようになったのはデカイな。

 駒のように動くのはそれはそれで良いと思うが、放置した際に自らの判断で動けるのは良い進歩だ。


 このレベルになるとあんな低レベルの魔物を倒しても得られる経験値なんてたかが知れてる。

 それよりも奴隷達のレベルアップに繋がれば、戦力が増して楽できる。


 前世のように1人暮らしだと自分で動かないと何も始まらなかったが、奴隷がいることがこんな優雅なことだとは思わなかった。


 厳選は勿論するが、欲しいと思った奴隷は手に入れよう。

 それ以外は家畜とかの扱いで充分だろ。


 夕食を食べ終わり、食後のドリンク(紅茶)を楽しんだ。

 ツヴァイのいれてくれた紅茶は美味しいな。


 紅茶が美味いと気分が良い。


 昼にフィーアにもいれてもらったが、ツヴァイの方が美味しかった。

 そこはスキルの差なのかもしなれない。


 フィーアは料理は人並みには出来そうな感じなのだが、料理スキルは手に入らなかった。

 そこは俺の知らない世界のシステムがあるのかもしれない。


「フィーア……お前の称号とスキルについて聞きたい」


 歓談していた奴隷達が急に静かになった。


「これから一緒にやっていく以上、お互いに秘密は無しでいこう。どうしても喋れないならその理由も聞かせろ」


 称号:不殺


 どうしてそんな称号がついてしまったのか、俺は知らないといけない。

 それを知ると知らないで今後の危険度が変わってくるからだ。


 その称号を変えられないと、おそらくフィーアは一生戦闘に参加出来ない。

 フィーアを捨てる気は全くない。

 一生バックアップでもいいが、出来るなら自衛出来る力を持って欲しい。


 戦力は一つでも多い方がいい。

 選り好みはさせてもらうがな。


「まずは俺のことから話そう、ドライちゃんと聞くんだぞ」


 俺は自分のステータスを見せた。

 フィーアは驚きで口をポカンと開けていた。


 アインスの過去を話し、目的であるオーストセレス王国を滅ぼすことも話した。

 俺がここまでやってきた悪行も包み隠さず、全部話した。

 スリュート伯爵領を消したり、デトートスの話では、驚きすぎて言葉が出ないようだった。


 それでもフィーアは怖がらずに受け入れてくれた。

 タール村を守る為には戦った姿を見ているからな。

 大丈夫だと確信はしていた。


「これで俺の話は全部だ、理解出来なかったり、受け入れられない部分があるかもしれないが分かって欲しい」


 フィーアは俯いて考えていた。

 どんな言葉が出てくるか少し怖かった。


「私の全てはゼント様のものです。ゼント様の全てを受け止める覚悟が出来ています。お話頂きありがとうございました」


 フィーアは姿勢を正して頭を下げた。

 思っていたのと少し違うが、受け入れてくれたようで良かった。


「私の過去もお話します。長い話になりますが、どうかお聞き下さい」 


 フィーアはオーストセレス王国の女性だけの暗殺ギルドに所属していた。

 暗殺ギルドは一般には非公開のギルドだ。

 メンバーは50人程と規模はあまり大きくなかった。

 基本的には孤児が集められて暗殺などの技術を仕込まれる。

 どうして女性だけなのかは、女性の方が相手の油断を誘えやすいからだ。

 フィーアも物心ついたころにはそこで暗殺技術を学んでいた。

 情報収集や暗殺のために性の知識も仕込まれた。

 貴族は基本的に男尊女卑だ。

 男の方が優位に立っていた。

 男に近づくには女の方が色々と便利だ。

 フィーアも十何人と経験をしている。

 初めての相手は50代のオヤジで、当時の年齢は11歳だった。


 暗殺ギルドは国や貴族からの指令を受けて、処罰をしにくい完全に悪の道に入ってしまった貴族を暗殺したり、その暗躍ルート手に入れたりと情報収集を主にしていた。


 盗賊の討伐などは騎士団が動き出す前に暗殺ギルドに依頼して情報収集に勤しむ集団。

影に潜み、影に生きる。


 他国での情報収集も仕事の一つだ。


 しかし、ある時事件が起きた。


 貴族統治が進むにつれて上級貴族達はもしかしたら王族が暗殺ギルドを使って自分達を殺しにくるんじゃないかと警戒してしまった。

 暗殺ギルドを取り込もうとしたが、暗殺ギルドは貴族主義を信じており保守派にあった。

だからこそ、自分達は国の見えない剣としてその力を使って来た。

 同じ国の人間でも殺し、好きでもない男に股を開いて苦渋を飲んだ。


 自分達の剣にならないならと上位貴族は暗殺ギルドの存在を一般公開し処刑することに決めた。

 クーデターを企てて王様の暗殺を狙っているなどの事件をでっち上げて第4騎士団を動かして処刑した。


 第四騎士団の団員全ては改革派で集められていた。この騎士団はある意味成果を上げてはいるが異常者の集団であった。

 襲った者達の中で男は殺し、女は捕まえて慰み者にしていた。

 抵抗する者は殺したが、あくまでも拘束して情報を吐かせるという名目で何人も何度も犯していた。

 勿論、相手の年齢が幼かろうが関係なかった。


 数年前には獣人の村を悪教徒だと決めつけて、第四騎士団が思いの限りをつくした。


 そこからオーストセレス王国では獣人の立場が弱くなってしまった。


 暗殺ギルドが襲われた時も例外は無かった。

 抵抗する者は殺され、命乞いをした者と拘束された者は慰み者とされ情報収集の名目で騎士団に犯されつづける毎日を送っていた。


 それに耐えきれず自害する者、逃げ出そうとして殺される者などいた。


 当時14歳のフィーアはギルド長が騎士団に襲われた時に命をかけて逃してくれた。


 他にも逃した子供はいたが、どうなったか分からない。

 もし騎士団に捕らえられていたら、歳に関係なく他のメンバーと同じ末路を辿っただろう。


 フィーアは1人で山を走って逃げて、タール村に辿りつき、ゼントと出会うまで正体を誰にも明かさなかった。

 鑑定スキルを持つ人もいなかったので、バレる事はまずなかった。


 幸いここには騎士団が通ることは全くない辺境で商人が来る程度だ。


 タール村で三ヶ月ぐらい経った頃、白いローブを被った魔法使いが村に来た。


 魔法使いの声は年老いていて、ローブの隙間からは長い白い髭が見えた。


 その老人は二人きりで話したいとフィーアを呼び出した。

 老人はフィーアが暗殺ギルドにいたこと話した。


 フィーアは老人を殺そうとしたが、逆に魔法で捕らえられてしまった。


「わしは別におぬしを殺すつもりはない、ただ話を聞きたいだけじゃ」


 フィーアは黙ったが、老人も黙って魔法をかけ続けた。

 根負けし、フィーアは正直に話した。


 今のタール村での暮らしを気に入ってること、もう殺しの仕事をしたくないこと。

 暗殺ギルドにいたことは恨んではいなかった。

 孤児の自分を育ててくれた里親のようだからだ。

 復讐したいという気持ちが無いと言えば嘘になるが、自分一人で出来るなんて遠い上がりもしていなかった。


 殺しの仕事しかしてこなかった自分を受け入れてくれたこの村を気に入っていた。


 ここで静かに暮らそうと決めていることを老人に伝えた。


 老人は「分かった」と一言言うとアインスに呪いを掛けた。


 不殺の呪いを。


 それは人だけでなく魔物も殺すことを許されない。

 殺すことで罰が下る呪いではなく、脳内や体が殺しに繋がる行動をさせない体全体に働きかける強い呪いだった。


 フィーアは呪いをかけられた後は気を失い、目覚めると日が昇っていた。


 老人は既に村からいなくなっていた。


 それからフィーアは村から出れなくなってしまった。

 村の外には弱いが魔物がいるからだ。

 一人でいるところを襲われたら、抵抗することなく殺されてしまう。


 居続けたいという気持ちと裏腹にタール村はフィーアにとって鳥籠や檻と同じだった。


 多少強引だったとは故、ゼントはフィーアを鳥籠から出してくれた存在だ。

 そんな相手に悪意や敵意などと言った負の感情を持つことなどあり得なかった。


「これが私の過去の全てです」


 フィーアは俯いてそれ以上喋ろうとしなかった。


「話してくれてありがとな。これでオーストセレスを攻める理由が一つ増えた。お前に出来ない復讐を俺がやってやる」


「!……ありがとうございます!」


 フィーアは泣いて礼をした。


 こんな自分を受け入れてくれる人が暗殺ギルド員以外にいなかったからからだろう。

 タール村の家畜達にも話さなかったことを話したんだ

 何年も溜め込んできたものが溢れて仕方ないんだろう。


 俺はそっとフィーアを抱きしめた。


「お前の呪いもいつか俺が解いてやる。その時は俺のためのその力を奮ってくれ」


「は……は、い」


 出来ればオーストセレス王国を攻める前に解いてやりたいが、前のゲームでは呪いなんてシステムは無かったから解き方なんて全く分からなかった。

 呪いの解き方なんて御伽噺でしか知らない。


 約束を破ることは絶対したくはないから、全力は尽くそう。

 出来なかったら、フィーアには悪いが諦めて貰うしかない。

 そのときはそのときだ。

 なんとかなるだろう。

 多分。


 フィーアが泣き止むとツヴァイが紅茶を差し出してくれた。

 こういうところは気がきくんだな。

 その後はまた歓談が始まった。

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