第53話 戦いが終わって


 残存兵の処理に1時間も掛からなかっただろう。


 魔物が200近くもいたせいで余計に時間が掛かってしまった。


 逃げ出す魔物を追いかけるうちにやけを起こした魔物が村側に襲いかかって来た。

 アインス達が体に鞭打って迎え撃とうとしたが、そんな状態で自分と同じかそれ以上のレベルを相手に戦ったら必死だ。


 結局、俺がカバーして戦うことになって余計疲れた。

 家畜共は論外だ。


 魔物を殲滅し終わるとすぐに救助並びに消火活動に勤しむことになった。

 主に働いてるのは家畜共だ。


 俺は急拵えのテントで奴隷達の治療だけ済ませて休むことにした。


 さすがの俺も連戦は疲れた。

 体力も精神も限界だ。


 自然回復スキルがあったとしてもすぐに回復できることはなかった。

 このスキルの弱点はスキル所持者のレベルが上がっても回復量は上がらないというところだ。

 勿論スキルレベルが上がれば回復量があがるが、俺の自然回復スキルレベルは既に最大値まで達していた。

 なのでもう上がることがない。


 今までのレベルなら直ぐに全回復したが、レベルが上がって、魔力量が上がればそれだけ回復に時間が掛かってしまう。

 それに精神の方はもう時間を掛けるしかない。


 俺はテントで横になった。

 ツヴァイを抱き枕にしたいところだが、あいつも疲れて眠っているし我慢した。


 隣にいるアインスは横になると直ぐに寝てしまった。

 大まかな話を聞いた程度だが、こいつがこの戦いの1番の功労者だろう。

 前線に立ち続けて、みんなを鼓舞しながら指示を出して槍を振るうなんて、並の戦士じゃ出来ない芸当だ。


 俺への忠誠心だけでここまでするとは考えられない。


 何がこいつをここまで奮い立たせているのか知らないが、後でご褒美ぐらいはあげてやるか。


「ごしゅじんさまだいじょうぶ?」


「あぁ、疲れたからな少し休めばすぐに良くなる」


「よかった」


「お前も休んでいいぞ」


「どらい……ごしゅじんさまになおしてもらったからだいじょうぶ」


「そうか」


 カーバンクルの血の影響なのか知らないが大丈夫ならそれでいい。


「フィーアはどこにいる?」


「そとでたってる」


 言ってる意味が分からなかった。


「呼んできてくれ」


 ドライはてくてくとテントの入り口まで歩くと入り口のすぐ側で立っていたフィーアがいた。

 少し話をするとフィーアが中に入り、ドライが代わりに入り口に立った。


 フィーアは横になっている俺の側で座った。


「お前は何をしていたんだ?」


「ゼント様のお休みを邪魔しないように見張りをしていました」


 それは助かるな。

 今家畜共に安眠を邪魔されたら思わず殺してしまうだろうからな。


「フィーアは疲れてないのか」


「私は戦いには参加してはいませんから、皆さん程疲れてはいません」


 それでも怪我人の治療とか他にも色々動いて大変だっただろう。

 あんま見てないから予想だけどな。


「今はいいのか?」


「ゼント様のお体の方が最優先事項でございます」


「うん、優先順位間違えないのはいい事だ。褒めてやる」


「ありがとうございます」


 家畜より主人の方が優先順位が上なのは当然だが、こいつは昨日までここの村人だったはずだが……何があったんだ?


「私に何か用があったとお聞きしたのですが、何の御用だったのですか?」


 いや、俺の奴隷が何してるか気になっただけなんだがな。

 さっきの会話で用は済んでしまった。

 でもこのまま帰すのももったいないか。


「お前の体を使って治療をして貰おうと思ってな。男の心を癒すには女の肌が一番の薬だ」


「…………⁉︎」


 フィーアは顔を真っ赤にし後退った。


 可愛いな。


「勘違いするな、こんな時に変なことはしないから近くに来い」


 フィーアはゆっくりと両手両足を動かした。まるで得体の知れないものに近づくようだった。


 俺は指を頭の後ろに指した。

 フィーアは訳がわからないまま指図された方に座った。


「俺の頭を膝に置け」


「それは……?」


「ここには枕が無くてな、抱き枕も今は休憩中だ。だからお前の足を使わして貰う」


「でも、私なんかの……」


「いいから早くしろ」


 俺は目を瞑って待った。

 フィーアが優しく俺の頭を掴んで持ち上げて、出来た空間に自分の足を入れようとするが上手くいかない。

 仕方なく俺が動いてフィーアの足に頭を乗せた。


 うん。いい気分だ。


 初めての膝枕だが、これはいいな。

 抱き枕とはまた違う柔らかさと心地よさがある。


 フィーアの足はどちらかと言えば細い方で、それが程良い高さで首が苦しくなる心配はない。


 やはり女の肌は男の癒しだ。

 これならすぐに眠りにつけそうだ。


「俺はこのまま寝る。辛くなったら下ろしもいいぞ」


「いいえ、私はゼント様の奴隷ですから、目覚めるまで待っています」


「……好きにしろ」


 アヌビス商会で買っておいた毛布をかけて、目を閉じ体の力抜いた。


 俺の意識が落ちるまで1分と掛からなかった。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「ん〜っ、っ、」


 目を開けるとボロい布の天井が見えた。


 そうだ、グラータと名乗るケンタウロスに襲われたところをご主人様に助けていただいたんでした。


 戦闘後は魔王様が来るまでの話をしながら回復魔法をかけて貰ってすぐに眠ってしまったんでした。


 奴隷が魔王様より早く休息をとるなど、魔王の奴隷としては失格だ。


 もっと鍛えて気を引き締めなければ、魔王の奴隷と名乗ることを許されないだろう。


 体を起こして周りを見渡すと、そこに信じたくない光景があった。


 フィーアの膝の上で魔王様が寝息を立てていた。

 私は言葉が出てこず、ただ見続けていた。


「おはようございますアインスさん、と言っても外は既に日が沈んでいますけど、体の方は大丈夫?」


「そうですね、普通に動く分なら問題ありません」


 私は立ち上がって手足を軽く動かした。

 特に痛みが走るところは無かった。

 さすがは魔王様の回復魔法だと感心してしまった。


「ですので、その役を私が変わりましょう」


「断ります」


 私は目が細め睨んで言った。


「変わりなさい」


「断るわ」


 私はフィーアを睨んで自分の気持ちをこれでもかとぶつけた。

 彼女には自分とドライの正体を既に明かしているが、怯むことが全くなかった。


「貴方も長い時間疲れたでしょう……私が変わるので休みさない」


「心配御無用、逆にゼント様の寝顔を長時間見れたおかげで英気を養うことが出来ました。夜明けまでだろうといくらでも続けられるわ」


 2人の視線の間で見えない火花が散っている。


「それにアインスさんのような貧相な体でゼント様が満足するわけないでしょう。その硬い足でゼント様を安眠させることができるの?」


 獣人は人間よりも筋力がつきやすい。

 そのため、全体的に身体能力も優れていた。

 変わりに人間は魔法の才が生まれやすく、獣人は魔法の才が生まれにくかった。


 フィーアの言う通りアインスの体が鍛えられているが、女性らしさが消えていることはない。

 逆に引き締まっていて美しいとも言える。

 しかし、細さでの美しさで言ったらフィーアに軍配が上がる。


「私は魔王様に奴隷の中で唯一夜伽の相手を許された。その私の体が魔王様に合わないわけはない」


「それは単にアインスさんしか条件の合う相手がいなくて、獣人なら子供ができる心配がないからね」


「…………」


 アアインスにも、もしかしたらと思うところがあって黙ってしまった。


「それに夜伽の相手なら王都で子供が出来なくなる薬を手に入れれば、夜伽の相手はアインスさんだけではなくなるわ」


「貴方が魔王様の相手に選ばれると?」


「えぇ勿論、ゼント様と初めてお会いした時に熱い視線を頂いたのを覚えてるんだから。ゼント様もそういう目的で私を奴隷にしたに違いない」


「そうだとしても貴方は2番手で私の次だ」


「番号なんて構わない、ゼント様に選ばれたそれこそ重要視するべきところ……私の後も選ばれるといいわね」


 2人は無言で睨みあった。


「おい、うるさいぞ」


 ゼントがフィーアの膝枕から起き上がった。

 あれだけ耳元で騒がられたら当然の事だ。


「お騒がせして申し訳ございませんでした」

「すみませんでした」


「まぁいいさ、フィーアのおかげで気持ち良く寝れたからな、勘弁してやる」


 ゼントは立って大きく背伸びをする。


 視線が外れるとフィーアがアインスに向かってにやっといい笑顔を見せた。


 アインスは思わず声を上げそうになったが、主人の手前、なんとか抑えた。


「ツヴァイはまだ寝てるのか、よく寝る奴だな」


「起こしましょうか?」


「そうだな腹も減ったし飯にしたいな……それとドライは何処だ?」


「多分まだ入口にいると思います。呼んできますね」


 アインスとフィーアは立ち上がるとそれぞれに移動した。

 離れる前小さく一言。


「ビッチ狼」

「むっつり尻」


 ゼントは本当は聞こえていたが、あえて聞こえないふりをした。

 女心は面倒だなと思ったからだ。


「ゼント様!」


 ドライの様子に見に行ったフィーアが急に大声を出した。


 ゼントは急いでフィーアの元に向かうと、そこではドライがうつ伏せで倒れていた。


「おい!大丈夫か⁉︎」


 ドライが何かぶつぶつ言っているが、地面とくっついて喋ってるので何を言っているか分からなかった。


 ゼントはドライを起こすと、顔をペチペチと叩いた。


 ドライが少し目を開けるとゆっくりと喋りだした。


「おなか……す、き……まし、た……」


 言い終わるとドライは再び目を閉じた。


 ゼントはアイテムボックスから干し肉を取り出してドライの口の中に突っ込んだ。


「心配させんな馬鹿野郎」

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