第42話 集会所

集会所というからどんなものか期待していた。

 前世にあった有名なゲームを予想していたが、そんなことはなかった。


 カウンター付の小規模な居酒屋のようだった。

 中は高めの丸い机がいくつか並べてあって飲みながら喋ることを目的としてるのが伝わって来る。


 さすがに朝から酒を飲むのような人いなかった。

 ちょうど6人の男性達が店員と思わしき制服を着た女性からなにやら書類を渡しているところだった。


「あ……貴方達が昨日来た旅人ですね。どうぞこちらへ」  


 6人組と話している受付嬢とは別の女性が話しかけてきた。

 細めに整った顔立ちに切長の目。

 肩まで伸びている澄んだ空のような青髪。

 見た目通りの冷たい淡々とした態度だ。

 だからと言って失礼という印象も受けない。

 マニュアル通りに動いていて、出来る店員というのが伝わって来た。


 後ろついて行く間、歩く姿が様になっていて大抵の男はこれだけで見惚れてしまうだろう。

 胸部は普通な感じで大きくも小さくもないC辺りだろうか。

 そんなことよりお尻の型が素晴らしいな。

 ここの制服は前世のスーツに似た感じで後ろからだとよりお尻の素晴らしさが伝わってくるようだ。

 これでもし巨乳だったらとも思ったが、それは間違いだとすぐに訂正した。

 胸が強調されていないからこそ、お尻の良さを引き上げているんだと。


 あぁ、こいつを奴隷に欲しい!

 夜になるとどんな態度になるのかも楽しみだ。

 妄想が俺の思考を侵食していき、それ以外考えさせなくしてくる。

 全く性欲とは恐ろしいものだ。

 これは王都に行くよりも早急に解決しなければいけない緊急な用件だ。


 受付嬢に案内されたのは、個室ではなく店内に2つしかない前世でよくある事務所の受付のような長机だ。


 椅子は1つしか用意されてないので、俺は迷い無くそこに腰掛けた。

 主人を差し置いて奴隷が座る事などない。

 こういう場合、店員に椅子を用意させたり女性優先で座らせたりするのだが、ここは異世界だ。

 奴隷は道具で主人はその持ち主だ。

 だから奴隷が主人より先に座ることも、隣に並ぶこともない。

「申し遅れました。私はこちらの集会所で受付をしていますフォウと申します。村長から話は聞いています。王都への道が知りたいということで間違いなかったでしょうか?」


「あぁ、その通りだ」


「地図は持ってますか?」


 俺はアイテムボックスから地図を取り出して見せた。


「随分と大雑把な地図ですね、この地図では細かい通りを把握するのは難しかったでしょう」


 たしかにそうかもしれない。

 オーストセレス王国の地図ではあるが、細かい通りが書かれていないので、現在地も進みたい方向も分からなかった。


 要するに日本地図を見ながら、関東地方周辺から東京を目指そうとしていたということだな。

 そりゃあ無謀と言うものだ。


「この村の周辺の地図はあるのか?」


「はい、ただいまお持ち致します」


 フォウは立ち上がると後ろの棚から折り畳まれた紙を取り出した。


「タール村は王都西側の山岳地帯に位置していますので、ここから東へ迎えば辿り着きます」


 俺たちは王都の南側にいたはずだ。

 それがなんで王都を通らず、西側にいるのだろう?


「方角を教えてもらって悪いが歩く途中で方角を正確に把握するすべを持っていないんだ」


 だからこの村にいる。


「それでしたら……この村には王都行の商人がいますから、その馬車に同行させてもらえれば王都へ連れて行ってくれます」


「その商人はどこにいるんだ?」


「昨日の昼から村の空き家に泊まっていまして、明日の早朝に旅立つと聞いています」


 それなら今日もこの村に泊まってその商人に王都へ連れて行ってもらうか。

 このままだといつまで経っても王都に着きそうにないからな。

 自分がここまで方向音痴だなんて思いもしなかった。


 商人と一緒なんて魔王の出陣の仕方としては少々カッコがつからないが仕方ない。


「分かった。その商人に同行すること伝えてといてくれないか?」


「はい、商人は毎日ここで食事を摂りますので、そのときに伝えておきます」


 フォウは話している間、淡々とした態度で感情が見えない。

 まるで受付用の機械と話している気分だ。

 前世で技術が進むとアンドロイドが開発されて、お店の受付などにアンドロイドが多く配置されると聞いたことがある。


 女性型アンドロイドと話すのはこんな気分なんだと思った。


「だ・か・ら!討伐隊はいつ到着するんだよ!」


 声がしたのは、さっきの6人組の方からだ。


「すでに王都の方に書簡を送っていますが、返信はまだ来ていません。待っていただくしか……」


「もうダンジョンから魔物が溢れているんだ、このままじゃ村に魔物の大群が押し寄せてけるんだぞ!」


「止めろよ、この子にあたってもしょうがないだろ」


 今にも掴み掛かろうとする男を仲間が止めた。


「でもよ……俺たちのレベルじゃ、魔物の大群なんて相手に出来ねぇ」


「……村を離れる時が来たのかもな」


「村を離れて何処に行くんだ、魔王が復活したって噂だ。安全なところなんてあるのかよ」


「俺は戦うぞ!どうせ死ぬなら育ったこの村で死んでやる」


 隣で決死の覚悟やらの話で盛り上がってるな。


「あれは何を騒いでいるんだ?」


「最近、この村の近くにダンジョンと呼べる程ではないのですが、魔物が湧く洞窟があるのです。100年以上前に当時の賢者様が封印を施して下さってくれたおかげで魔物が外に出ることですが、その効力が弱まり、魔物が洞窟から出るようになってしまったのです」


 へぇーそれは大変だ。

 正直この村人に世話になったとは一泊のみの俺にとってはこの村が助かろうが潰れようがどっちでもいいことだ。


 明日には旅立つし、それまでに村に魔物が来れば戦うしかないが、こっちから攻めに行く理由はないな。


「それは一大事ですね」


「一泊とはいえ、お世話になっていますからね」


 またコイツらは首を突っ込もうとしている。

 どんだけお人好しなんだよ。

 見捨てたって別に誰も恨まないだろ。


「失礼でお聞きしますが、あなた方は冒険者なのですか?」


「違う……が、戦闘にはそれなりに自信はある」


「勿論です。ご主人様の強さは素晴らしくダンジョンボスをたった1人で倒してしまう程の実力者なのです」


「はい、それにとても寛容で深き配慮にかけた人格者としても誇らしい方です」


 またコイツらは俺のことをお伽話の王子様みたいに話すな。

 止めて欲しい。

 こういう場合、次に来る展開が読めてしまう。

 あー、面倒くさい。


「今の話は本当ですか?」


 さっきまで6人組の相手をしていた受付嬢が凄い勢いでこっちに迫って来た。

 こっちの受付嬢は淡色の癖っ毛が目立ち、背が低く体つきも子供っぽい少女だ。


「ユリア、お客様に失礼ですよ」


「あ!失礼しました!」


 ユリアと呼ばれたら受付嬢は元気そうで明るい性格なんだなと伝わって来る。

 こういう奴に限って仕事は出来ないくせにお客や他の従業員から悪い印象を受けないんだろうな。


 実際に俺も目の前で謝ってる少女に対し、初対面だが悪印象を全く受けなかった。


「それで……先程の話なのですが……ダンジョンボスを1人で倒したというのは本当ですか?」


「あぁ、レベル20程度の初心者向けのだったがな」


「十分凄いですよ、この村にそんなこと出来る人はいませんから」


 目の前のユリアと呼ばれた受付嬢の目が輝くように変わっていく。

 後ろの6人組も声は聞こえないが、驚いてるんだろうな。


 つまり、あの6人組はこの村で魔物討伐をしているが、レベルは相当低いんだろう。

 レベル20程度を倒したことを凄いと言ってりゃ、魔物の大群なんて相手になるわけないよな。


「お名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「ゼント様です」


 俺が答える前にフォウが先に答えた。

 急に様付けになったな。

 自分と対等だと思ってた相手が、実は雲の上の存在だと分かり、手のひら返しではないが、こういう風に自分の立場をすぐさま弁えるのは褒めてやる。


「ユリア、ゼント様の担当をしているのは私です、あなたはゾウルさん達のところに戻りなさい」


「えー、でも……」


「ユリア」


「……はい」


 多分だが、玉の輿とかそんなのを狙ったのかと思った。

 この世界の結婚の基準や価値観などはまだ詳しくはないが、前世とそう変わらないだろう。


 金持ちと結婚したい。

 イケメンやスポーツ選手と結婚したい。

 親が決めたお見合い相手と結婚する政略結婚たど。


 価値観は人それぞれでどうでも良い。


 俺は見た目と性格はどっちも良い方が良いに決まってる。

 魔王は妥協なんてしない。


「失礼しました。それで話の続きなのですが、ゼント様に魔物の討伐をお願い出来ませんか?」


 俺は黙って腕を組んだ。

 首を縦に振ることも魔物の大群を討伐することも容易く出来る。


 だが、2つ返事で受けては俺のプライドにかけて出来ない。


 くいくい


 俺の袖が引っ張られる。

 掴んでいるのはドライだった。


「ごはん……」


 悩んでるようななんとも言えない顔をしていた。

 腹が減ったとは思えない。


 昨日の晩飯は材料も人手も俺の物だ。

 場所を提供してくれたのは村だ。


 その恩を返せと、そう言いたいのか。

 なんでこうも、俺の奴隷はお人好しが多いんだ。


「報酬によるな、一泊の恩はあるが命を賭ける程の恩だとは思っていない。何を差し出してくれるんだ?」


「倒した魔物一匹につき……」


「悪いが金なら沢山持っていてな、金貨が何枚でも欲しいなんて思ってない」


「でしたら、ゼント様が欲しいものを好きなだけ仰って下さい。村長にも相談して必ず用意させます」


 さすがに村のみんなの命が掛かっていると必死にもなるって事か。


「村長に相談する必要はない、俺が求めるの1つだけだ」


「……それはなんですか?」


「フォウ、お前の全てを俺に寄越せ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る